④二人の距離
その後、二人は団地に隣接している、広い公園へと移動した。
しんと静まり返っているが、きっと昼間は、団地の子供達で賑わっている事だろう。
ベンチに座り、缶コーヒーを飲む陸に、美月は問い掛けた。
「ねぇ、陸君。今、ネットで陸君が話題になってるの……知ってる?」
陸は、首を横に振った。
「し、知らない。てて、手が震えるから、ス、スマホもパソコンも、あ、ああ、あんまり触らない」
「そっか。さっきの男の人に、いつもイタズラされてるの、気付いてた?」
「……き、気付かなかった。え、え、演奏に集中してるから。で、でで、でも、おかしいとは思ってた。ポ、ポケットに入れ歯とか、生魚とか、へ、変な物が入ってたから……」
「信じられない……酷いね、あの人」
美月は、心底呆れた顔をした。
ふと美月は、陸が拳を気にしている事に気付いた。
小松を殴って、痛めたのだ。
「手、痛いの?」
「ちょ、ちょっとだけ」
心配そうに見つめる美月。
「……でもビックリしちゃった。陸君が、あんなに怒るなんて」
「み、美月ちゃんが……」
「私が? 何? あの人に突き倒されたから?」
陸は、コクリと頷いた。
「そう……。ありがとう」
美月は、意味ありげに陸を見つめた。
その直後、美月は思い出したように、プッと吹き出した。
「でも、あれだけ懲らしめたら、きっともう来ないよね、あの人。なんか、ブヒッブヒッとか、言ってたよね」
美月の笑い顔につられて、陸もクスッと笑った。
「あっ、そう言えば……」
美月が、眉を吊り上げた。
「路上ライブ、頑張ってるねって言ったら……陸君、約束だからって言ったよね? あれって……」
「みみ、美月ちゃんと、しょ、小学校の時にした約束……。ギ、ギターで路上ライブするって……。み、み、美月ちゃんがファンになるって……。お、覚えてない?」
美月は、暫く黙った。
やがて苦笑いを浮かべ、首を捻った。
「そんな事あったかな。ごめんね、忘れちゃった……」
その言葉は、陸を落胆させた。
「そ、そっか……」と、露骨に悲しそうな顔をした。
しばらく、押し黙ったままの陸。
その様子を見て、美月は、ためらいながら声をかけた。
「……陸君?」
美月の声に、陸は作り笑いを浮かべて、何でもないと首を横に振った。
◇ ◇ ◇
再会した陸と美月。
その日から、美月は陸の路上ライブへと足を運ぶようになった。
そもそも陸が路上ライブをするのには、大きな理由があった。
約束を果たすのもそうだが、いつか美月に会えるのではないか、という希望だ。
その陸の想いは、叶った。
しかも、頻繁に路上ライブに来てくれる。
陸にとっては、とても幸せな時間だった。
ちなみに、小松はと言うと、全く姿を表さなくなった。
陸に吹っ飛ばされて、恐怖を抱いているからだろう。
——季節も春から夏へと進んだ、ある日の事。
陸と美月は、古木アキナのライブを観に行った。
小学生の時、美月が陸に勧めたアーティストだ。
会場は、約三千人が入るホール。
生の演奏は素晴らしく、それは圧巻の一言だった。
その後、夜十時。
陸は、美月の車椅子を押し、夜道を歩いていた。
駅から美月の家まで、無事に送り届けるためだ。
「本当、今日は楽しかった。感動しちゃったなぁ」
美月が、先ほどのライブを思い返して、嬉しそうに言った。
「う、うん、そ、そうだね」と陸。
しばらくして、美月が陸を見上げた。
「ねえ、陸君も路上ばかりじゃなく、たまにはライブハウスとかでやってみれば?」
美月の言葉に、陸は苦笑した。
「ぼぼ、僕、下手だから……。ラ、ライブハウスの人に、こ、断られるよ」
「でも、陸君の歌声って、高くて綺麗だよ。声量もあるし。一曲の中で、凄い良いなって思うところが、いくつかあるよ」
「あ、ありがとう。お、お、お世話でも嬉しいよ」
「お世辞じゃないよ!」
少し声を荒げた美月。
その時、美月は街路樹の向こうに、丸い光を見つけた。
それは、月だった。
「あっ、満月!」
美月の驚いた声に、陸は足を止めた。
すると美月は、スマートフォンを取り出した。
「なんか街路樹の向こうにあって、良い感じ。綺麗に撮れるかなぁ?」
美月のスマートフォンが、カシャッと音を出した。
「うーん、やっぱり遠いから、上手く撮れない。……そうだ、ねえ陸君、二人でツーショット撮ろうよ」
美月の提案に、陸は思わず照れた。
「くく、暗いけど、ちゃ、ちゃんと撮れるかな?」
「大丈夫だよ、自動でフラッシュになるから」
美月が、自撮り設定にして、スマートフォンをかざした。
液晶画面に、二人の顔が映し出される。
だが、二人には微妙な距離があった。
「陸君、遠いよ。もっと顔近づけて」
「う、うん」
二人の顔が近距離になった時、スマートフォンに向けていた視線が、お互いの顔へと移動した。
無言で見つめ合う、陸と美月。
やがて、どちらからともなく、二人は唇を重ねるのだった。
つづく……




