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シビルの子  作者: 健人
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6.過去編 その6「行け! ネジド!」

 一体何が起こったのか。ファティの姿が消えている。俺が眼を離したのはほんの僅かな時間だけだ。その間、『探知』は張り続けていた。アキルも同様だろう。――水中からの攻撃? バカな、あり得ない。余程深い場所から一気に浮上されれば分からないが、ファティがいたのは精々腰までの深さ。何より、一切音を立てずに襲うなど不可能だ。『沈黙』の魔法? あれは精々対象の周囲にしか効かない。


 ……いや、違うな。


 俺は頭を振る。自分の常識の中だけで考えるな。もし、俺達全員に効果が及ぶような『沈黙』をかけられたとしたら? 想定外の凄まじい魔力をもって――。

 ファティの名を呼ぶ、アキルの声が聞こえる。その違和感に気付いて、俺は叫んだ。


「――水から出ろ!」


 アキルは条件反射の如き速さで『飛翔』を唱えて飛び上がる。次の瞬間、景色の色が反転した。瑞々しい青と緑から、青みがかった灰色の世界へ。次いで、景色そのものが崩壊を始めた。砂の城が崩れるように、細かい黒の粒子となって落ちていく。落ちた粒子は、全てが意思を持っているかのような動きで集まり、渦を巻いた。


 残ったのは、無機質な石壁に囲まれた暗く、湿った部屋。


「……嘘だろ?」


 無意識に背中合わせに構えていた背中から、アキルが息を呑むのが伝わる。全身に鳥肌が立つ。

 全て、幻。見て、聞いて、嗅いで、触れた物全てが。それらを構成していたのであろう粒子は俺達から少し離れた、かつて湖だった場所で濃度を増しつつ渦を巻き続けている。……まさか、いるのか。その中心に、この現象を引き起こしている張本人――魔女が。


「ファティ!」


 アキルの叫びに、我に帰る。そうだ、今はファティだ。だが――。

「落ち着け」

 自分自身にも言い聞かせる為、俺は声を出す。「あそこに飛び込むのは、まずい気がする」


 アキルは唇を噛むが、迂闊に動きはしない。奴も本能で危険を感じているのだろう。ならば魔法で攻撃するか? いや、ファティもあの中にいるのなら、巻き添えになってしまう可能性がある。――どうする? どうすればいい?

 そこまで考えて、俺は内心苦笑いを浮かべた。どうする、だと? 決まっている。やる事はいつだって変わらない。


 俺はマントの下で構えていた2振の剣を、改めて握り直す。


「吶喊する。援護してくれ」

「おい! 飛び込むのはまずいって――」

「どのみち、()()が何なのか確かめなけりゃ、手が打てん。時間も無い。確かめるのは、俺の役目だ。――いくぞ」


 言うなり、俺は『身体強化』の魔法を唱えつつ飛び出した。


「ああもう!」


 アキルは舌打ちしつつも『爆裂』の魔法を発して周囲に火炎と煙の幕を張る。それに紛れてジグザグな軌道を描きながら俺は接近する。黒の粒子が目の前に迫り、思わず息を止める。物理か魔法か、どっちだ。接触の直前に下から斜めに長剣を振り上げる。抵抗感は無かったが、剣の軌道に沿って粒子が散って隙間が空き、俺はそこに飛び込んだ。


 そこは、闇だった。星空のようにチラチラ光って見えるのは、粒子の隙間か。何となく体の動きに抵抗感を感じる。しかし――何と言う魔素の濃さだ。マスクを取り出す余裕は無い。俺はマントで口を覆いながら、中心へ近づこうと足を進めた――が、すぐにその動きは止まった。止められた。体にまとわりついた無数の黒い粒子。それらが急激に重さを増して、俺の体を地面に押し付けていた。

 その時、正面の闇の中に何か光る物があった。隙間から漏れる光ではない。それ以上に俺には眩しいもの――ファティの顔!


