旅立ちと決意
大地を蹴る地竜の足音が、森の静寂に低く響く。
ナナイは背に伝わる振動を感じながら、風を切る感覚に心を研ぎ澄ませた。
足元の岩肌を蹴る地竜の力強さは、まるで自分自身の意思がその巨体に宿ったかのようだ。
アマミ村を出てから、もう数日。
緑濃い森も、吹き抜ける風も、見慣れた景色も、今はすべて旅路の一部として流れていく。
――俺は、何のために旅をしているのか。
問いは胸の奥に届く。
巨大異形種に挑んだあの戦い――仲間を、村を守り切れなかった悔しさ。
だから、手にするべき力を探すのだ。
新たな剣、新たな技、そして未だ見ぬ自分自身の力を。
並走するのはライラ。
彼女もまた地竜に跨り、確かな目で進路を見据えている。
肩に掛けた戦斧が、風に揺れながらも揺るがぬ決意を物語っていた。
――俺は、一人じゃない。
大地と風を感じながら、ナナイは拳を握りしめた。
この旅の先に、自分を試す大きな戦いが待っている。
そして、その力を手にした時――もう誰も失わせはしない、と。
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アマミ村を出発して数日。ナナイは地竜の背中の鞍に身を預け、旅路の先にある山岳地帯を見据えていた。東方の辺境――かつて倭国と呼ばれた地に、小さな村がある。奴ノ村。そこには、鍛冶の名匠として知られる老職人・練牙がいる。
「奴ノ村まで、休まずでも五日か……ライラ、道は間違ってないか?」
ライラの声には、揺るがぬ確信があった。
「大丈夫。道は分かる。山を越え、谷を抜け、谷底の小道を辿る。水場もあるし、地竜が疲れたら休める場所もある」
ナナイはまだ、手にする剣の名すら知らない。長剣より短く、短剣より長い。長剣より細く、軽く、それでいて斬撃に特化し、鋭い切れ味と強度を兼ね備えた剣――そんな漠然とした理想を胸に抱いていた。
バルガスはこう言っていた。
「剛力族の老職人。奴ノ村に住むあの偏屈爺がまだ生きているなら、打てるかもしれん。だが、一見の小僧の話なんざ絶対に聞かねぇ。俺の紹介状があってようやく口を開くだろうな」、と。
「…みんなを守るための剣、手に入るだろうか…」
ナナイは小さく呟いた。不安が胸をよぎる。しかし、ライラが駆る地竜の安定した歩調が、少しだけ心を落ち着かせる。
昼の光が谷を照らし、夜は氷のような冷気が山を包む。地竜の蹄が岩肌を蹴るたび、山岳の空気が振動する。
山の稜線を越え、谷を抜け、流れる川を横目に見ながら、ナナイは心の奥で決意を固める。奴ノ村で待つ老職人との対面。それが、この旅の全ての始まりなのだ――。
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日差しが西に傾き、谷間に影が伸びる頃、地竜たちは足取りを緩めることなく前進を続けた。
谷底に沿って流れる細い川のせせらぎが、耳をかすかに打つ。氷のような水面に、山肌の紅葉が揺れる。
「もうすぐ水場だ。ここで少し休ませるか」
ライラが前方の岩陰を指さす。小さな泉が顔を覗かせ、地竜の大きな体を支えるには十分な水場だ。
ナナイは鞍の上で、手にする剣の理想を思い描く。長剣より短く、軽く、鋭く――そのイメージが少しずつ心に形を成していく。
―― 奴ノ村の練牙なら、きっと俺に合う剣を打ってくれるはずだ。
地竜の蹄が石を蹴るたび、ナナイの胸の鼓動も大地に共鳴する。疲れが少しずつ身体を重くするが、それ以上に、心の中で芽生えた決意が重みを打ち消す。
「ナナイ、今日はここで一泊する。明日には山を越えるぞ」
ライラの声に、ナナイは軽く頷いた。休息の時間も、旅路の一部だ。
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夜になり、焚き火を囲む二人の影が、谷間の闇に揺れる。
ナナイは静かに呟いた。
「…この剣を手にしたら、もう誰も失わない。必ず、守るんだ――。」
地竜の低いうなり声が、まるでナナイの決意に応えるかのように響いた。
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翌朝、山肌に霧が立ち込める頃、二人は再び地竜に跨り、谷を抜け、岩場を縫うように進む。
遠くに見える山脈の稜線が、奴ノ村への道標となる。
その先には、偏屈ながらも名匠として名を馳せる老職人・練牙が待つ。
ナナイの心に、期待と緊張が入り混じる。
――そして、俺の旅は、ここから本格的に動き出すのだ。