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シビルの子  作者: 健人


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8.「ギルド長が、呼んでるんです!」

 身なりからして、『外』から来た連中だろう。若いボンボン――とまでは言えないが、小金持ちが色街の評判を聞いて遊びに来た、という感じかな。


「何だよ、テメエは」

「――別に、通りがかりの者だがね。何があったのか気になってな」

「ウルセェ! すっこんでろ!」

「こいつが財布をスリやがったんだよ。だからとっ捕まえただけさ」


 もう一人は、多少話ができそうだった。


「で、ついでに二度と悪さできねぇように懲らしめてやろうってワケだ。種無し野郎はすっこんでな」


 二人の肩越しに、地面に座り込んだ影を覗き込む。フードを目深に被り、全身はほぼマントで包まれている。が、そこから伸びた白い脚の細さ。女――子供?


「おい、種無しは耳も聞こえねぇのか? すっこんでろって――」


 肩を掴もうと伸ばされた腕を掴んで捻り上げると、派手な悲鳴が上がった。


「テメェ、何すんだこの――」


 もう一人が殴りかかってくるが、何故無駄口を叩く前に行動しないのか理解に苦しむ。腕を捻った男を盾にして、怯んだところに押し出してやると頭同士が仲良くぶつかってその場に倒れ込んだ。


「お前ら、『中』は初めてか?」

 頭が軽そうな音、というものは本当にあるんだな、と感心しながらうめき声を上げる2人に声をかける。「スられたものは、取り返したんだろう。ならもう行っちまえ。言っておくがこの街じゃあ、スられた方が悪いんだぜ」


「何を――」

「お、おい! もう行こうぜ!」


 イキりかけた片方をもう片方が何とか抑えて、2人はよろめきながら去っていく。その姿が角を曲がって消えるのを確認して、俺は改めて被害者――この場合は加害者でもあるが――の方を振り返った。正直、こっちの方が余程厄介だ。子供ならば、施設から脱走したという事だ。どんな罰が課されるのか……命まではとられないにしても、相応なものが待っているのは間違いない。――そんな場所に、送り返さなければならない。


「……大丈夫か」


 俺が一歩踏み出すと、彼女はぶるっと全身を震わせて後ずさる。まぁ、当然だな。だが、諦めて貰う他は無い。ここは――そういう街なのだから。まるでマタハットのようなフードのせいで表情は見えない。と、マントの下で何かを探るような動きがして、隙間から何かが突き出された。一瞬緊張したが、見ていて気の毒になる位に震えていたそれは、彼女の意識が途切れると同時に震えを止めて、地面に澄んだ金属音をたてて転がった。次いで、起きていた上半身が糸が切れたようにゆっくりと横に倒れる――が、地面に当たる前に何とか抱える事ができた。


 頭を打たないで良かった。俺はほっと息を付く。それにしても、何を取り出そうとしたのか。武器にしても、刃物のようには見えなかったが……。

 地面に転がるものを確認して、俺は目を見張った。まさか、そんな――。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝――といっても、おそらく俺が目を覚ましたのは昼近くになってからだった。どうやら外は晴れているらしく、風に揺れる木窓の隙間から日差しが差し込んでいる。安宿のベッドは虫だらけで寝られたものではないので、かつての迷宮散策時と同じ、着の身着のままマントにくるまって寝るのが日常だった。俺は立ち上がると、いつもの習慣で窓から外を確認する。正面に見えるギルド――の脇の小屋。そこにたなびく黒い旗を確認して、俺は欠伸を噛み殺した。


 嫌な予感がした。


 昨夜、色街の裏路地で助けた少女。持っていたのは、剣の柄。……それは、魔素剣にしか見えなかった。それを確かめたかった俺は気を失った少女を一旦俺が止まっている安宿に保護――等はしなかった。昨夜俺がとった行動は、実に模範的なものだったと言えよう。すなわち、ギルドに全て委ねたのだ。

 少女を抱えてギルドの小屋に戻り半ば戸をこじ開けて、ほぼ寝落ちしていたドナホゥを押しのけてカウンターの上に少女を置き、目を白黒させる彼女に簡単に事情を伝えて押し付けたのである。


 タダでさえ厄介者の俺が、今以上に厄介を抱え込む等論外だ。あの少女の未来に待っている事を思うと同情するが、俺に出来る事の中で最善の判断だった、と思う。

 そのギルドから昨日の今日で呼び出しだ。連続で仕事が入る事も無くはない。が、滅多にある事でも無い。……あの少女絡みの事だろうか? しかし今の俺には呼び出されれば行く、という以外の選択肢は無い。だが急ぎであれば使いを寄越すだろう。それが無いという事はいつも通り、さほど急ぎでは無く、腹ごしらえをする時間位はあるだろう。何しろ結局昨夜は飯を食いそこねてしまったのだから。