「……舐めるなよ!」


 俺は力を振り絞り上体を起こすと、全身を捻りつつ地面に転がる。少しでも粒子を刮げ落とせるかと思ったが、感じる重さは変わらない。だが、少しでも近づければそれでいい。『身体強化』を、脚に集中! 身を屈めて一気に飛び出そうとした俺の体を巨大な何かが横殴りにして、粒子の外に飛ばされた。再び地面とキスを交わしつつ衝撃を吸収するが、全身の骨がヒビ割れていくような痛みが走る。


「大丈夫か!」

「ファティだ! 中にいる!」


 駆け寄ろうとするアキルを制して、自分がまだ動ける事を確認しつつ俺は得られた情報を整理する。

 中の魔素濃度からして、あの粒子は魔法の類に間違いないだろう。剣では斬れない。俺にもっと魔法の才能があれば――。


「なる程な」

 だが、俺の話を聞いたアキルは不敵に笑った。「剣では斬れない――普通の剣では。なら、これではどうだ?」


 アキルは利き腕を魔素剣に持ち替えて、刀身を発した。その光で照らされたアキルの決意に満ちた顔は、男の俺でも思わず見とれてしまう程に気高く、凛々しい。


「――俺の番だ。後ろは任せたぞ」


 返事を待たずにアキルは駆け出す。間髪入れずに俺も後を追う。駆けながら、マントの内側から魔符を取り出す。俺は体内の魔素量が少なく、発動までに時間がかかり、威力も低い。それを補う為の魔符だ。『爆裂』の魔法が込められたそれを丸めて固め、指弾の要領で発射する。――少しでも、あの粒子を散らせればそれでいい。そうだ、何が出来るのか考え続けろ。無いものは無い。願っても、悔しがっても何も変わらない。

 アキルは俺と違って爆風を意に介さず一直線に渦へと向かう。そして、刀身を発動。その初めて見る長さに、俺は目を見張る。


 横に一閃!


 ゴソっ、と粒子が蒸発した。その空間を埋めようと新たな粒子が殺到する。アキルは止まらない。近づく粒子は次々と光に呑まれていく。


 ――いけるぞ!


 思ったその時、粒子が形を変えた。渦が小さくなり、その周囲に何本も筒状のまとまりができる。それぞれの筒の先から、更に細い筒状のものが3、4本生えた。それはまるで――腕や、触手の類だ。明確な形を成したものが、一斉にアキルへと襲いかかる。魔素剣で払うと崩れるが、一瞬で復活する。触手が振られる度に、物理的な重さがあるのか強烈な風圧がくる。おそらくこれが、先程俺を吹き飛ばしたのだろう。


 それにしてもきりがない。アキルもわかっているのだろう。刀身を収めて通常の剣で対応している。それにしても、いつの間に二刀流を身に付けたのか。

 驚嘆しつつ俺は『空刃』の魔符を発動する。物理的なものなら、切れるのだ。攻撃が届く前に切断されたそれらの上を飛びつたい、俺達は上空へと登りながら先程より小規模ながら、勢いがさらに増したような渦の正面に達した。


「いたぞ!」


 アキルと同時に俺も発見していた、ファティの顔。俺達の下方、地面に近い場所だ。先程よりも深く粒子に埋もれている。


「――やるぞ!」


 って、何を――。


 アキルは飛び降りながら両手で魔素剣を持ち、上段に振りかぶる。そこからこれまでで最も長く、太い刀身が発生する。


「ファティを、離しやがれぇっ!」


 雄叫びと同時に振り下ろされた巨大なそれは、粒子をかき消しながらファティに迫る。俺は思わず目を瞑りそうになった。が、直前で刀身は消えて、ファティの上半身が露出する。――なんて奴だ。俺は息を呑む。少しでも刀身を収めるタイミングがズレていたら、ファティも一刀両断になっていただろう。


 着地したアキルは、ファティを引き摺り出そうと手を伸ばす。その間も、触手の動きは止まらない。俺は残った魔符をばら撒きつつ、剣でも援護を試みる。が、やはり俺の剣ではダメだ。表面しか削れず、動きを止められない。……ファティを確保次第、撤退だ。早くしてくれよ!

