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過去の影

道中、ナナイとライラが通りかかった場所は、薄暗い森の切れ目に広がる、静かな空間だった。風の通る音も、地竜ちりゅうの足音も、ここではどこか遠くに感じられる。

 誰も気づかない様な小さな横道を少し入ると、青い小さな花弁の野花が絨毯じゅうたんのように拡がる中、二十基を超える石碑せきひが規則正しく並んでいた。こけむした石には、かつての商人の名や日付が刻まれている。


 ライラは迷わず、その中の二つの石碑の前で膝をついた。

 膝が湿った草花に触れ、指先に冷たい露が伝わる。長い黒髪を背に流し、赤褐色せっかっしょくの美しい肌を沈めるようにして目を閉じ、手を合わせる。

 ――そこに眠るのは、ライラの実の両親だ。


-----


 夜のとばりが森を包み、焚き火の炎だけが小さな円を明るく照らしていた。

 ナナイとライラは地竜ちりゅうを小道の脇に休ませ、火を囲んで腰を下ろす。焚き火の赤い光が、二人の影をゆらゆらと揺らす。


 ナナイはそっと尋ねた。

「さっきの石碑……君の両親の墓なんだね?」


 ライラは火の揺らめきに照らされ、涼やかな目元が柔らかく光った。長い黒髪が炎の光を受けて艶やかに揺れ、赤褐色せっかっしょくの肌が温かみを帯びる。剛力族らしいたくましい肩や腕も、炎の前ではどこか女性らしい曲線を描き、ナナイは思わず目をらした。


 ライラは小さく息を吐き、静かに語り始める。

「私がまだ小さかった頃、両親と一緒に旅をしていたんだ。森を抜けて国を巡る商団の一員としてね。でも、森で山賊に襲われた。母さんは俺を守ろうとして…背中を切られて死んだ…父さんも、他の人も……」


 ナナイは黙ってうなずく。言葉を求めず、ただ耳を傾ける。


 ライラは焚き火の光を見つめ、少しだけ微笑んだ。

「でも、俺を助けてくれた人がいた。バルガスさん。あの時、腕の中に抱えて俺を逃がしてくれたんだ」


 ナナイが目を見張る。

「バルガスさんって……君の育ての親?」


 ライラはうなずき、炎を見つめながら言葉を続ける。

「そう。バルガス父さんは元々、大商人だった。自分の商団を指揮して、金儲けばかり考えていた人さ。でも、あの山賊の襲撃で仲間も荷も失って、俺と出会ったんだ。あの時初めて、自分の無力さと愚かさを知ったらしい」


 焚き火の光がライラの顔に映え、赤褐色せっかっしょくの肌と長い黒髪が美しく揺れる。悲しみを抱えた瞳の奥には、りんとした強さが宿っていた。


「バルガス父さんは、私を守るために命をかけた。財も地位も失ったけど、私だけは絶対守ると誓ったんだって。アマミ村に流れ着いてからは、村長のはからいで、空き家をもらって二人で暮らし始めた。つつましく生きながらも、俺に戦士としての道を与えてくれた」


 ナナイはそっと息を飲む。目の前のライラが抱える過去の重さと、それを乗り越えた強さが伝わってくる。


「……それで、どうしてバルガスさんは人のために尽くせる商人になれたんだ?」


 ライラは炎を見つめ、少し笑った。

「山賊の襲撃で、全部を失った。金も仲間も、もう何も残らなかった。でも、私を守ってくれたことで、自分の生きる意味を見つけたんだと思う。今度は、誰かの役に立つために生きる。それが、バルガス父さんの新しい商人としての規律になったんだ」


 火の粉が舞い上がり、二人の間を淡く漂う。ナナイは、その光景を見つめながら、ライラが抱える過去の悲しみを力に変え、強く生きる姿を心に刻んだ。


「……私も、守るべきものを失いたくない」

 ライラの言葉には、過去の悲しみを力に変える決意が宿っていた。


 焚き火の炎が、夜の闇に揺らめく。ライラの話を聞き終えたナナイは、しばらく黙っていた。心の中で、彼女の強さと優しさを噛みしめる。


「だから、私はあの人に恥ずかしくない戦士でありたい。守るべき人を守る力を持ちたい。あの夜、失ったものは二度と取り戻せないけれど…私は、誰かを守る力になるんだ」


 ナナイは拳を握りしめ、強くうなずいた。

「俺もだ。手に入れるべき力がある。ノ村で、まずは剣を手に入れる。そのために、何としても辿り着く」


 ライラはふっと微笑み、ナナイの肩を軽く叩いた。

「なら、私たち、二人で進むしかないな。」


 夜風が森を吹き抜け、焚き火の炎を揺らした。影が二人の顔に映り、互いの決意を照らす。過去の悲しみも、失ったものも、今は二人を結ぶかてとなっていた。


-----


 翌日、地竜に跨った二人は再び旅路へと歩を進める。谷を抜け、山を越え、東方のノ村へ。まだ見ぬ剣を求め、二人の絆と覚悟を胸に、道は続く――。

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