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攻略本は宝の地図

「……おいロウ、何やってる。そこはさっき俺が『失敗ログに載ってるから踏むな』って言ったばかりだぞ」


 カイルの呆れ声が、薄暗い回廊に響いた。

 視線の先では、パーティの罠師であるロウが、七色に輝く奇妙な触手型の罠――『虹色粘着吸引トラップ』に絡まり、壁に逆さまに張り付いていた。


「い、いや待てカイル! これはわざとだ、計算通りなんだよ! 見てくれこの構造、ただの粘着じゃない。魔力を利用して吸着力を……ぐえっ」


 触手がロウの口を塞ごうとする。ミーナが深い、深いため息をつきながら杖を掲げた。


「……ロウも頑張ってくれてるのはわかるけど、もうちょっと罠にかかる回数減らせない? せめて上巻に罠が載ってる場所くらい避けていってほしいんだけど?」


 ミーナの言葉は、おっとりとした口調ながらも、その奥に「無駄なMPを使わせるな」という冷徹な怒りが煮え立っている。

 浄化の光で触手を焼き切り、自由になったロウは、地面に着地するなり服の汚れを払って胸を張った。


「いやー、上巻に珍しい罠のログがあったら、罠師として構造を解析しとかないとと思って。じっさい今の罠なんて、他じゃほとんど見たことなかったろ?」


「あきれた、わざとかかってたの? 回復と毒消しを併用するの、けっこうMP使うんだからね?」


 ミーナがぷいと顔を背ける。彼女にとってMPは命の残量と同義だ。無駄遣いされるのは、自分の命を削られるのと同じくらい腹立たしい。


「いや、けど上巻見てると気になる罠がいっぱいあってさ。

 こういう、無駄に手の込んだ珍しい罠の近くには、財宝とか隠されていること多いんだよな。

 一流の罠師は、罠の美しさと報酬の額を比例させて考えるもんなんだぜ!」


「へぇー。ロウ、いままでそんな『財宝』とか見つけた事あるのか?」


 アルトが、預かっていた上巻から目を上げて尋ねた。

 その瞬間、ロウの動きがピタリと止まった。


「あ……」


 しまった、という顔が、彼のちっこい顔いっぱいに広がる。

 カイルはその一瞬の動揺を見逃さなかった。

 彼はアルトから『上巻』を借り、パラパラとページをめくっていく。

 これまでパーティで共有していた「戦術ログ」のページを通り過ぎ、さらに後ろの、これまであまり読み込んでいなかった「日常ログ」のページに指が突き当たった。


「……ロウの名前がいっぱい載っているページがあるな。どれどれ」


『罠師ロウ――ポーカーで500万ゴールド大負けする』

『罠師ロウ――ダイスで800万ゴールド大負けする』

『罠師ロウ――ルーレットで1600万ゴールド大負けする』


 読み上げられる金額が上がるにつれ、ロウの顔色が土色に変わっていく。

 横から覗き込んだアルトが、顎が外れそうなほど口を開けていた。


「……おかしいな。これまでのログを合計すると、ロウが2900万ゴールドも持ってた計算になるんだが」


「落ち着けカイル、勝った方のログがないだろ? ひょっとしたら合間合間で大勝ちしてたのかもしれない」


 アルトは皮肉でもなんでもなく言ったが、「そんな訳ないだろ」とみんなが心の中で思った。

 ミーナが目を細めて詰め寄った。


「カイルさん、これって勝った方のログはどうやって見るんです?」


「いい質問だミーナ。残念ながらこのガラクタ(上巻)には『失敗』しか載らない。つまり、ロウがこの莫大な金をどこで手に入れたかは載っていないが、それには無限の可能性をあてはめる事ができるという訳だ」


 沈黙が流れる。

 ロウは、震える膝をつき、がばっと地面に額を擦り付けた。


「すんませんでしたー!!」


 その見事な土下座に、カイルはため息すら出なかった。


「……白状しろ。その金、どっから出た」


「……あ、あの……実は、その……。上巻に載ってる『罠の失敗ログ』の分布を調べてたら……。財宝の隠し場所のパターンがわかっちまって……。そこで、その……こっそりお宝を独り占めして……」


「独り占め……わたし、あなたが罠にかかるたびに回復してあげてるよね? お礼ももらってないんだけど?」


 ミーナの杖が、パキリと音を立ててしなった。彼女の周囲に、温存しているはずのMPが「殺意」となって漏れ出している。


「あ、いや! でも全部ギャンブルでなくなったから! 俺の手元には一銭も残ってないから! むしろ借金の方が多いから!!」


「威張って言うことか」


 カイルは頭を抱えた。

 ロウは上巻を「罠の回避」のためではなく、「宝の在処の手がかり」として応用していたのだ。その結果、珍しい罠を見つけるたびに、構造を解析して宝箱を回収し、それを一緒にダンジョン攻略で命をはってくれている仲間に報告もせず、そのままカジノへぶち込んでいたというわけである。


「お前なぁ……。罠師として成長したかと思えば、人間として退化してどうする」


「だって、かつての成功体験が忘れられないんだよぉ! あの時見つけた『黄金のハナミズキ像』をポーカーのワンペアで失った時の絶望と興奮を、お前らにも教えてやりたいぜ!」


「教えなくていい。……アルト、こいつを縛れ。今日の夕飯の肉は抜きだ」


「承知した! 『裏切り者への対処法・野外編』によれば、逆さ吊りが最も反省を促すらしい!」


「やめろ! やめてくれ! もう一回、もう一回だけチャンスをくれ! 次は上巻に載ってない『超・超・超・レアトラップ』を見つけて、今度こそみんなに金貨の山を――」


「黙れギャンブラー。ミーナ、悪いがこいつの毒消しと回復に、今日から『特別徴収MP』を課していいぞ。……こいつがネコババしようとした宝、全部MP代として回収しろ」


「喜んで、カイルさん」


 ミーナの目が、かつてないほど「成功者」のような輝きを帯びた。

 ロウの悲鳴がダンジョンにこだまする中、カイルは再び『上巻』を閉じた。


「……失敗のログから宝を見つける、か。皮肉なもんだな。このゴミみたいな本も、使い方次第じゃあ成功の鍵になるってことか」


 もっとも、その鍵を使って開けた扉の先が、破滅的なカジノの入り口だったというのは、いかにもこのパーティらしい「失敗」ではあったが。

 失敗を糧にする彼らの冒険は、期せずして「金勘定」という生々しい目的を帯び、さらに加速していくことになる。

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