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豪運のリーネ

「……カイルさん。この近くに、数多くの財宝が発見されている遺跡があるのはご存知かしら?」


 カイルたちが薬草採集をしていると、ふわり、と高貴な香水の香りを漂わせながら、リーネが隣に並んだ。

 その手には何も持っていないように見えるが、カイルは知っている。

 彼女の頭の中には、家宝である『下巻』から得た「黄金に輝く成功ルート」がびっしりと書き込まれていることを。


「……知らないし、知りたくもない」


 カイルは露骨にげんなりした顔を向けた。

 この護衛クエストが始まってからというもの、彼女は隙あらば寄り道を提案してくる。

 それも「たまたま思い出したのだけれど」という白々しい枕詞と共に。


「まあ、冒険者として名を上げたいのであれば、ただの草むしり(薬草採取)で満足してはいけませんわ。

 伝説によれば、その遺跡には700年前の王族が愛したとされる『琥珀の首飾り』が眠っているそうですの。

 ……わたくしたちのような優秀なパーティなら、手に入れるのは容易くてよ?」


「琥珀の……お宝、ですかい!?」


 その言葉に、一番に食いついたのはロウだった。

 彼はさっきまで地面に這いつくばって虫を探していたとは思えない俊敏さでリーネの前に躍り出ると、揉み手をして胡麻をすり始めた。


「さっすがリーネさん! 目の付け所が違いますねぇ!

 薬草なんて地味なもんより、やっぱり冒険者はデカい夢を追わなきゃいけねぇ。なっ、カイル!」


「……お前、ただギャンブルの軍資金が欲しいだけだろ」


「人聞きが悪いな! 俺はパーティの財政状況を憂いてるだけだぜぇ!」


 ロウの目はすでに財宝色に輝いている。

 こうなった時の彼は、罠にかかるリスクすら「当たりを引くためのコスト」としか考えない。


 さらに、追い打ちをかけるように剣士アルトが剣を鞘に納め、キリッとした表情でリーネにかしずいた。


「リーネ殿の仰る通りだ。マニュアル第8章『貴族の嗜み』によれば、品格ある護衛対象の提案には、最大限の敬意をもって応えるべしとある。

 それに、遺跡探索は実戦訓練としても最適だ。俺の『ダイナミック・ブレイブ・ソード・STすこしたかめ』を試す良い機会だろう」


「……あの、アルトさん。その技名、自分から言うのはやめたほうが……」


 ミーナがおずおずと口を挟む。

 彼女は杖をぎゅっと抱きしめ、不安そうにカイルの顔を伺った。


「わたしは……あまり賛成できません。遺跡となれば、強力な魔物が出るかもしれませんし」


「ほら見ろ、ミーナもこう言ってる」


「では多数決を取りましょう、遺跡に向かいたい方は?」


 遺跡に向かう派は、リーネ本人と、リーネの言う事には絶対服従のアルト、お宝に目のくらんだロウの3人。

 対する反対派は、カイルと、ミーナの2人だけだった。


 リーネが優雅に扇子(を取り出す仕草)をひらめかせた。


「決まりですわ。さあ、カイルさん、案内をよろしく頼みますわよ?」


「……俺は案内人じゃない。護衛だ」


***


 カイルたちの進む遺跡は、千年前の魔導文明の残滓が色濃く残る、湿り気を帯びた石造りの空間だった。

 天井は高く、時折どこからか滴り落ちる水音が不気味に反響する。


「広い通路に出たな」


 アルトが警戒を緩めずに呟く。

 それまでの這いつくばるような狭いダクトから解放された喜びはあるものの、ロウは即座に釘を刺した。


「まだ横に広がるなよ、この通路、罠だらけだ。俺の後ろから離れるな」


「さすがロウさん、いつもの倍くらいやる気ですね」


 ミーナがおっとりと感心するが、それもそのはず。

 ロウにとって遺跡探索は「外れくじの中に眠る一等の当たり(財宝)」を探すギャンブルそのものだ。


「ついてこい。一歩でも踏み外したら、こんがり焼き上がるか串刺しになると思えよ」


 ロウが慎重に、かつ軽やかな足取りで先頭を行く。

 体重の軽いロウが踏んで大丈夫だったタイルを、次いでカイルが踏み、さらに重装備のアルトがずしん、と安全を確認するように踏んでいく。

 最後に、完全に安全と分かったタイルだけをミーナが踏みしめていく。


 これは冒険者の基本歩法『トラッキング』――前の歩行者の足跡を寸分違わずなぞることで、未知の罠を最小限の犠牲で切り抜けるための技術だ。


 だが、最後尾のリーネにそんな常識は通用しない。


「……ふん。これだけ効率を重視しておきながら、殿しんがりに一番重要な人物を配置するあたり、わたくしへの敬意を感じますわね」


 リーネは当然のように腕を組み、ふんぞり返るのが癖になっていた。

 彼女の中でこの並びは「逃げる時に一番早く出口に辿り着ける最優先配置」ではなく「自分のような高貴な存在が後ろから全体を統括する王の陣形」として脳内変換されていたのだ。

