③再会
「み、み、美月ちゃん……」
陸と美月が会うのは、三年ぶりだった。
小学生の頃は、よく遊んだ二人。
だが、中学生になり思春期を迎えると、二人の間に微妙な距離が生まれていた。
そんなある日、二人の仲を完全に裂く出来事が、起きてしまった。
中学三年の夏だった。
下校中の美月が、、信号無視の車に跳ねられてしまったのだ。
その後、美月は車椅子生活になってしまった。
陸は度々、病院に訪れたが、美月は会おうとしなかった。
絶望に、打ちひしがれていたからだ。
それに、こんな姿を陸に見せたくない、という思いが美月にはあった。
美月は退院してからも、陸とは距離を取るようになった。
高校も別々になり、二人が会う機会は、完全になくなってしまった。
「久しぶりだね、陸君。路上ライブ、凄いね。ハンデがあるのに、頑張って演奏して……偉いよ、陸君」
陸は少し照れて、眉のあたりを掻いた。
「や、や、約束……だから……」
「約束?」
そこへ、ノソノソと小松がやって来た。
いつものように、三脚スタンドを立てると、カメラをセットする。
今夜も、イタズラ動画を撮影しようとしているのだ。
彼のバッグには、バナナの皮やブラジャー、オシッコを入れた水鉄砲などが入っている。
今回のイタズラで使おうと、用意した物だ。
美月は躊躇したが、やがて意を決して、小松に近づいた。
「あのイタズラ動画を、撮ってる方ですよね?」
小松は訝しげな目で、美月を見下ろした。
その視線は、美月の顔に向けられ、次に車椅子へと移動し、また美月の顔へと戻った。
「……だったら、何だよ」
「やめてもらえませんか? 本人は一生懸命、演奏してるんですよ。そんな事されたら迷惑です」
小松は、ギロリと美月を睨んだ。
その眼鏡の奥の眼光に、美月は怖気付いた。
「何が迷惑だよ。路上で勝手に演奏するのだって、迷惑だろうが。ちゃんと許可を取ってるのかよ?」
「それは……」
美月は口篭った。
「それによ、この子は俺の動画で知名度が上がったんだからな。むしろ俺に感謝して欲しいくらいなんだけどよ」
美月は勇気を出し、負けじと食い下がった。
「なんで感謝しなくちゃいけないんですか? あなたは、ただ陸君をネタにして、馬鹿にして、お金を稼いでるだけでしょ? ちゃんと陸君にも、出演料を払ってるんですか?」
出演料という言葉を聞いて、小松は激昂した。
鬼の形相で、美月に詰め寄る。
「なんで、俺が金を払わなきゃいけないんだよ! そもそも、こんな下手くそな演奏を公共の場でやる事自体、頭いかれてるだろ! もう行けよっ! 車椅子に乗ってるからって、容赦しねえぞ!」
美月は首を振って、小松を睨み返した。
「とにかく、もうやめて下さい!」
美月の頑なな態度に、カッときた小松。
とうとう美月に手を出した。
「行けって! 邪魔すんなっ!」
美月の肩を突き飛ばす。
「きゃっ!」
美月はバランスを崩して、車椅子ごと地面に倒れてしまった。
ガシャン!
「いったぁい……」
地面に倒れた美月が、顔を上げた瞬間、不思議な光景が目に飛び込んだ。
小松が、宙を舞っているのだ。
「えっ?」
それは陸が、小松をぶん殴ったからだ。
吹っ飛んだ小松は、自らが設置した三脚カメラへと、頭から突っ込んだ。
その衝撃で、カメラは壊れる。
さらに、倒れている小松に馬乗りになった陸は、拳を振り上げた。
「やめてっ! 陸君!」と美月。
その声で、我に返った陸が拳を止めた。
「ひっ……ひっ……ぶひっ……ぶひっ……」
小松は、情けない声を出して、狼狽した。
そして、おぼつかない足取りで、カメラとバッグを掴むと、一目散に逃げ出すのだった。
小松がいなくなると、陸は倒れた美月へと駆け寄った。
車椅子を起き上がらせ、美月を気遣う。
「だ、だ、大丈夫?」
「うん、平気」と、前髪の乱れを整える美月。
しかし、人が行き交う駅前の広場で、これだけの事が起きたのだ。
当然、通行人達の注目を浴びた。
その中の一人である中年女性は、交番へと駆け込んでいた。
中年女性の話を聞いて、交番から出てくる警察官。
陸達のいる場所から、その交番は見えた。
美月は焦った。
「陸君、大変! 警察官が来るよ!」
「えっ……!」
「早く逃げよっ! ギターを貸してっ! ギターのケースも!」
陸は焦りながら、素早くギターと、ソフトケースを美月に預けた。
マイクやアンプなどの機材は右手に、そして左手で美月の乗る車椅子を押した。
二人は協力して、その場から急いで立ち去るのだった。
直後に、警察官がやってくる。
すでに陸達が逃げた後だった。
警察官を呼んだ中年女性も近づく。
「おかしいわね。ここで男の人達が、喧嘩してたのに……」と、周りを見回した。
ふと警察官は、何かを見つけた。
「おや?」
そこには、小松が用意したバナナの皮や、ブラジャー、オシッコ入りの水鉄砲が落ちていた。
警察官は怪訝な顔をして、それらを見下ろした。
「何だ、これ……?」
◇ ◇ ◇
陸と美月は、駅から離れた団地までやって来た。
後方を確認する美月。
「大丈夫だよ、陸君。誰も追って来てないよ」
その言葉に、陸はやっと足を止めた。
重い機材を持ち、美月の車椅子を押し続けた陸。
それは相当な運動量だった。
陸は前屈みになり、ハァハァと、荒い息を繰り返した。
「陸君、大丈夫?」
「う、うん……」
息を整え、陸が顔を上げた。
美月は、背もたれに掛けてあるバッグを開けた。
「今さらだけど、これ差し入れ」
美月は、温かい缶コーヒーを、陸へと差し出した。
「陸君に会う前に買ったの。色々あって、渡しそびれちゃった」
「あ、ありがとう」
つづく……




