リーネが仲間に加わった
伸びているラップキングをよそに、リーネはカイルへと詰め寄った。
赤と青の宝玉のようなその瞳は、驚きと、それ以上の「得体の知れない期待」で爛々と輝いている。
「わたくし、仲間を探しておりましたの! 日当1万ゴールドくらいで好きなときに好きな場所に呼び出せて、週一か二くらいでわたくしのために命をかけて戦ってくださる仲間を!」
「それは仲間じゃない、傭兵だ。……というか、金銭感覚がバグってないか?」
カイルは思わず一歩引いた。
日当1万ゴールド。それは並の冒険者が命懸けの依頼を数件こなしてようやく手にする大金だ。
それを「呼び出し料」程度に提示してくるこの少女は、間違いなく世間知らずの、それも最高級の温室育ちである。
「いったい何がしたいんだ? あんたみたいな令嬢が、こんな掃き溜めみたいな場所で」
「見聞を広めるためですわ! わたくし、座学だけでは得られない『実体験』という名の血肉を蓄える旅に出ることにいたしましたの!」
リーネは胸を張り、それらしい理由を並べ立てた。
本当の目的は、自室にある『下巻』を読み進めるために、そこに記された成功者たちの「前提条件」——すなわち修羅場や冒険の実体験を、短期間で効率よく履修することにある。
だが、『下巻』の継承者であることを口にできないので、その切実な理由は伝わらなかった。
それに旅といっても、せいぜい一週間程度の短期遠征を何回かに分けて行うつもりだ。
それだけを聞くと、カイルにはこんな印象を与えるものとなった。
「……世間知らずのお嬢様のお守りか」
カイルは内心で、深い、深い溜息を吐いた。
懐の『上巻』が、不気味な熱を持って反応している。
ページを開かずともわかる。
そこには、自由奔放な令嬢に振り回され、国家規模のトラブルに巻き込まれ、最終的に賠償金で首が回らなくなる自分の「失敗ログ」が、今まさに予約投稿されているはずなのだ。
何より、これほど高貴な身なりの少女を傷物にでもしてしまったら、その保護者から何を言われるかわからない。冒険者の首など、公爵家の権力の前では羽虫も同然だ。
「悪いが、仲間というあやふやな関係じゃ無理だ。責任が持てない」
「あら、あなたに断る権利があるとでもお思いで?」
「あるだろ。……要は、護衛任務のクエストってことでいいか? 俺は冒険者だ。ギルドを通した正式な依頼という形なら、受けられないこともないけどな」
カイルは妥協案を提示した。契約書とギルドの仲介があれば、少なくとも不条理な責任転嫁からは逃れられる。
「よろしくってよ! 話が早くて助かりますわ!」
「あ、いや、まだ仲間に聞いてみないと……。俺の一存じゃ決められない」
今ごろ、他のメンバーはこの聖地のどこかでめいめいの自由時間を過ごしているはずだった。
アルトは飯を食っているだろうし、ロウはギャンブルを楽しんでいるだろうし、ミーナは同人誌を書いているだろう。
カイルは、自分でもよく分からないが、この勇者召喚の地、聖地がなんとなく気になって、ぶらぶらと歩き回っていただけだった。
(……なんか、前も同じことがあった気がするな。いつだっけ?)
ただでさえ収拾がつかないあのパーティに、この「歩く火薬庫」のような令嬢を加える。
それはもはや、失敗を回避するための『上巻』を持っていても、防ぎきれない種類の崩壊であるような気がしてならなかった。
***
カイルがリーネを伴って合流地点である聖地の広場へ戻ると、そこには案の定、緊張感の欠片もない仲間たちの姿があった。
屋台の串焼きをマニュアル通りの咀嚼回数で律儀に噛み締めている剣士アルト。
路地裏で現地の浮浪者相手にサイコロを振っている罠師ロウ。
そして、ベンチに座って虚空を見つめながら、何やら神聖な筆致でノートに怪しげな物語を綴っている回復役のミーナ。
「……野郎ども、仕事だ。新しい依頼主を紹介する。リーネさんだ」
カイルの乾いた声に、三人が顔を上げた。
「おぉ、カイル! 戻ったか。……ほう、これはまた、マニュアルに載っている『典型的な貴族の令嬢』そのもののようなお方だな」
「へへっ、カイルの趣味にしちゃあ上等じゃねぇか。お嬢さん、俺様と一勝負……あだっ!?」
セクハラじみた口調のロウの脳天を、カイルの拳が正確に撃ち抜く。その傍らで、ミーナが控えめに頭を下げた。
「よろしくお願いします、リーネさん。わ、わたし、失敗してMPが切れたらすぐ置物になりますけど、精一杯がんばりますから……」
そんな前途多難すぎる面々を前にして、リーネは一瞬だけ(この方々、本当に大丈夫かしら……?)と不安に駆られたが、すぐに扇子を取り出して——持っていなかったので、代わりに魔法の杖を優雅に振って——高らかに笑った。
「おーっほっほっほ! よろしいですわ! このわたくし、リーネ・マークフレアの旅路を彩る露払いとしては、なかなかに個性的な面々ですこと。
日当に関しては約束通りお支払いしますので、精々わたくしを退屈させないでくださいまし!」
こうして、世間知らずの令嬢を中核に据えた、歪な五人パーティの旅が始まった。
一行が聖地を離れ、目指す古代遺跡へと続く平原に差し掛かった頃、カイルは隊列を指示した。
基本は、前衛にアルトとカイル。その後ろにリーネを配置し、殿をロウとミーナが務める「ダイヤモンド陣形」の変形版だ。
しかし、平原に足を踏み入れて数分も経たないうちに、最初の「洗礼」が訪れる。
「出たな! マニュアル第3章『平原の雑魚敵』、エビルプラントだ!」
アルトの声と共に、紫色の不気味な巨大ナスのような植物モンスターが数体、地面から這い出してきた。
「ロウ! アルトにモンスターが集まりすぎてる! 目くらまし投げてやれ!」
「ほいよっ! さがれアルト! 右側が空いてるぞ!」
「くそっ! 一発食らった! カイル、ちょっとこらえててくれ!」
「アルトさん! こっちです! はやく!」
激しい怒号と金属音が飛び交う。だが、その中心で、リーネは文字通り「ぽつねん」としていた。
カイルたちは彼女を戦力として数えていない。
モンスターには指一本触れさせないよう、彼女を守ることだけに集中して立ち回っている。
本来、護衛対象とはそういうものだ。
だが、それがリーネのプライドを逆なでした。
(いけませんわ! 見識を深めないと! わたくしがただの荷物だと思われては、マークフレアの名が廃りますわ!)