 そのまま、偉そうに周囲を見渡していたリーネの目が、壁の一角で止まった。


「あら、この紋様……どこかで見覚えが……。……ああっ! わたくしの『下巻』の背表紙のデザインと同じですわ!」


 興奮したリーネは、あろうことか『トラッキング』の列をふらふらと横道に逸れていった。

 歴史的発見への期待に胸を膨らませ、壁の模様へ指を伸ばそうとした、その時。


 ――かちっ。


 静かな空間に、あまりにも不吉な硬質な音が響いた。


「「「「…………っ!!」」」」


 慎重に先を進んでいた四人が、心臓が跳ね上がるほどの衝撃とともに、ぎょっとして振り返る。

 そこには、列を外れ、壁際の一枚だけ妙に沈み込んだタイルの上に立ち、目にいっぱい涙を溜めて固まっているリーネの姿があった。


「た、た、たすけてぇ〜〜〜っ(泣)」


 先ほどまでの高飛車な態度はどこへやら。自分が「ヤバいスイッチ」を踏んでしまったことを一瞬で理解した彼女は、両手をぶんぶんと振って半狂乱で助けを求めた。


 メンバーの顔面は、一瞬にして蒼白になった。


「みんな動くな! そのまま!」

「ミーナ! 回復準備! 全損覚悟で回せ!」

「おち、おち、おち、おちついてリーネさん! だい、だい、だいじょうぶですから!」

「静かに! なにか音がする! ……どこからかネズミみたいな鳴き声が聞こえないか!?」


 緊迫した空気の中、ロウの鋭い指摘にアルトが慌てて自分の懐を叩いた。


「すまん! それ俺の昼メシだ! 袋の中のネズミが鳴いただけだ!」

「「捨ててこい!!」」


 カイルとロウの怒号が重なる。そんな狂乱の騒ぎを余所に、リーネは神に祈りを捧げるポーズをして、涙目できょろきょろしながらひたすら助けを待っていた。


「……っ。ロウ、行けるか」


「ま、任せな……。あのお嬢様、よりによって一番複雑そうなエリアのスイッチを踏み抜きやがった」


 ロウが冷や汗を拭いながら、罠を慎重に回避しつつ、リーネの足元へとにじり寄る。

 彼はリーネの足が踏んづけてへこんでいるタイルと、その周囲の石壁をじっと観察した。


 壁をペタペタと触り、模様に沿って走る微かな亀裂を目で追う。

 すると、タイルがへこんだことで連動したのか、床下の面がわずかに露出し、壁の隙間から何やら四角い杭のような部品が突き出しているのを見つけた。


「ん?」


 ロウは、その杭を壁からゆっくりと引き抜いた。

 さらに天井近くを見上げると、同じような意匠の杭がもう一本刺さっているのを見つけ、ちっこい体を躍動させてジャンプ一番、それを引っこ抜いた。


 ズズズ……と地響きが鳴る。


「きゃあああ!? 爆発!? 爆発いたしますのね!?」


 身を縮めるリーネだったが、起きたのは惨劇ではなかった。

 重厚な壁の模様が左右に分かれ、滑らかな動きで隠し扉が出現したのだ。

 そこからは、一千年前の空気がひんやりと流れ出してきた。


「扉……?」


 涙目できょろきょろするリーネの前で、ロウは「ごくり」と喉を鳴らした。

 彼は開かれた隠し扉の奥に、本能で感じ取っていた。

 ここから先は、ただの遺跡ではない。

 これまで誰も辿り着けなかった、真の宝物庫への道だ。


「こ、こいつは本物だ……! 適当に歩いて隠し通路のスイッチをジャストミートで踏み抜くなんて……。この豪運、まさに生まれついての成功者ってわけか……!」


 ロウは戦慄した。罠師としての技術を超えた、理不尽なまでの「正解への引力」。

 一方、命拾いしたリーネは、救助された瞬間に涙を引っ込め、服の汚れをパッパと払うと、何事もなかったかのように再び腕を組んだ。


「お、おーっほっほっほ! 当然ですわ! わたくしの目は節穴ではありませんの。壁の紋様から隠し扉の可能性を予見し、あえてこのタイルを選んで踏んだのですわ。……ええ、すべては計算通りですのよ!」


 震える声で見栄を張るリーネに、冒険者たちは尊敬のまなざしを送るのだった。

 ただ一人、カイルは先ほどからまとわりつく嫌な予感をぬぐえずにいた。


「……うまく行き過ぎてる……いや、『下巻』持ちってのは、こういうもんなのか……?」

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