最終話 しわくちゃなハッピーエンド
あれから数十年。かつて死の大地と呼ばれた場所は、世界で最も美しい花園として蘇っていた。
その森の奥深く、古びた城のテラスで、すっかり年老いたノアとフローラはロッキングチェアに揺られている。
二人の髪は雪のように白くなり、顔には深い皺が刻まれていた。しかし二人は、人間として共に悩み、喧嘩し、笑い合って積み重ねてきたその「老い」を、永遠の若さよりも愛おしそうに慈しむ。
「世界中の誰に忘れられても、あなただけが私を覚えていてくれた」
フローラは少女の頃と変わらない瞳でそう告げると、ノアのしわがれた手を両手で包み込む。
花弁が舞い散る穏やかな午後。かつての魔王と聖女は、繋いだ手の温もりを感じながら、静かに、そして幸せな眠りにつくのだった。
あれから、どれくらいの時が流れただろうか。
かつて「死の大地」と呼ばれた深淵大陸は、今や世界で最も美しい森と花園に覆われた伝説の地となっていた。
その森の奥深く。古びた城のテラスに、二つのロッキングチェアが並んでいる。
「……随分と、冷えてきたな」
「ええ。もうすぐ冬が来るわね、おじいさん」
ブランケットに包まりながら、老婆――かつての聖女フローラが微笑んだ。
その顔には、年輪のような皺が深く刻まれている。
かつて銀色に輝いていた髪は、純白の雪のような白髪に変わっていた。
「お前も、随分と小さくなったもんだ」
隣に座る老人――かつての魔王ノアが、しわがれた声で憎まれ口を叩く。
彼もまた、腰が曲がり、剣を振るっていた腕は枯れ木のように細くなっていた。
けれど、二人の表情は、これ以上ないほど穏やかで、幸福に満ちていた。
「ねえ、ノア。私の顔、皺だらけでしょう?」
「ああ、ひどいもんだ。俺の手もシミだらけだ」
二人は顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。
それは、二人が何よりも望んだ証だったからだ。
病気もした。怪我もした。喧嘩もした。
子供たちの夜泣きに二人で頭を抱えた日もあれば、先立った愛犬の墓の前で二人で泣いた日もあった。
その全てが、体に刻まれている。
永遠に変わらない若さよりも、二人で積み重ねてきたこの「老い」こそが、何よりも愛おしい宝物だった。
「……なあ、フローラ」
ノアが、震える手で隣に手を伸ばす。
フローラは、その温かい手を両手で包み込んだ。
「楽しかったか? 俺との、人間としての生は」
「ふふ。……最高の冒険だったわ」
フローラは、少女の頃と変わらない青い瞳で、愛する夫を見つめた。
「世界中の誰に忘れられても……あなただけが、私を覚えていてくれた。愛してくれた。……これ以上の幸せなんて、どこにもないわ」
風が吹く。
青と白の花びらが、二人の膝に降り注ぐ。
それは、あの日の「最果ての花園」と同じ景色。
「……そうか。なら、いい」
ノアは満足そうに目を細め、ゆっくりと瞼を閉じた。
握り合った手の温もりだけを感じながら。
「少し……眠るか」
「ええ。おやすみなさい、ノア」
静かな午後だった。
かつて世界を救った聖女と、かつて世界を恐怖させた魔王。
歴史から忘れ去られた二人の愛しい日々は、花々に守られながら、静かに、そして幸せに、幕を下ろした。




