表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シビルの子  作者: 健人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/41

41.「――あたしの子どもを傷つける者は、許さない」

「――逃げられると思うのか?」


 3対1。奴1人ならともかく、気を失ったアイシャを抱えている。しかも大人の体の、だ。


「ご心配無く。脱出の手段を用意しておくのも、スパイの基本ですからね」


 そう言うとルブーフは、短剣を握ったままの右手の甲をこちらに見せた。


「それって――」

 ドナホゥが目をむいた。「その紋様、あたしの――」


 慌てて自分の手を確認する。紋様はそこにあった。が、灰色に濁り、反応が無い。


「転移魔法を乗っ取る方法、習いませんでしたか? 上書きさせて貰いました。今はもう、私のものです」


 つまり、あいつは今すぐにでも逃げられる、という事か。


「させるかよっ!」


 俺とミルサークは同時に身構える。


「おっと、動かないで下さいよ」

 ルブーフは素早く短剣をアイシャの喉元にあてた。「上書きした転移魔法は、作動まで時間がかかるのが難点でしてね」


 紋様が徐々に光を帯びていく。――どうする? アイシャが傷つけられる事を覚悟で飛び込むか? しかし、回復魔法も万能ではない。奴が本気で殺そうとすれば、いくら回復魔法をかけても間に合わない可能性もある。それを考えると、迂闊に飛び出す事は出来ない。

 俺はミルサークと横目で視線を交わす。アルクァ・バルトがピクリと動いた。そうだよな。リスクはあるが、何よりアイシャを奪われるわけにはいかない。


 俺は呆然としているドナホゥの背中を軽く叩いた。


「……や、やるんですか」


 囁く声が震えている。


「――やるさ。回復薬と魔法、頼む」


 ルフーブのフードがわずかに揺れるのが見えた。……奴にも、俺達の考えている事が分かっているだろう。その上で、どうするか? 逃げるなら、それはそれでいい。だがアイシャは置いていって貰う。勿論、傷一つ付けずに。俺はマントの下で、魔符を取り出す。どこに何の魔符が入っているのか、見なくとも指で憶えている。取り出したのは『閃光』。さっきのドナホゥの真似をさせて貰う。掌の中でそれを細長く固く丸めて、飛ばす準備を整えた。

 ミルサークと視線を合わせながら、帽子のつばに触れる。彼女なら、これで俺の意図を察してくれる筈だ。時間が無い――行くぞ。


 魔符を指で弾こうとした瞬間、俺は見た。ルフーブの背後に紅い光が走ったかと思うと、体が前方へと弾かれた。その手から放されたアイシャが地面に転がる。考えるより前に俺は駆け出していた。『身体強化』を発動し、最短距離でアイシャの元へ! が、間髪入れず起き上がったルフーブがアイシャに駆け寄り、手を伸ばす。その腕を切り落とすべく振り下ろした俺の剣が、ルフーブの短剣に阻止される。手の甲に目をやる。紋章の光は、その半分程だ。俺が放った蹴りは、奴のもう片腕に阻止される。――それはつまり、アイシャと離れているという事! 

 すかさず残った片脚で地面を蹴り、相手を押し込む。バランスを崩して倒れ込むルフーブ。その上からのしかかり、剣を握る腕に力を込める。その時、両腕で短剣を支えるかと思ったルフーブの片腕が、光を帯びて俺の脇腹へと向かった。俺が眼をむいて両脚を跳ね上げた瞬間、『爆裂』が放たれた。当然、威力は調整されているのだろうがまさかこんな近距離で。

 次の瞬間、奴は体を回転させて俺の上になろうとする。――やらせるかっ!


「ミルサーク!」


 俺は回転しながら声を張り上げた。


「もう確保している!」


 いつの間にか、アイシャの姿が消えている。――さすがだ。

 その時聞こえてきた連続した爆発音に、俺とルフーブは同時に動きを止めた。音の方を見やると、次の瞬間襲ってきた爆風に吹き飛ばされる。


 ――何だ!?


 ルフーブではない。魔法を発した様子は無かった。その瞬間、俺の視界の端をさっきも見た紅い光が走る。……焔硝鳥(えんしょうどり)! まさか、フオフア? だったら何故――。


「あれじゃ皆巻き込むぞっ!」


 上空を走る軌跡の下で次々と爆発が起こる。それは、ミルサーク達のいる辺りに集中していた。アイシャもいるんだぞ! 味方じゃ――友達じゃあなかったのか?


「……どうやら、怒りをかったようですね」

 気付くと、ルフーブが少し離れた場所に立ち、笑みを浮かべていた。手の紋章が完全な形で光っている。「命あっての物種だ。おさらばさせて頂きますよ」


 行くなら行け、と言いたいが、俺もそこまで大人になりきれない。反射的に剣を握る手に力が入る。ルフーブの手の輝きが激しくなる。


 行かすしかない、か……。


 その時、風切り音が俺の耳元を駆け抜けた。ルフーブの余裕の笑顔が驚愕の表情へと変わる。次の瞬間その顔が、いや頭が、果物が壁か何かに叩きつけられたかのように粉々に砕け散った。血糊と脳漿が飛び散る中で感じる魔素の残滓。ハッとして見上げると、正面の岩の上に留まった一羽の焔硝鳥が、羽を広げてこちらを見下ろしていた。


「――あたしの子どもを傷つける者は、許さない」


 女の声、だと? やはり、ただの魔物じゃあなかったってワケか。しかし――。


「今、何て言った?」


 私の……子ども? 子供だと? 子供――『シビルの子』。


「あの子をここまで連れて来てくれたことには、感謝する。だがもう、不要だ」


 不要? 不要だと?


