下巻に記されなかった真実
「カイルさん! いま回復します!」
駆け寄ってきたミーナの杖が、淡い光を放つ。
肩と脇腹の傷が、心地よい熱とともに塞がっていく。
カイルは荒い息を整えながら、足元に転がる「かつての師匠だった液体の塊」を見下ろして呟いた。
「すげーよ! どこかのポンコツ剣士よりよっぽど強かったぞ、あのバケモノ!」
ロウが興奮気味に叫ぶが、カイルは静かに首を振った。
「いや……現代のモンスターが相手だったら、アルトの方が強いだろう」
カイルは、自分の中の力が『古代種』に対して特攻を持つ事を、なんとなく感じていた。
なぜこんな事を思うのかは、分からない。
ただ、懐にあるボロボロの『上巻』が、先ほどから静かな鼓動のように脈打っているのだけが、唯一の答えのような気がした。
「はやくアルトを探さないとな」
「あっ、そうだった。あいつ食中毒で倒れてるんだった。というか、どこにいるんだ? どこで偽物と入れ替わったんだろう?」
ロウが周囲の霧を見渡す。偽物がアルトに化けていたということは、本物はどこかで足止めを食らっているはずだ。
「霧が濃くて前が見えなかったあたりかな……何回か見失った気がする。ミーナ、見つけたら回復たのむ」
「えっ、わたし食中毒で倒れた人にMP使うの嫌なんですけど。カイルさん、毒消し草くれませんか?」
ミーナが露骨に嫌な顔をした。彼女にとって、戦闘の負傷を治すのは「尊い投資」だが、不摂生による腹痛を治すのは「死に金」に近い感覚なのだ。
「リーダーから毒消し草をもらう回復役なんて他にいないぞ」
「失礼な。家計(MP)を守る主婦の気持ちになってくださいよ」
そんな押し問答をしていた時だ。
森の奥から、何とも緊張感のない、のんきな声が聞こえてきた。
「あれ~? みんな、どうしてこんな先にいるんだ?」
霧をかき分けてやってきたのは、真っ赤な鎧を身にまとった剣士アルトだ。
どうやらピンピンしている。腹を押さえる様子もなく、むしろ「ちょっといい散歩をしてきた」と言わんばかりの爽やかな表情だ。
三人が、それぞれ「腹はどうした」「勝手にいなくなるな」と文句を口にしようとした。
だが、その言葉は、次の瞬間にはひっこんでしまった。
剣士アルトの背後から、続いて本を持った無表情な冒険者カイル(?)、獲物を品定めするような目でニヤつく罠師ロウ(?)、そして慈愛に満ちた(ように見えるが瞳の奥が濁った)回復役ミーナ(?)がぞろぞろと姿を現したのだ。
……本物と、偽物のパーティが、霧の中で完全に対峙した。
一瞬の静寂の後、一行の悲鳴が森にこだました。
「ギャーーー!? 増えてる!? しかも俺、あんなに性格悪そうな顔してんのか!?」
「わたくしの偽物、持ってる同人誌がめちゃくちゃ分厚いんですけどぉぉぉ!!」
彼らのその後の苦労は筆舌に尽くしがたいものがあった。
自分自身の「失敗パターン」を知り尽くした相手との泥沼の潰し合い。
誰が本物で誰が偽物か、互いに『上巻』にしか載っていない「過去の恥ずかしい失敗」を暴露し合って証明する地獄のような真実究明。
カイルが「もう死んだほうがマシだ」と思うほど、その戦闘(と会話)は過酷を極めた。
しかし、彼らが一体どれだけ精神的に、肉体的に苦労をしようとも――。
リーネの持つ下巻には、たったこれだけの成功ログしか刻まれないのだった。
『【討伐・冒険成功】:冒険者カイル――迷いの森で古代種ドッペルゲンガーを討伐する。メンバー全員とともに迷いの森からの脱出に成功する』




