ep3
朝、ベットに眠っていたはずの春はシーツに形だけを残して消えていた。触れた指先は冷たい。シユラは溜息をつくと片膝を立てて顎を置いた。
「ハル……」
小さく呟いてからゆっくりと瞬きをするとベットから降りてシャワールームへと向かった。ガラス張りのシャワールームで銀色のボタンを手の平で押す。適度に熱いお湯が出るとシユラは服を脱いでそれを浴びた。
顔からゆっくりと湯を浴びる、そういえばこんなシーンを昔映画で撮影した。アンドロイドがカメラマンのため俳優はヌード撮影が普通になっていたが、出来上がった映像は情緒のある美しいものだった。
両手で髪をかきあげて息を吐く。壁に手をつくと湯を浴びながらうな垂れた。
青白い体が熱を帯びていく。柔らかな血色の良い色が肌に広がっていくとボタンをもう一度押して湯を止めタオルを取るとシャワーを出た。
出かける準備をして鞄を持つとホテル前のリムジンに乗り込む。シートに座ると鞄の中の端末を取り出した。短いメッセージを打ち込んで手の中で返事を待つ。
窓の外を流れていく風景にどこか物足りなさを感じるのは何故だろうか。
端末がメッセージを受信する。シユラは手の中でそれを開いた。
ありえない。私の知る限りでは。シヴァ
感謝の言葉を打ち込んで端末を鞄に入れると、今日のスケージュールをこなすべくカメラを手に取った。美しい風景をレンズ越しに覗くたびに、この風景に他の惑星の人間が入ってもよいものだろうかと考えてしまう。自分ですら異質な存在だと感じるこの美しい場所は楽園に近い。
足元に揺れる草花も、木造の建物、石の人形や階段。太陽がほんの少し顔を出すだけでその色は変わり、雨が降れば物憂げに映る。
情緒と言うのだ、こうしたものが。欲や金に溺れる人間たちが土足で入ることができるだろうか?シユラは目の前にある花をカメラ越しに覗く。風に揺れて優しく微笑んでいるようにも見えた。
「レッドリスト……見つからなければ良かったのかも知れないな」
シユラはリムジンに戻るとシートにもたれこんだ。車が走り出すと指先を口元に当ててぼんやりと外を眺める。
ふと頭に春の姿が浮かぶ。この島の者ではない、異形だ。自分と同じ。たった一人、誰にも知られずに、誰とも関わらずに彷徨っている。シユラに触れた時の瞳をよく覚えている。優しく揺れて、その奥で寂しいと言っていた。
シユラは頬杖をついて目を閉じる。春を思って。
滞在の半分を使い、必要な写真を撮る作業はほぼ終わりに近づいていた。データを送信してベットに寝転がる。端末にメッセージが届くと世界保健機関のカスガイからの食事の誘いだ。生憎シユラは食事の必要がない。しかし断る理由もそれでは味気ないと承諾した。
指定されたレストランへ。海が見えるその場所は美しく少し塩辛い風が吹いている。シユラは服を調えると店のドアを開いた。シティではありえない手動のドアだ。
カランと音がして、見上げると小さなベルがついている。シユラが微笑むと店の奥から小柄な白い民族衣装の男がやってきて頭を下げた。
「いらっしゃいませ。ようこそ」
「どうも」
「外からのお客様は保険機関の方以外には初めてです。さあ、どうぞこちらへ。今日は一所懸命におもてなしいたします。ゆっくり寛いでいただけると幸いです」
丁寧な言葉にシユラは頷き、カスガイのいる個室へと案内された。
個室は質素でテーブルと椅子が並んでいる。およそ十人ほどが食事を取れるようだ。
「ああ、おまちしておりました」
カスガイは少し顔を赤くして会釈すると自分の前の席を促した。シユラはそこに座り優しく笑う。
「今日はお誘いいただいてありがとうございます。』
「いいえ、そんな。シユラさんが来てくださって嬉しいですよ。いつもは一人で食事なんです……とても美味しいのですが味気なくて。あ、勿論シユラさんが食事をされないことは承知しています。なので幾つか軽いものと飲み物をご用意します」
「そうですか。すいません」
「いいえ、いいえ。きっと気に入ると思いますよ。店主のマカジマさんはとても良い腕をしていますから」
程なくして食事が運ばれてくる。彩りの綺麗な皿にスープ、ワインの注がれたグラスは特殊な輝きをしていた。硝子が美しくカットされている。シユラが手にとってそれを眺めているとカスガイは笑う。
「切子細工というそうです。シティでは見ることはありませんね」
「ええ……初めて見ます。美しいですね」
「良かった。購入することはできませんが、あなたに見ておいて欲しかったんです。もっと沢山美しいものが多くあるんですよ、この島は」
