ep6
映像モニターには連日、世界保健機関の話題で持ちきりだ。死傷者が出ているらしく、人々はどこか祭りのように騒いでいた。
あれから少し島の鬼について調べていた。殆どがおどろおどろしい伝承ばかりで、春が姿を隠し続ける理由も納得がいった。しかし永遠に独りでは寂しすぎる。
あの島の人々は臆病で宗教には敏感だと古い文献には書かれている。未だ恐怖に支配され続けているのであれば春はまた間違いなく神として祀りあげられる。永遠の命とはそれほどまでに尊く、人々にとっては夢なのだ。彼らにとっては。
シティとは違い妖精族だけが存在するのも大きな理由になるんだろう。
閉ざされた島、スノードームのように永遠に閉じ込めておきたいほどに美しい島。
邪な感情など持ち込むことは許されぬほど穢れ無き人々。
だからこそ春をそのまま置いておくことの恐怖をシユラは見つけてしまった。
ソファにもたれこみ頬杖をつく。
春が修羅となる日は簡単に訪れる。彼女が望まなくても。
あの日、神になどならなくていいとシユラが言った時、ほんの一瞬彼女の顔は緩んだ。安心したように。化け物であろうとも独りきりよりも、人々の輪に入ることを選んでもいい。誰かの温もりや優しさに触れてもいいはずだ。
シユラはテーブルの上の端末をとるとメッセージを打ち込んだ。ほどなくして返信が届く。その相手はカスガイだ。
テロリストたちの乗ったロケットは確かにレッドリストの島についた。しかし空港は使えず小高い山に墜落した。テロリストの一部は墜落の衝撃で死亡、生き残ったものたちは島の住人たちに皆殺しにされた。拉致されていた世界保健機関の職員も同様に。
事件は公にはならなかったが、これに震えたのが現地の職員たちで、自分たちも異物であるという認識がはっきりなされたことで撤退の意思を強くしていた。
現地と交流していた職員のうち幾人かは戻らず、雲行きが怪しくなっていた。
カスガイを含めた職員たちは帰りのロケットを待ってシティに戻っていた。
カスガイの説明によると世界保健機関の建物は破壊、炎上したという。
シユラはカスガイのいる病院へと向かっていた。シティの中央部にある巨大な病院。再生医療も備えているため人々の信頼は厚い。
病室のベットにはカスガイ、そして他の職員も横たわっていた。酷い有様で集団で暴行を受けた痕が見られた。
「シユラさん、ああ、来て下って」
カスガイが声を上げると他の職員も歓声を上げた。
「皆さん、ご無事で……」
「ええ……」
少し沈黙した後、みな口々に恐怖を語った。あれほどまでに温厚な人々が何故?と。島の住人たちは農具で武装し、ただ排除をしたのだ。異物を全て。
話を聞きながらシユラは春の状況を聞こうかと思い悩んでいた。もし妖精族以外のものが全て排除されたのであれば、彼女だけが異物なのだから。
口元に拳を当てて俯くと、カスガイが小さな声で呟いた。
「シユラさん。職員は死傷者が多かったんです。もう誰とも分からないものが多かった。酷い有様です。そして多くはシティの病院へ担ぎ込まれました。どうぞ、皆にも顔を見せてあげてもらえませんか?」
「……ええ」
シユラは頷くと言われたとおりに病室を周る。多くが酷く、それでもかろうじて話せる者たちはシユラの顔をみて安心したように笑った。
最後の重傷者とされる部屋の前で、案内してくれたナースが言った。
「この部屋の患者は話すことができません。あまり無理はしませんように」
軽く会釈してドアを開けると、部屋は個室でベットには包帯に巻かれた職員がいた。シユラは傍に近づいて包帯の白い手を取る。
「無事でよかった」
顔を覗きこむと、まっすぐな目がシユラを捉えていた。
薄い瞳だ。見覚えのある瞳だ。
シユラはそっと頭に巻かれている包帯を取る。するすると外れた包帯の下から現れたのは春だ。ベットの名札は違う人物の名前、カミシロとある。
「ハル?」
首元の包帯の下のガーゼが赤く染まっている。
春はシユラに微笑むと瞬きを数度繰り返した。
シティは春風が吹いている、人工的な風は生暖かく、少しスパイスが加えられた匂いが鼻につく。病院のベランダでシユラは手すりにもたれて人を待っていた。
数分して現れたのはこの病院の院長であるドクターゼロ。長身のエルフで人当たりのよい男だ。
「待たせたかな?」
銜え煙草でやってきたゼロにシユラは首を横に振る。
「いいえ。大丈夫です」
「そう。元気そうだね。シヴァから聞いてるけど、今回のあの事件の前に行ってたんだって?」
「……はい」
「ふうん、で、ナースから聞いたけど、ええとカミシロとかいう患者のことだね?」
シユラが頷くとゼロは煙草を指で持ち、ふーと長い煙を吐いた。
「あの患者は運び込まれた時、すでに首が切られてた。包帯で巻かれてて痛々しかったなあ……でも、検査してヴァンパイアだって分かってからは特には心配はないけどね。再生もうまく行ってるし……」
「良かった」
「はあん、そう。で、他に聞きたいこともあるんでしょ?」
ゼロは煙草を銜えると手すりにもたれた。
「ええ。運び込まれた職員の多くは死んだと聞きました」
「うん、死んだっていうか、死んでた……かな。遺体が本当に酷くて、つなぎ合わせるのが大変だった。もう名前も分からないし。世界保健機関の職員ってね、名誉だけなんだよ。名前やIDは登録されてない。使い捨てなんだって。これを知ってるのは僕たち医療者と関係者だけ。実際、職員になるのは天涯孤独の人も多いんだって」