 結局、屋台で買ったミートパイを頬張りながら小屋の戸を開けたのは小一時間も経ってからだった。ドナホゥがカウンターの中で飛び上がるように立ち上がる。


「遅いですよぅ、ネジドさん! 大変なんですぅ!」

「どうした、猫の集団自殺でもあったのか」

「アホな事言ってる場合じゃあ無いですよぅ。ギルド長が、呼んでるんです!」


 俺は咀嚼する口の動きを止めた。――ギルド長が、俺を? 


「……用件は?」

「そんなの知りませんよ。とにかく急いで呼んでこい、の一点張りでぇ」


 嫌な予感が強くなる。この五年の間、名指しで呼びつけられた事など一度も無いのだ。


「とにかく! 来てくださぁい! 案内しますので」


 俺はミートパイの最後の一欠片を口に入れつつ、カウンターの奥の扉を開けたドナホゥに続く。ここから中に入るというのも、初めての事だ。


「……そう言えば、昨日の()()()はどうなった?」

「診療所に運びましたよぉ。ケガはしてなかったみたいですけど。――あれで、帰る時間遅くなっちゃったんですからぁ、責任とってくださいよねぇ」


 ギルドには冒険者向けの診療所がある。施設との連携もスムーズだろうから、やはりここに運んだのは正解だった、と思いたい。

 知らない廊下を進んで階段を上がると、見覚えのある場所に出た。ドナホゥが廊下の突き当たりにある、重厚な扉をノックする。


「失礼しまぁす。ネジドさんをお連れしましたぁ」


 中から、入れ、という鋭い声がしてドナホゥはノブを回した。さほど広くは無いが、整えられた如何にも執務室といった部屋。正面には大きな窓があり、その前に据えられたデスクと、椅子に座る人物をシルエットに浮き立たせて、威圧感を強くしている。


「遅かったな」

 その人物は書類に走らせるペンを止める事はしない。「私は朝に『急げ』と言ったぞ。……本当に、呼びに行ったのか?」


「行きましたぁ。でも、ネジドさんがいなかったんですぅ。丁度、入れ違いになっちゃったみたいでぇ。申し訳ありませぇん」


 俺は横目で、しゃあしゃあとそう言い放ったドナホゥを見た。これでも冒険者の端くれだ。もし寝ていたとしてもノックは勿論、ドアの前に誰かが立てば気が付かない筈がない。


――この野郎、サボりやがったな。責任とれ、とはそういう事か。


「……まぁ、そういう訳だ。勘弁してくれ。まさか、こんな立て続けにお呼びがかかるとは思わなかったんでな」


 俺は肩をすくめる。ギルド長が手を止めて、こちらを見た。髪に隠れているだろう左の金色の瞳が、怒りで爛々と光っているように感じる。


「――ま、いいだろう。下がっていいぞ」

「失礼しまぁす」


 ドナホゥが踵を返す瞬間、俺にしか見えないようにVサインを出したのを見逃さなかった。


「……やれやれ」

 俺の気持ちを代弁するかの如く、ギルド長がため息をつく。「仕方の無い奴だ。……どうすればいいと思う?」


「……どうしようもないんじゃねぇの?」


 相手の気持ちは痛いほど分かるが、そう言うしかない。罰を与えるといっても、俺の専任窓口を務めるという時点で既に罰を与えられているに等しい。減給などしたらむしろした方の評判が悪くなってしまうだろう。そういう意味では、あれ程の胆力を持つドナホゥを俺にあてたのはむしろ適材適所の極みと言うべき、ギルドの英断だったのかもしれない。


 ペン立てにペンを放る音で、俺は我に返った。


「まぁいい、本題に入ろうか」


 ギルド長は書類を揃えて脇に置くと、テーブル上の幾つかのスイッチを押した。軽い耳鳴りがして、室内に魔素が散ったのが分かる。『沈黙』の魔道具? そこまでしなければならない話なのか?


「そんなに緊張するな。話を聞かせて欲しいだけさ」

「……そうなのか」


 全く信用できないが。


「そうだとも。その証拠に、紅茶の一杯でもご馳走するさ。――どうぞ、そちらへ」


 ギルド長はソファの方へ手をやり、ゆっくりと立ち上がる。俺は5年振りに正面から対峙する、大女の顔を見上げた。

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