リーネは、脳裏に刻まれた『下巻』の記憶を必死に手繰り寄せた。
成功者たちのログ……。そこには、エビルプラントを最も効率よく、最も美しく仕留める方法が記されていたはずだ。
(中距離攻撃……。そうですわ、あの種を飛ばさせて、その隙を叩くのが正攻法ログにありましたわ!)
リーネは、目の前の一体——他の個体より一回り大きく、いかにも「種」をパンパンに詰めていそうなエビルプラントを見定めた。
(来なさい……! わたくしの華麗な回避ログを、その頁に刻ませてあげますわ!)
リーネは剣を構え、じりじりとモンスターとの距離を保ちながら、横歩きを始めた。
エビルプラントもまた、獲物を定めるようにその不気味な単眼でリーネを追う。
(中距離攻撃——!)
心の中で叫ぶが、モンスターはなかなか種を放たない。リーネは誘うように、さらに横へ、さらに斜め後ろへと、カニのような動きで移動を続ける。
(中距離攻撃——! ほら、ここですわよ! わたくし、隙だらけですわよ!)
必死に「隙」を演出するあまり、リーネの意識は完全に足元から離れていた。
その様子を、カイルが戦いながら怪訝そうに横目で見る。
「おい、リーネさん? 何やって……あ、危ねぇ!」
カイルの制止も虚しく、リーネの視界はぐるっと反転した。
(中距離——あっ!)
リーネの視界から空が消え、急激な重力が彼女を支配した。
だが、そこはさすがマークフレア流の英才教育の賜物か。彼女の体は無意識に「受け身」の形をとっていた。
(とうっ!)
ゴロゴロと斜面を転がり落ちる令嬢。そして、あろうことか、リーネを追いかけて前のめりになっていたエビルプラントも、その自重に耐えきれず、リーネの後を追うように崖からダイブしてしまったのである。
どさっ、という鈍い衝撃。
リーネががばっと身を起こすと、目の前には、崖に叩きつけられた衝撃で「暴発」してしまったエビルプラントの成れの果てが転がっていた。
自慢の種は地面に無残に散らばり、すべてのエネルギーを放出したその体は、まるで数日放置された野菜のようにしなびている。
(あぁ……隙だらけ)
もはや考えるよりも先に、リーネの右手が動いていた。
彼女にとって、これこそが「ログに記された絶好の機会」に他ならなかったからだ。
「……デルタ……スラッシュ」
鮮やかな三閃が、しおれたナスを細切れにする。
直後、静寂が訪れた。崖の上から覗き込むカイルたちの呆然とした視線を感じながら、リーネはがくりと膝をついた。
(卑怯……! またしても、卑怯……!)
リーネは、がくがくと震える膝を必死に叱咤して立ち上がった。
「……お、おーっほっほっほ! 当然の結果ですわ! わたくしの華麗なステップに、植物如きがついてこれるはずもありませんもの!」
内心では「死ぬかと思いましたわ……! 崖から転げ落ちて卑怯な不意打ちなんて、マークフレアの家訓が泣いていますわ!」と、全速力で血の涙を流している。
しかし、返り血(ナスのような紫色の汁)を浴びたその姿は、図らずも歴戦の猛者特有の凄みを醸し出していた。
「すごい……。一人でエビルプラントの種放出を誘発し、その硬直をデルタスラッシュで仕留めるなんて。こんなやり方はマニュアルにもないぞ……。リーネさん、相当な使い手だな」
アルトが、これ以上ないほど尊敬の眼差しで手帳を捲る。
マニュアルを信奉する彼にとって、理論を実践で、しかも「崖から落ちる」というアクロバティックな型崩しで成功させたリーネは、もはや生きた聖典に見えていた。




