⑦陸の災難
ん
陸は一人、路上ライブを始めた。
その陸の立つ場所から、少し離れた路地裏に、三人の男達がいた。
彼らの間には、不穏な空気が漂っている。
「おい小松。あと二日、待ってやる。残りの五万、必ず払えよ!」
凄んでナイフを見せる、二十代前半の男、大野うみじ。
壁に押し付けられた小松若利は、涙目で、何度も首を縦に振った。
「ひっ……はっ……はひっ……」
大野の背後には、小柄な金髪の男が、ニヤニヤしていた。
大野の弟分、川添研一だ。
「そう言えば、大野さん」と、川添が話しかけた。
「聞いた話ですけど、そいつ動画を配信して、小金を稼いでるらしいっすよ」
「なにぃ」
大野が、小松の胸ぐらを掴んだ。
「ひっ……ぶひっ……」と、悲鳴を漏らす小松。
「お前、動画配信で稼いでんのか? じゃあまだ、金あるんじゃねえのか?」
小松は鼻水を垂らしながら、首を横に振った。
「な、無いです。動画配信も、最近はやってません。カ、カメラが壊れちゃったし……」
「本当だろうな。……まあいいや、十万は回収したからな。ほらっ、もう行け! あと五万、必ず用意しとけよ!」
大野が、小松のお尻を蹴飛ばした。
小松はバランスを崩しながら、慌てて逃げ出した。
そんな小松の背中を見つめる、大野と川添。
彼らは、反社会的な仕事を生業としている、街のゴロツキだ。
最近は小松のように、闇金業者から借金をしている、債務者への取り立てをしている。
「それにしても大野さんって、やばいっすね。いつもポケットに、ナイフ入れてるんすか?」
二人が、駅前のラーメン屋に向かって歩いている途中、川添が大野に話しかけた。
「まあな。鬼に金棒って奴だよ」
「なんすか、鬼にカナボーって?」
「そんな言葉も知らねえのか? これだから中卒は……おわっ!」
ドデッ!
突然、大野が転んだ。
「いってぇ!」
「大丈夫すか? 大野さん」
大野は、何かに足を引っ掛けたのだ。
それはギターを入れる、黒いソフトケースだった。
「なんだ、これ?」
すると、近くで吃りながら歌う、路上ミュージシャンの姿があった。
陸だ。
大野は立ち上がり、両手をポケットに突っ込んだ。
眉間にシワを寄せ、絡みつくような視線を陸に向け、近付く。
「おい、下手くそ! お前の荷物で転んだぞ、コラ! 慰謝料、払え!」
陸は、演奏に集中しているため、大野の声は届いていない。
「耳が腐るんだよ、お前の歌は! 下手の横好きにも程があんだろ、ボケが!」
「なんすか? 下手のヨコズキって?」
大野が、ギロリと川添を睨む。
「お前は黙っとけ!」
大野の視線が陸に戻ると、目の前にあるマイクスタンドを蹴り飛ばした。
ガシャン!
それでも、陸は演奏をやめない。
「……なんだお前? シカトしてんのか? 怖くて、気付かないフリしてんか? それとも……」
ジャラーン♪
ギターを鳴らすと、陸は「お、思い出す〜」と歌い出した。
大野は激怒した。
陸の髪を乱暴に掴むと、引っ張った。
「なめやがって、このクソガキ! 教育してやる!」
大野達は、近くの雑居ビルの裏へと、陸を無理やり連れてきた。
そこは、人目につかない、狭く薄暗い駐輪場だった。
川添が、素早く陸を羽交締めにした。
ドスッ、バキッ!
身動きの取れない陸を、一方的に殴り続ける大野。
やがて、力が抜けたように倒れ込む陸。
大野は、陸の頭を踏み付けた。
「おい、クソガキ! 最初から、ペコペコしてりゃ良かったんだよ。そうしたら一発で済んだのによぉ。馬鹿だな、お前は。長い物には巻かれろってのが、世の常識だろ?」
「なんすか? 長いモノには……」
大野が川添を睨んだ。
その鋭い眼光に、川添は途中で口をつぐんだ。
大野の眼光が、陸へと戻る。
その時、大野はある物に気付いた。
「なんだ、これ?」
陸のポケットから、何かが出ている。
それは美月が作ってくれた人形だった。
ゆっくりと持ち上げる大野。
「人形か? ギター持ってて、お前に似てるなぁ、これ」
大野は、ニヤリと笑う。
「もしかして、誰かが作ってくれたのか? 良かったなぁ。大事にしろよ」
そう言った瞬間、大野は両手に力を込め、人形の首を引きちぎった。
ブチッ!
さらに手足も引っこ抜き、バラバラにすると、踏みつける。
「へっ、ざまあみ——
バキッ!!
次の瞬間、大野が宙を舞った。
陸が、ぶん殴ったのだ。
吹っ飛ばされた大野は、地面を転がると、並んだ自転車へと突っ込んだ。
ガシャ!
予想だにしない反撃に、側でニヤニヤしていた川添は面食らった。
慌てて、近くに転がる陸のギターを持ち上げると、後ろから陸を殴りつけた。
バゴッ!
後頭部に、強い衝撃を受けた陸は、その場に崩れる。
「ううう……」と唸り、痙攣する陸。
ギターを捨てると、川添は吹っ飛ばされた大野の側へと、駆け寄った。
「だ、大丈夫すか? 大野さん?」
「いってぇ……」
大野は、頭を押さえながら、立ち上がった。
その目は血走っている。
「……おい、こいつ殺すぞ!」
大野は、怒りに震えながら、厳しい口調で言った。
その後、大野と川添は無抵抗の陸に、ひたすら殴る蹴るの暴行を加えた。
やがて大野はポケットから、ナイフを取り出した。
「背中に《バカ》って刻んでやる。おい川添、服を脱がせろ!」
——その時。
遠くから、野太い男の声が飛んできた。
「おい! おまえ達、何やってる!」
大野と川添が、声のした方へと顔を向ける。
「やべぇ!」と、同時に声を出した。
それは、複数人の警察官だった。
喧嘩に気付いた雑居ビルの人間が、警察に通報していたのだ。
二人は、慌てて逃げ出そうとした。
だが、足が動かない。
うつ伏せで倒れている陸が、二人の足首を掴んだのだ。
「こ、こいつ……!」
「離せよっ!」
大野と川添が、陸を踏みつける。
それでも、陸は離さなかった。
とうとう駆けつけた警察官達に、二人は取り押さえられた。
「ち、ちくしょう!」
地面に押し倒された大野は、無念の声を出した。
ここで一人の警察官が、陸へと駆け寄った
「き、君、大丈夫か?」
「う……うう……」
陸は返事も出来ないほど、グッタリしている。
警察官は慌てた。
「お、おいっ、救急車! 早くっ!」
つづく……