「それは知りませんでした」
「フフ、うん。で、そういう人間を使い走りにして色々してんのがシティのお偉方ってわけでさ。今回のテロの詳細だってシティでは一切漏れてない。もうそろそろ情報統制が入って全部クリアになるよ」
「……」
「シユラ?」
シユラは両手を組むとぐっと握った。
「ドクターゼロ、力を貸してもらえますか?」
「何?無料ではやらないよ?」
「勿論」
「で……何をするわけ?」
「カミシロという名の患者は違う人物です。古の神になるはずだった人物です」
「ああ、なるほど。IDがないわけだ。僕にそれをどうにかしろって?」
「お願いします」
頭を下げるシユラにゼロは、ん~と唸ってから煙草をふかす。
「本当にさ、君ら親子ってなんなわけ?断れないじゃん」
「すいません」
「シユラのその顔に免じてなんとかしてあげる。任せときなよ」
僕の可愛い人とゼロはシユラの頬にキスをすると、手の平をヒラヒラっとさせて行ってしまった。
カスガイが退院して、シユラの元にやってきた。彼は事の顛末を語ってくれた。
シユラがシティに戻る頃、カスガイは春の元へ向かっていた、彼女はシユラの言葉を真摯に受け止めて姿を現していた。そしてカスガイが状況を説明すると一緒に島を出ることに同意した。
しかし、その頃島の中で少しずつ狂いが生じていた。島中を甘いガスが漂い始めていた。ガスはテロリストが落ちた山の方から漏れ出ていた。現地で調査した職員によると大量の芥子が見つかっており、乾燥したそれに着火した。
ロケットの燃料が燃え、麻薬成分を含んだガスが充満し、島の住人たちはゆっくりと変化していった。始めは快楽に溺れるだけだったが、誰かが異物を排除しろと号令をだした。
カスガイと春が逃げ出すには遅かった。二人は異物とみなされカスガイは足を折られて、春は首を切られた。彼女を見た誰かが修羅だ!と叫んだからだ。
カスガイは彼らが去るのを待って、折れた足で這って動き、春の首と体を抱えると自動運転の車に飛び込んだ。
それからは春を職員に紛れ込ませて、ひたすら耐えていたのだという。
「ちゃんと約束を守りましたよ」
カスガイはそう言うとにこりと笑った。
シユラは万が一、春を連れ帰れなかった時のことを考えてカスガイに彼女のことを託していた。まさか春を説得して連れてきてくれるとは思わなかったが。
「カスガイさん、ありがとうございます」
「いいえ。あのままでは彼女は酷い目に遭っていたでしょうしね。……けれど彼らが皆無事ならいいですが……」
カスガイは遠くを見た。
「島の人たちですね……ええ、僕もそう思います」
「フフ、殺されかけているのに……それでも私は彼らが優しく穏やかな人々であると知っているから……」
「……カスガイさん、これでレッドリストからは……」
「どうでしょうね、外されるかどうかはわかりません。今現在の様子もわからないので……また世界保健機関の職員が入ることになるでしょうが」
カスガイと別れてシユラは病院へと向かっていた。今日は春が退院する日だ。
誰か保護者となる人間が必要となるため、シユラが申し出た。
春の記憶は少しずつ戻っていた。シユラのことも思い出していた。
自動運転の車の中、シートに座って春はシユラを見る。穏やかな顔をして微笑むとシユラの手を握った。
「シユラが来てくれてよかった」
「うん」
「シティは綺麗だね……あの島とは違うけれど」
春はシユラの向こうにある景色を見つめている。島の美しい自然とは違う人工物がずらりと並んでいるそれは彼女の目には鮮やかなのだろうか。
「シユラがいなくなって、考えていた。触れてくれる人もいない、話してくれる人もいない……独りきりでまた神をやるのかって。オババを見ながら考えていた。オババはいつも嬉しそうだった。神のように扱われる自分を誇っていた」
「ハル……」
「シユラも見たでしょう?壁に描かれた絵を。だからもう一度私は現れてみようと思って隠すのを辞めた。そうしたらカスガイさんが来た。優しい人で、彼はシユラが好きだと言っていた。一緒にここを出ようと言ってくれた。もう一度シユラに会おうと。その言葉に嘘はなかったし、私は……会いたかった」
春はシユラにもたれかかると顔を見上げた。
「こんな私でも愛してくれる?シユラ、私を愛してくれる?」
シユラは春の顔に指を触れさせて頷いた。
「初めから決まっている。僕はあなたを愛する。分かっていたんだ。ずっと」
「ずっと?」
「ハルは気付かなかった?初めて会ったあの日、雨の日。運命だ……僕はあなたを見つけて、この腕の中に。僕らの中で引き合うんだ」
「こうして……引き寄せられる」
「そう」
シユラはそっと春の顎を引き上げるとその唇にキスを落とした。
「分かる?」
春はシユラの頬に触れると唇を寄せた。
「分かる」
数年後、WaX7a01N0xx4i//ma、はレッドリストから姿を消した。
再び名前を聞いた頃には、形を変えて貿易国となり、多くの妖精族たちがシティへと流れ込んでいた。観光客が入り乱れる神の眠る島は沢山の芥子に溢れていたという。芥子は膨大な戦略を抱えて膨れ上がり、妖精族を豊かにしていく。
神の眠る島は目を覚まし、そして……。