「……お前は、魔女なのか」


 焔硝鳥が首を傾げる。その仕草は俺を嘲笑っているかのようだった。


「そうだよ。と、言っても、今はこの魔物の体を借りているのだけどね」


 本体は最下層にいる、という事か。そもそもこの迷宮の魔物は元はといえば魔女が作り出したもの。使役する位雑作もあるまい。


「ここからは、あの子はあたしが連れていく。……お前達は運良く生き残れたなら、地上へ戻りなさい」


 そう言うと焔硝鳥は飛び立ち、洞窟の奥へと姿を消した。唖然としてそれを見送った俺は、後ろからの足音にようやく我に返る。


 ――アイシャは?


 振り返ると、ミルサークがこちらへ駆けてくる。


「アイシャは!」

「心配するな。命に別状は無い。念の為、ドナホゥが回復魔法をかけた」


 ……そうか。


 ほっと息を付いたその時、地面がうねった。まるで生き物のように。ミルサークの巨体がたたらを踏んでよろける。手を伸ばした俺の目前で、隆起した地面がミルサークを上空へと押し上げた。


 ――地殻変動。このタイミングでか!


 伸びていた柱が次々と崩れ落ち、その破片を隆起した地面が上空へと跳ね上げ、勢いを付けて落下する。洞窟の中を轟音が支配する。俺は声にならない叫び声を上げながらアイシャを捜して、地獄の様相を呈するすり鉢の底を走った。


「アイシャ! 何処だ!」

 土埃が立ち込めて視界がきかない。だが、そう離れてはいない筈だ。「ドナホゥ!」


「〜〜ここですぅっ!」


 かすかに声が聞こえた方を振り向くと、『光壁』の光が見えた。駆け出そうとした俺は、足元の違和感に気付いてゾッとする。地面にいくつもの亀裂が走り、そこから煮えたぎった泥が沸き出している。


「ドナホゥ、飛べっ! アイシャを連れて――」


 突然噴水のように噴き出した霧状の泥が俺の視界を塞ぐ。マントを盾にそれを突破した俺の前で、波のようにうねる地面がドナホゥを弾き飛ばした。うねりはアイシャを周囲の地面ごと持ち上げ、そして次の瞬間、一気に沈んだ。まるで水を張った桶の底が抜けたかのように一気に、だ。窪んだそこにさらに泥が流れ込んでいく。


「アイシャっ!」


 駆け寄ろうとする俺の足を、流れる泥がすくおうとする。もし足を滑らせたら、俺も穴底へまっしぐらだ。――あいつは、アイシャを自分が連れて行く、と言っていた。言葉通りならアイシャは生きているだろう。が、俺は間違い無く死ぬ。生き残れたとしても、もしこの泥の中に倒れ込んだら全身大火傷は必至だ。


「ネジドさんっ!」


 見上げると、『飛翔』で宙に浮かんだドナホゥが見えた。


「俺はいい! ミルサークを!」


 聞こえたのか分からないが、俺が降った腕で理解したのか、ドナホゥは慌てて飛んでいく。俺は再び、アイシャが沈んだ場所を振り返る。いまだに泥が渦を巻き、湯気が吹き出している。とてもではないが、近づく事などできそうになかった。


 ――生きていてくれよ。必ず、迎えに行くからな。


 俺をその場から引き剥がさんとばかりに大きな岩が落下し、泥を跳ね上げた。気付けば泥だけでなく、水蒸気や溶岩のような赤く光る液体までもあちこちから噴き出し始めていて、状況はさらに悪化していた。

 俺は踵を返し、駆け出す。『飛翔』の魔符は在庫切れだ。ミルサークはドナホゥが救出してくれると信じて、俺は自力で何とかするしかない。アテなど無いが。眼の前で柱が崩れ、巨大な岩が行く手を塞ぐ。その岩の上に飛び乗り先へと進む。戻るより、進む方べきだ。勘がそう告げている。

 俺は足を止めた。止めざるを得なかったのだ。行く手には倒れた柱が幾重にも重なり、その隙間からは溶岩が流れ出している。舌打ちして戻ろうと振り返った俺の前の地面が、轟音を立てて隆起する。


 ――ならばっ!


 俺は隆起する地面に掴まり、共に上昇する。俯瞰できれば何か手が見つかるかもしれない。しかしその淡い期待はあっさりと打ち砕かれた。土埃と水蒸気が立ち込めており、何も分からない。俺は暑さからなのか冷や汗なのか分からない汗を拭う。


 ……まずいな。


 このまま水蒸気が噴き出し続けたらどうなるか。窒息も怖いが、それ以前に爆発する可能性があるのではないか。そう思った次の瞬間、凄まじい音を立てて上から大量の土砂が崩れ落ちてきた。反射的に『光壁』の魔符を使う。〜〜耐えてくれ! 頼む! 俯いて歯を食いしばっていた俺は、その時スッと空気が冷たくなった事に気付いた。上を見上げる。――空が見えた。そこに向かって、行き場を失っていた水蒸気が殺到する。


 俺は上への『光壁』を解除し、最後の『光壁』の魔符を取り出す。俺はその場から宙へと身を投げ出し、『光壁』を展開した――()()()()

 上昇する水蒸気が『光壁』ごと俺を押し上げる。このまま行けるか、と思ったが、天井の穴はさらに広がり続けて水蒸気の勢いが弱まってしまう。俺は咄嗟にロープを取り出して上空へと投げた。――届けよっ! 体内の魔素を全て使い尽くさんばかりの勢いで俺はロープに魔力を込めて伸ばす。崩れた天井の端に――届いた!


 既に水蒸気で上昇する力は殆ど残されていなかった。俺は『光壁』を捨て、両手でロープを掴む。その瞬間、ロープが付着した天井が、ゴソッと抜けた。あっ、と思う間もなく、支えを失った俺の体は落下を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