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完璧な三連撃の隙

(ああ……これまでか)


 薄れゆく意識の中で、カイルの思考は現実を離れ、出口のない迷路を彷徨い始めた。


(俺は一体、どこで間違ったんだろう?)


 選択を失敗しないように生きてきたつもりだった。

 怪しげな露店商にそそのかされ、『上巻』を法外な値段で買わされた時からか。

 あるいは、マニュアル狂いの元貴族、ギャンブル中毒のドワーフ、そして妄想癖のあるヒーラーという、この世のポンコツを煮詰め合わせたようなパーティを組んだ時からか。

 ……いや、もっと昔だ。冒険者になると決めた時から、俺の人生の歯車はすでに狂い始めていたのかもしれない。


 重い足取りで近づいてくるドワーフの戦士――その姿が、霧の中で揺らめき、溶けるように変質していく。

 ずんぐりとした体躯がしなやかに伸び、無骨な斧が一本の鋭い長剣へと姿を変える。

 翻る使い古されたマント。その立ち姿を見た瞬間、カイルの心臓が大きく跳ねた。


「師匠……」


 ドッペルゲンガーが最後に選んだ姿。

 それは、かつてカイルに剣を教え込み、そして一度として超えることのできなかった、彼の「剣の師」だった。


 ドッペルゲンガーにとってカイルは未知の脅威だ。

 エルフの弓は通用せず、ドワーフの怪力もいなされた。

 ならば、最後はカイルの心にある『敗北の象徴』を突きつけ、精神から折りに来たのだろう。


 もし、こいつが師匠の技だけでなく、カイルが師匠に対して抱いている絶望的な敗北感までも読み取れるのだとしたら。

 カイルが一度も、その一太刀に届かなかった事実を知っているのだとしたら。


 おそらく奴は打ってくるはずだ。

 今も骨身にしみて覚えている、師の得意技を。


『デルタスラッシュ』。


 かつて、伝説の勇者の親友だった大剣士トゥーファンが編み出し、その弟子である剣聖ミラーへと受け継がれ、さらにその歴代の弟子からカイルの師匠へと伝わったとされる連続剣技。


「……おい、知ってるかドッペルゲンガー。他人の『成功体験』ばかりなぞってても、お前が成功できるとは限らないんだぞ」


 カイルはふらふらと、だが確かな足取りで立ち上がった。


 師の姿をした怪物が、剣を構える。

 デルタスラッシュは、斜め切り、横なぎ、切り上げ。この三撃を間を置かずに放つ、回避不能の連続剣だ。


 一説によれば、剣聖ミラーの教え方が独特すぎたせいで、内容が正確に伝わらなかった「不完全な技」とも言われている。


 だが、この剣には、弱点があるのだ。

 剣の達人ではないカイルに、その弱点は掴めなかったが。


 一撃目をまともに当てたあと、二撃目は適度にかすらせなければならないのだ。

 一撃目と二撃目の両方が「まともに当たって」しまうと、相手との距離が開きすぎてしまう。


 しかも剣の勢いが殺され、三撃目の発動が遅れてしまう。

 つまり、達人が狙わなければならないのは、本当は『二連撃止め』なのだ。

 それが完璧な三連撃になってしまった瞬間。

 三撃目が放たれる直前に、針の穴を通すような致命的な『隙』が生じる。


 ドッペルゲンガーが踏み込んできた。

 一撃目――斜め切り。カイルは避けない。肩に熱い衝撃が走る。

 二撃目――横なぎ。それもまともに食らう。脇腹の皮が裂け、血が舞う。


 手応えは「がっ!」の一発ではなく、「がっがっ!」と二発分。

 二発の直撃によって、ドッペルゲンガーの重心がわずかに浮いたとき。


 首を狙う、最速の切り上げが放たれる直前。

 カイルは退かず、むしろ死地へと一歩踏み込んだ。


「ここだ」


 相手の剣筋は速すぎて見えない。だが、未来の失敗ログを見続けることで培われた「最悪のタイミングを外す」嗅覚が、その一瞬の空白を捉えていた。

 すれ違いざま、カイルはありったけの力を込めて剣を振り上げた。


 銀光が走り、宙を舞ったのはドッペルゲンガーの首だった。


 師匠の姿をしていた身体が、崩れるように再び無機質な液体へと戻っていく。地面にぐしゃりと叩きつけられたその塊は、二度と形をなすことはなかった。


「……『がっ!』ではなく、『がっがっ!』になるときは、反撃に注意しろ。……あんたがいつも言ってたことだろう、師匠」


 ドッペルゲンガーは師匠の技を「完璧に」コピーした。

 記憶もコピーした。

 きっと師匠のことだからカイルを侮って、完璧な三撃目を律儀に放ったのだ。


 カイルは荒い息をつきながら、血に濡れた剣を収めた。

 不思議な感覚だった。

 どうして今の『攻略法』が彼に使えたのだろう。

 今までのように、『上巻』が未来の失敗を文字として見せてくれたわけではない。

 だが、今の感覚は、あのクソったれな失敗ログを読み解く感覚と、ほとんど同じだった。

 まるで、自分の中にある記憶ではない、誰かの「後悔」を直接読み取ったかのような――。


「……カイルさん!」


 霧の向こうから、ミーナたちの駆けてくる声が聞こえる。

 カイルは懐の『上巻』に触れた。

 そこにはむろん、彼の死亡ログも、成功ログも記されない。


「……どうだ、上巻。お前の予言を外してやったぞ」


 カイルは無表情を貫いたまま、近づいてくる仲間たちの方へと向き直った。

 その顔には、わずかだが「成功者」にはない、しぶとい生き残りの色が浮かんでいた。

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