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迷いの森へ

 霧が立ち込める『迷いの森』の入り口で、カイルは手に持った年季の入った本――異世界攻略本上巻をパラパラと捲り、眉間に皺を寄せた。


「……やっぱり、どう考えてもおかしいな」


 カイルの呟きに、荷物を担ぎ直していた仲間たちが視線を向ける。

 この『上巻』は、数百年に及ぶかつての持ち主たちの『失敗』だけが記された、いわば世界一縁起の悪いガラクタだ。

 だが、これから起こりうる不幸を事前に知ることができるという点において、カイルにとってはどんな宝剣よりも価値がある。


 カイルは無表情のままボロボロの『上巻』を開いた。

 そこには、今までにない異様なパターンでログが刻まれていた。


『【探索失敗】冒険者A――落とし穴に落ち、足を挫いて撤退』

『【探索失敗】冒険者B――落とし穴に落ち、所持品を紛失』

『【探索失敗】パーティC――全員が落とし穴に落ち、身動きが取れなくなり全滅』


 ページをめくっても、めくっても。

 出てくるのは「落とし穴」という単語ばかりだ。


「おかしいな……この上巻ログに記録が残っているということは、少なくとも一回は誰かが失敗して、その情報が共有されているはずだ」


 じっさい、この攻略本のログは不思議な性質を持っている。

 一度誰かが失敗してログが残れば、後続の者はそれを教訓にするため、同じ場所で同じミスをすることは滅多にない。

 だが、この森だけは違う。

 まるで「注意していても絶対に落ちる」と言わんばかりの、執拗なまでの落とし穴ログの連発。


「むーん……」

 ロウが腕組みをして、珍しく真剣な表情で唸った。

「罠師の視点から言わせてもらえば、それは興味深いな。どんな高度な迷彩技術を使ってるんだ?

 光学迷彩か? 心理的なトラップか?

 もしそんな見破れない罠があるなら、ぜひともその構造を拝んでみたいもんだぜ」


「ふん、落とし穴ごとき、落ちる前に跳べば済む話だ」


 それまで黙って剣の手入れをしていたアルトが、鼻で笑って立ち上がった。


「それよりカイル、この森には食えるモンスターは出るのか? 落とし穴に落ちる前に、獲物を見つけて腹一杯食えば、集中力も増すはずだ」


「アルト、今は罠の話をしてるんだよ。食われるのはお前の方かもしれないぞ」


 カイルがいさめると、後ろで震えていたミーナが、震える指先でログの一箇所を指差した。


「……あの、カイルさん。何か、本当におかしいですよ、ここ。

 だって、最後に落とし穴に落ちた冒険者さんのパーティって……この『黄金の獅子団』ですよ?

 他のログでは、ドラゴンのいる最難関ダンジョンを突破しているような、実力も結束も超一流の人たちです」


「ミーナ、お前いつの間にそんな詳しいデータまで読み込んでるんだ?」


「あ、ええと……このパーティの剣士さんと魔術師さんの関係が、ログの行間から見ると、こう……すごく『熱い』感じだったので、つい……」


 ミーナの目が一瞬だけ怪しく光ったが、すぐに不安げな表情に戻る。


「でも、そんな人たちがこの森で落とし穴に落ちて、一人が死亡……。

 そのショックで次の町で解散しちゃってます。

 ……実力があっても防げない、ただの罠じゃない何かが、この先にあるんじゃないでしょうか」


 ミーナの指摘は正しかった。

 迷いの森を迂回するルートもあるが、そちらは凶悪なモンスターの失敗ログで埋め尽くされている。

 対して、この森はモンスターの被害は見当たらず、ただ「落とし穴」のログが連続しているだけだ。

 何人かが犠牲になってはいるが、けっして全滅の危険があるほどの脅威ではない。


「よし、森を通ろう」


 カイルは決断を下した。


「少しでも異変を感じたら、すぐに撤退する。

 俺の『未来の失敗ログを見る』能力をフル稼働させるからな。

 ……いいか、一歩たりとも俺の指示を無視するなよ」


「わかった。カイルの指示が、俺の新しいマニュアルだ」

「へへっ、任せな。落とし穴の底にお宝があるなら、俺が一番に拾ってやるよ」

「あ、あの……MP、少しだけ多めに解放する準備をしておきますね。いつでも、皆さんの『心』まで治せるように……」


「心まではいい。……行くぞ」


「行くぞ」というカイルの号令とともに、一行は白銀のとばりへと飲み込まれていった。

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