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忘れられた聖女と、最果ての花園  作者: 東雲みどり
「忘れられた聖女と、最果ての花園」

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8/9

第8話 さよなら、聖女フローラ

虹色に輝く**《堕天の果実》**を手にしたフローラは、それを食べる前に「最後の奇跡」を起こすことを決意する。彼女は、自らに残された膨大な聖女の力をすべて解放し、ノアが「死んだ場所」と諦めていた深淵大陸へと注ぎ込んだ。

荒廃した大地は瞬く間に緑に覆われ、かつての「最果ての花園」と同じ美しい花々が咲き乱れる楽園へと生まれ変わる。

力を使い果たした彼女は果実を口にし、その身から神々しい光が消えていく。聖女としての永遠を捨て、ただの人間としてノアの腕の中に倒れ込んだ彼女は、澄んだ青色の瞳で笑った。「お腹が空いちゃった」。

それは、彼女が初めて手に入れた「生きていくことの証」だった。

虹色に輝く《堕天の果実》を手に、フローラはゆっくりとバルコニーへと歩み出た。

 眼下に広がるのは、どこまでも続く灰色の荒野と、死に絶えた常闇の空だ。

「……食べるんじゃないのか?」

 背後からノアが問う。フローラは振り返らず、強い風に銀髪をなびかせながら首を振った。

「ノア。ここが、私たちがこれから暮らす場所なんでしょう?」

「ああ。……まあ、ボロ屋だがな」

「じゃあ、リフォームが必要ね」

 フローラは悪戯っぽく笑うと、果実を胸に抱き、静かに目を閉じた。

「私ね、ずっと重かったの。この身に宿る膨大な聖なる力が。……人間になる前に、これを全部使い切ってしまいたいの」

「おい、まさか……」

「見ていて、ノア。これが私の、最後の奇跡よ」

 瞬間、フローラの身体から目も眩むような光が溢れ出した。

 それは城を包み込み、奔流となって荒野へと駆け抜けていく。

 ――奇跡が、起きた。

 光が触れた場所から、次々と緑が芽吹き始めたのだ。

 ひび割れた大地は瑞々しい草原へ。

 枯れ果てた木々には葉が茂り、蕾が膨らみ、色とりどりの花が咲き乱れる。

 そして、千年間閉ざされていた空の雲が割れ、暖かな太陽の光が差し込んだ。

「馬鹿な……深淵大陸が、生き返っていく……」

 ノアは言葉を失った。ヴォルグもまた、涙を流して震えている。

 それは、第1話で二人が再会した「最果ての花園」と同じ――いや、それ以上に美しい、青と白の花々が咲き誇る楽園だった。

「……っ、あ……」

 全ての力を放出したフローラの身体が、ふらりと傾く。

 彼女は最後の力を振り絞り、手の中の果実を口へと運んだ。

 シャク、と瑞々しい音が響く。

 同時に、彼女を包んでいた神々しい光の粒子が、キラキラと空へと還っていった。

 聖女としての「永遠」が終わり、人間としての「時間」が動き出す。

「フローラ!」

 倒れ込む彼女を、ノアが抱き留める。

 腕の中の彼女は、以前よりもずっと小さく、軽く感じられた。

 そして何より――温かかった。

 氷のようだった体温が、今は脈打つ命の熱を帯びている。

 恐る恐る、ノアは彼女の名を呼んだ。

 長い睫毛が震え、彼女がゆっくりと目を開ける。

 その瞳は、聖女の神秘的な銀色ではなく、澄んだ空のような青色に変わっていた。

「……おはよう、ノア」

 彼女はへにゃりと、年相応の少女のように笑った。

「なんだか、すっごくお腹が空いちゃった」

 その一言に、ノアの目から堪えきれない雫がこぼれ落ちた。

 彼は愛おしそうに、腕の中の「ただの人間」を強く抱きしめた。

「ああ……帰ろう、フローラ。今日はとびきりのご馳走だ」


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