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忘れられた聖女と、最果ての花園  作者: 東雲みどり
「忘れられた聖女と、最果ての花園」

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3/9

第3話 忘れ去られる者の運命

二人の距離が縮まったのも束の間、フローラの体が突如として透け始める異変が起きる。

彼女は衝撃の事実を告げる。「聖女の力は人々の信仰と記憶を源としている。世界から忘れられた私は、このまま消滅する運命にある」と。彼女は隠居していたのではなく、誰にも知られずに死ぬ時を待っていたのだ。

しかし、ノアはその残酷な運命を真っ向から否定する。

「世界中が忘れても、俺が覚えている」

彼は彼女を救うため、そして彼女と共に生きる未来を掴み取るため、この花園を出て旅立つことを決意する。

重ねた手の温もりが、永遠に続けばいい。

 ノアがそう願った、その時だった。

「……っ、う……!」

 唐突に、フローラの体が小さく跳ねた。

 絡めていた指先から力が抜け、彼女は胸を押さえて苦しげに咳き込んだ。

「おい、どうした!?」

 ノアは慌てて椅子を蹴倒し、彼女の体を支えようとした。

 だが、その腕が空を切るような違和感――。

「な……っ!?」

 ノアは目を見開いた。

 支えた彼女の肩が、一瞬だけ陽炎かげろうのように透けて見えたのだ。

 まるで、そこに存在していない幻であるかのように。

「はぁ、はぁ……ごめんなさい、驚かせちゃったわね……」

 発作が治まったのか、フローラは力なく笑おうとしたが、その顔色は雪のように白い。

 ノアは震える手で、彼女の肩を強く掴み直した。今度は確かな感触があったが、その体は氷のように冷たかった。

「今のはなんだ。……透けたぞ、お前の体」

「……」

「答えろ、フローラ! 『世界から忘れられた』というのは、比喩じゃなかったのか!?」

 元魔王の怒気を含んだ問い詰めに、フローラは観念したように目を伏せた。

「……聖女の力は、人々の『祈り』と『信仰』を源にしているの」

 彼女は静かに語り始めた。

「世界が平和になって、誰も祈らなくなれば、聖女の存在意義はなくなる。……人々の記憶から消えるということは、この世界から私の存在そのものが消滅するということなの」

 ノアは言葉を失った。

 彼女は隠居していたのではない。

 世界に忘れられ、誰にも気づかれないまま、この花園で静かに消滅する時を待っていたのだ。

 あの笑顔の下で、たった一人、死への恐怖と戦いながら。

「……ふざけるな」

 ノアの口から、低い唸り声が漏れた。

 世界を救った代償が、これだというのか。

 命を賭けて守った人間たちに忘れられ、誰にも看取られずに消えていくなんて、そんな結末を俺は認めない。

「あと、どれくらいもつ?」

「……わからない。でも、もう長くはないわ。だからノア、あなたは……」

「黙れ」

 ノアは彼女の言葉を遮り、かつての魔王の瞳で彼女を射抜いた。

 そこには、絶望ではなく、燃え上がるような反骨の意志が宿っていた。

「俺がお前を忘れさせない。世界中が忘れても、俺が覚えている」

「ノア……」

「だが、それだけじゃ足りないんだろ? なら、世界中の人間に思い出させてやる」

 ノアは立ち上がり、腰の剣を握りしめた。

「方法はあるはずだ。失われた信仰を取り戻すか、あるいは聖女のシステムそのものを書き換えるか。……俺の知識とお前の力があれば、不可能じゃない」

 ノアはフローラに向かって手を差し伸べた。

 それは、穏やかな隠居生活への誘いではない。

 運命に抗う、新たな戦いへの誘いだった。

「行くぞ、フローラ。俺とお前の、生き残るための旅だ」


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