シユラはグラスを置くと頷いた。
「そうですね……僕は何故この島がレッドリストに入っているのか理解できる気がします」
カスガイはグラスに手を伸ばすとワインを飲み干した。
「ええ……私もそう思います。ここで過ごしている人間は本当にこれで良いのだろうかとジレンマを抱えているんです。それほどまでに美しいのですよ。全てが。我々は異物なんです。彼らは初めてここへやって来た私たちをそれは丁寧に迎え入れてくれました。聞いたことは何でも教えてくれます。優しくて大変ピュアです」
「カスガイさんは住人と接触を?」
「ええ。調査もありますからね。小さな子供などは本当に優しいのですよ。シユラさんも気付かれたと思いますが、この星は人工天気とは違います。陽が、雲が、全てあるのですよ」
「そうですね」
「私はこの島で夕焼けというものを見たのです。子供たちの聞き取りをしていて、ゆっくりと影が伸びていく、空がなんとも不思議に色を変えて信じられませんでした。そして遠くから子供たちの親が子らを呼び、別れの挨拶をして駆けていく。私は胸が詰まりました。見たことがない、その美しい光景が胸の中に溢れて涙が溢れました」
カスガイは頬杖をつき少し遠くを見る、その目には思い出が映っているのだろう。
「シティでは感じたことのない、感じることのない奇跡のような時間です」
シユラの微笑みに気付いてカスガイは姿勢を正すと顔を赤くした。
「すいません、恥ずかしい」
「いいえ。素敵なお話でした」
「ところでシユラさん、今日は何か聞きたいことでもありましたか?」
「え?」
「いえ、シティでの噂は聞いていたんです。俳優のシユラはプライベートの誘いに乗ることはないと。だからもしかして何か聞きたいことでもあったのかな?と。あ、いえ……もし失礼なことを言っていたなら謝ります。申し訳ありません」
カスガイが頭を下げるとシユラは首を横に振った。
「確かにそうです。僕はプライベートを見せることがありませんから。食事はしないことで相手を不快にさせてしまう事がある」
「ああ、すいません」
「いいえ。けれど、一つ。お聞きしたい」
「はい」
「この島の住人のリストは存在しますよね?全て把握されていますか?」
シユラの問いにカスガイは眉根を寄せて小さく頷く。
「まあ……細かくなると確認はしたほうがいいですが……あのシユラさん、接触を?」
「いえ、多分彼女はこの島の者じゃない」
ホテルに戻りベットに横たわる。両手を伸ばすと目を閉じた。
食事の席でカスガイは言っていた。オババという名前のものは確かに存在したが、彼女に家族等はいない。また養子などの記録もない。カスガイが知る限り春という人間は存在しない。
「さて、どうするべきか」
体を起こして端末を取るとメッセージを送った。あれから何度かやり取りを父シヴァと繰り返しているため返答は早い。
レッドリストに入る島に他の星の者が入る可能性は低い。しかし我々が知らないだけでロケットの不時着や、なんらかの事象は考えられる。シヴァ
不時着したロケットか。シティからの便は多くあるが事故はあまり聞くことがない。となると記録に残らない、残されていないことなのかも知れない。
春はこの島の人と比べるとあまりに違う。同じ遺伝子であるといわれても首をひねるしかない。彼女自身が覚えていないと語ったことが真実だとすれば。
シユラはうんと唸って体を起こすとシャワーへ向かった。熱い湯を頭から浴びながら春を思う。
そういえば父から詩が送られていた、大昔のもので作者は不明らしい。
春を待たずに修羅はゆく 鋼鉄の斧を引きずり血の雨を降らせて
言葉を忘れ肉の上をゆく 美しい瞳に赤い涙を浮かべて
愛を忘れたわけではない ただ あれは修羅なのだ
春はシユラの名前を聞いた時、確かに修羅、違う発音でそう呼んだ。
詩は長く、途中シユラに似た音がある。不思議な出会いがあるのだとシユラは思う。悲しい詩に自分と彼女の名がある。そしてそれがこの島で生み出されたものだと。
運命は悪戯に人を操るという。そうであればシユラもまたそうであるべきか。
しかし、どのような経緯で書かれたものなのか……シユラは端末を操作する。
少ししてまたメッセージが届いた。
手元の文献にはないから調べておく。 シヴァ
よろしくとメッセージを送って、シユラは眠りにつこうと窓の外を見た。美しい色合いが空中に広がってまるで夢のようだ。そう思い瞼を閉じた。




