一
聞こえますか。
誰か・・・
──私を助けて。
「藤乃!」
「うあ!?」
先生の叫び声が教室に轟いた。
その怒号が自分に向けられたものだと気づいて、寝ぼけていた目がやっと覚醒する。
「居眠りとはいい度胸だな。俺の授業はつまらないか?」
「す、すみません」
「ったく・・・」
藤乃浩は至って普通の学生だ。
成績は良くも悪くもない。
運動も出来ないことはない。
容姿は可もなく不可もない。
周りからの印象だって、特に目立った印象は与えられないだろう。
色んな角度から向けられる視線が居た堪れなくなり、視線を下に落とす。
「・・・あれは、夢?」
どうしても、頭にこびりついた夢の内容が脳裏に残り続ける。そのせいで、放課後になるまでずっと、意識を手放す時間がふえてしまっていた。
学校が終われば、あとは家に帰るだけだ。
部活にも入ってないし、さっさと玄関へと歩き出す。
教室の扉を開けて、廊下に出ようと──
「あ」
「っと、悪い。大丈夫?」
爽やかな笑顔を向けられて、少しだけたじろぐ。互いにぶつかる事は無かった。
「あ、あぁ。大丈夫、俺の方こそごめん」
「よかった。じゃ、またな藤乃」
「うん、また明日、門馬」
門馬瑛人は笑みを崩さないまま、去っていく。
そんな後ろ姿を眺めながら、俺も下駄箱に向かって歩いていく。
世の中の不公平に、ため息を吐きながら。
「ただいま」
「あら、おかえり」
母の迎えの言葉を受け取って、自分の荷物を廊下に下ろす。
「父さんは?」
母さんが抱えている洗濯物に目が行き、こちらに渡す様に手を差し出す。
「宿の方でお客さんの相手してる」
「そっか」
これはちょっとした自慢なのだが、俺の家は旅館を経営している。
離れにある小さな老舗の旅館。<やすらぎ>
先祖代々から継がれた由緒ある宿・・・らしい
「忙しい?手伝う事ある?」
「いつもと同じ。今日はないわよ、ありがとう」
そう言って、母さんはそそくさと宿の方へと行ってしまった。いつもなら厨房に立たされる事が多かったが、今日は暇らしい。
「んじゃ、さっさと運びますか」
洗濯物が詰められた布袋を背負い直し、俺もまた足を動かした。




