復讐の谷間
ライラは地竜に跨ったまま、谷間でブラドの地竜と向き合う。谷は狭く、崖や倒木が入り組み、戦闘には格好の障害物となる。
鞭を握り、緊張の糸を張り詰める。
「俺を知っているだとぉ?」
ブラドは下品に笑い、鎖鎌を振り上げる。鎌が空気を切り裂く音が谷に響いた。
「私にも、お前を斃す理由がある…」
ライラは落ち着いた声で答える。しかし胸の奥では、復讐の炎が燃え盛っていた。
「そうかよっ!」
鎖鎌が唸りを上げ、ライラの鞭に襲いかかる。鞭と鎖鎌の中距離戦。鎖鎌が優勢で、鞭が伸び切った瞬間――金属音と共に鞭が半分に切断された。
だがライラは迷わない。
谷の縁に立った地竜から飛び降り、残った鞭を操り、ブラドの地竜の脚に絡め取る。地竜は悲鳴を上げ、崖の斜面に沿って倒れ込む。砂塵が舞い、倒木が転がり、谷の地形が戦場に加わる。
ブラドは地面に叩きつけられ、衝撃で顔を歪める。
「てめぇ……!」
鬼の形相で立ち上がろうとするが、ライラは斧を振り下ろす。鎖帷子と腹に浅く切り込みを入れ、血が滲むも彼女の瞳には冷静さが戻っていた。
怒りの頂点に達したブラドは鎖鎌を捨て、背中の大剣を掴む。
「許さねぇ…!俺に傷をつけやがったなあ!」
振るう力は圧倒的で、谷の壁に反響する風圧がライラの額をかすめ、血が飛び散る。
「駄目だ、ヴァルド。手出し無用だ。ライラを信じろ。奴は両親とバルガス商団を蹂躙した山賊だ」
ナナイが腕を掴む。獣化を解いたヴァルドの唇は強く噛み締められていた。
ライラは深呼吸し、胸に燃え盛る怒りと復讐心を込めた。体に走る未知の力――戦士としての集中の極致。瞬間、筋肉が弾けるように膨らみ、斧の振り速度と破壊力が人の限界を超えた。
谷の崖を蹴り上げ、空中で身体を回転させながら斧を振るう。黒髪が風に揺れ、瞳に宿る光が鋭く輝いた。斧が空気を切り裂く音と共に火花が舞い、砂塵が谷間に渦を巻く。
ブラドの大剣が斬撃を受け止めるも弾かれ、回転の勢いを乗せた大斧が袈裟懸けに襲いかかる。刃が鎖帷子を裂き、谷の壁や倒木に鮮血が飛び散り、崖の岩肌を赤く染めた。
「どぉおおりゃあ!」
ライラの叫びと共に、復讐の力が全身から迸る。十五年前、蹂躙されたバルガス商団の記憶が、今、斧と共に具現化した。
ブラドは一瞬、身体をよろめかせ、血飛沫に目を見開く。怒りと驚愕が交錯する表情で、慌てて大剣を振り上げ反撃しようとするが、ライラの動きは既に次の瞬間を捉えていた。
地形を巧みに利用し、谷の斜面を駆け上がり、斧を地面に叩きつける。衝撃が大地を震わせ、岩肌や倒木に跳ね返る。その隙を見逃さず、ライラは斧を振り下ろす角度を微妙に変え、ブラドの胸元を正確に捉えた。
「十五年前の恨み、ここで……終わりだ!」
叫びと共に、刃が胸を貫き、鎖帷子と大剣を裂く。ブラドの体が崖に叩きつけられ、血煙が谷間に広がる。怒りと恐怖に歪んだ表情が、一瞬、静止したかのように見えた。
そして、ライラは斧を胸元に深く突き立てたまま立ち上がる。冷静な瞳には勝利の確信が宿り、流れ落ちる血に一筋の涙が混じった。
「父さん、母さん……バルガス父さん……やったよ」
谷間に戦いの余韻が静かに広がる。ナナイの傍らで銀狼ヴァルドが息を整え、二人は互いに視線を交わす。過去の悲しみも、失ったものも、今は二人を結ぶ力となった――群れとしての勝利だった。