 俺はアキルの動きを確認する。横たわったファティの前で、彼は動きを止めて呆然としているように見えた。やったのか! なら早く瞬時帰還(スティック)を――。


 ()()を確認した時、俺は思わず動きを止めた。アキルの前に横たわっているファティ。それは、上半身だけだった。()()()()()()()()


 絶好の的と化した俺を、触手が真上から殴り付ける。肉の球と化した俺は地面に叩きつけられる。マントに付与された防御効果を無視して全身が砕けるような激痛が襲う。攻撃は止まらない。横合いから2度、3度。

 痛みが辛うじて俺の意識を繋げた。……生きているのか。素晴らしいな。マントの内側を探るが、魔符はカンバンだ。立ち上がる事は、出来そうに無い。せめて俺に出来る事は――。


 俺は寝返りを打ち、アキル達の方を見た。奴はよく分からない叫び声を上げながら、四方から迫る触手を魔素剣で払っていた。……ダメだ。落ち着け、アキル。俺達は、勝てない。逃げるんだ。お前だけでも。


 その時、声が聞こえた。しゃがれた老婆のような声。


 ――()()()()()()()


 違う? 違うだと? 何が――。


 光が消えた。魔素が尽きたのだ。地面に膝を付いたアキルはなすすべも無く吹き飛ばされる。血と汗が混じったモノが飛び散る。そして俺の数メートル先に落下した。偶然か、奴がそうなるようにしたのかは分からない。俺達の目が合った。範囲内だ。使うんだ、瞬時帰還(スティック)を! アキルがニヤッと笑った。次の瞬間、大量の血がその口から吹き出した。

 俺は痛みを忘れて上体を起こす。アキルの体を粒子が包んでいた。いや、喰っていた。それは間違いなく、咀嚼だった。そのまま引き摺られていく。俺は呆然として、見ている事しかできない。次は俺だろう。間違いない予感を感じながら。


 と――アキルが剣を振った。小さな爆破音がすると同時に、俺の目の前に何かが転がった。……腕? 腕だと? アキルの、左腕? 握られたままの魔素剣と、瞬時帰還(スティック)が刺さった腕輪。


「行け! ネジド!」

 アキルが叫んだ。「それを使って、お前だけでも――」


 声が途絶えた。が、アキルがどうなったのかを見ることはできなかった。俺の眼前には、『死』が広がっていたからだ。蠢く何本もの触手。その先の細いものは指なのか牙なのか。俺を、叩き潰そうというのか、それとも飲み込み喰らおうというのか。今なら、やりたい放題だ。それもいい。

 だが――手を、手を伸ばせ。すぐそこに、生き残る為の手段がある。それを使えば、生き残れる。俺は――俺だけは。


 触手の動きが一瞬止まった。――来る!


 考えるより前に、体が動いていた。アキルの腕に飛びつき、瞬時帰還(スティック)を押し込む。その瞬間、腕輪から発せられた虹色の光が俺を包んで――気が付くと、見知らぬ天井が見えていた。焦点が合わない俺の眼に、戸惑い顔の見知らぬ男が映りこむ。


「――おいアンタ、大丈夫か!」


 返事をしようとしたが、うめき声しか出なかった。


「生きてるぞ! おい、瞬時帰還者だ! 重傷を負ってる! 治癒魔法――いや、回復薬だ! ありったけ持ってこい!」


 戻った。……戻ってきた。俺は、握りしめたまま胸に乗っているものを見た。アキルの、左腕。俺の命を救ってくれたもの。そこから、魔素剣の柄がぽろっと落ちた。


 次第に騒がしくなる周囲の音を聞きながら、俺の意識は闇に落ちていった。



 そして――5年の月日が経った。

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