第5話 常闇(とこやみ)の玉座
旅の末、二人はついに目的地である魔王の旧領**《深淵大陸アビスガルド》**へと足を踏み入れる。そこは太陽が昇らず、冷たい風が吹き荒れる荒廃した死の大地だった。
ノアは自分の故郷のみすぼらしさを自嘲するが、フローラは崩れかけた城壁に触れ、そこにかつての魔王が抱えていた深い「孤独」を感じ取る。
「あなたの生きてきた場所を、全部知りたいの」
光の申し子である彼女が、闇の世界を優しく受け入れた瞬間、ノアの古傷は癒やされていく。二人は絆を深めながら、秘宝が眠る城の最下層へと進んでいく。
旅を始めて数日。二人が辿り着いたのは、永遠に太陽が昇らない常闇の大地――《深淵大陸アビスガルド》だった。
かつて魔族たちがひしめき合っていたこの地も、魔王の敗北とともに荒廃し、今はただ冷たい風が吹き荒れる岩肌が広がるばかりだ。
その最奥、切り立った断崖の上に、かつての魔王城――《冥府の城》はあった。
半分が崩れ落ち、蔦に覆われたその姿は、巨大な墓標のようにも見えた。
「……ひどい有様だな」
瓦礫の山と化した城門の前で、ノアは自嘲気味に呟いた。
「これが俺の国だ。花も咲かなければ、光も差さない。お前のいた美しい花園とは大違いだろ」
ノアは、フローラにこの景色を見せるのを躊躇っていた。
こんな荒涼とした光景を見れば、光の申し子である彼女は本能的に拒絶反応を示すのではないか、と。
だが、フローラは違った。
彼女は崩れかけた城壁にそっと手を触れ、悲しげに瞳を伏せたのだ。
「……静かね」
「ああ、死んだ場所だからな」
「ううん、違うわ。……寂しいのね、この城は」
フローラはノアを見上げた。その瞳には、恐怖も嫌悪もなく、ただ深い慈愛だけがあった。
「あなたは一人で、ずっとこの暗闇の中で世界を見ていたの? 誰にも理解されず、ただ『恐怖』の象徴として?」
「……それが魔王の役割だからな」
ノアが顔を背けると、フローラはその頬を両手で包み込み、正面から覗き込んだ。
冷え切った魔王の故郷で、彼女の手のひらだけが、泣きたくなるほど温かい。
「もう一人じゃないわ、ノア。……私を案内して。あなたの生きてきた場所を、全部知りたいの」
その言葉に、ノアの中の古傷が癒えていくような気がした。
彼は無言で彼女の手を取り、瓦礫の回廊へと足を踏み入れた。
目指すは城の最下層。かつて魔王が最も大切にしていた宝物庫。そこに、彼女を人間に変える秘宝が眠っているはずだ。




