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シビルの子  作者: 健人


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40/41

40.「お前ぇ……」

 底に下りると、俺は懐から一枚の魔符を取り出した。発動させると複数の小さな光が俺を中心に円を描いて広がる。


「そんな弱い光じゃあ、近くしか見えないじゃないですか。『照明』、使いますよぉ」

「いいんだよ、これで」


 俺は手を振ってドナホゥを止めた。この魔法の目的は照明ではなく、ガス探知だ。有毒なガスを検知すると、色が変わる。火山帯、それも地下となると、どこに有害なガスが溜まっているか分からない。眼に見えず、『探知』の魔法も効かない分、魔物より厄介なシロモノだ。正直に言えば『照明』も使いたい所だが、魔物に発見される可能性が格段に高まる事を考えると、おいそれとは使えない。


「随分とニッチな魔法だな」

「そうでもないんだぜ。この層でなくたって、火山や洞窟はあるからな。まぁ、自分で唱えるって奴は確かに殆どいないと思うが、ベテランなら魔符の1枚は持っておくものさ」

「ネジドさんが、用意周到すぎるんですよぉ。あたしも初めて見る魔法ですぅ」

「しかし、奥へ進むと完全に光が届かなくなるぞ。明りがそれだけという訳にはいくまい」

「それは――」

「私が、先頭で行きます」


 アイシャがその金色の瞳を光らせた――訳はないだろうが、俺には何となくそのように感じた。


「私、()()()()()()()。皆さんは足元だけ気を付けてください」


 そう言ってアイシャはとりあえず、風上――といっても一本道だったが――へと歩き出す。開いた穴からの光も、確かにすぐに届かなくなってしまう。が、彼女は臆する事無く進んで行く。


「できるだけ、高い所を通ってくれ」


 俺が言うと立ち止まって頷いたが、油断すると結構距離が開いてしまう程にペースが速い。


「――凄いな。あれは、マタハットだからか」


 ミルサークの息が少し上がっている。

 あの金色の瞳には、何が見えているのだろう。俺達とも他のマタハットとも違う、それこそ『シビルの子』だけにしか見えないものが何か、見えているのだろうか。

 それにしても魔素が濃い。8層まで来てただでさえ濃くなっているのに、この濃度はちょっと異常だ。『探知』を唱えても散らされてしまう。


「ね、ネジドさぁん。……ちょ、ちょっと待ってくださぁい」


 表情は見えないが、ドナホゥが大分やられているのがその口調から分かった。


「ほら、掴まれ。アイシャ、ちょっと休憩しよう。――アイシャ?」


 気付くと姿が見えない。


「そこから、下りになっているようだな」


 ドナホゥを引っ張りつつミルサークが指した高台に上がると、下から風が吹き上げてきた。近くの地面を見ると、滑り降りた跡が残っている。俺達がいる場所を縁として、すり鉢状の地形になっているようだ。風の動きからみて、かなり広い空間になっているように感じる。

 目を凝らすと、金色の瞳が振り返ってこちらを見上げているのが分かった。


「あれ、アイシャちゃんですか? 眼が光ってるの。……言い方悪いですが、魔物みたいですねぇ」

「魔物が手を振るかよ」


 ドナホゥの言いたい事も分かる。俺が苦笑しつつ言うと、


「手なんか――振って、るんですか?」


 彼女はおずおずと答える。


「見えるだろ、ホラ。こっち向いて手を振ってんじゃねぇか。急ぐぞ」

「え? えぇはぁ……。はい」


 生返事のドナホゥに俺は内心首を傾げる。ガスの発生は無さそうだ。まぁこの環境だ。普段より体力を消耗するのも確かだろう。


「そこから下に滑り降りる。ドナホゥは俺が抱えて一緒に行くから、後から付いてきてくれ」

「……了解だ」


 ミルサークは俺の言葉にゆっくりと頷く。


「口をおさえていろよ。舌を噛むかもしれんからな」


 ドナホゥは慌てて両手で口をおさえた。

 マントを()()代わりにして底へと降りる。さほど凸凹していない――と思ったら最後に衝撃が来て、ドナホゥが「むぉっ!」と妙な悲鳴を上げた。埃を払いつつ尻をさすっていると、程なくミルサークも降りてくる。


「こいつは……凄いな」

 彼女は周囲を見回して目を丸くした。「何だこの柱は?」


 そう。すり鉢の底には柱のように、無数の岩が乱立していたのだ。まるでかつては上に支えていた天井があり、それが抜け落ちてしまった跡のような荒涼感を感じる。自然に――迷宮内のものを自然と言っていいのか分からないが――できたのだろうか。


「……全く、見通しきかないですねぇ。上を行きますか」


 ドナホゥに言われるまでもなく、そのつもりだった。俺は手近な岩に登り、アイシャを捜す。が、また先に行ってしまったのか姿が見えない。と――。

 突然柱から飛び降りて駆け出した俺を見て、ミルサークとドナホゥは目を丸くした。


「――ネジドさんっ?」

「来てくれ!」


 2人は慌てて俺の後を追う。


「一体、どうしたんですかぁ、って、それ――」


 追いついたドナホゥが、俺の足元に横たわった人物を見て息をのむ。


「昨日の人……?」


 それは、昨日俺達に話しかけてきたマタハットだった。ミルサークがかがみ込み、脈を見る。が、すぐに首を横に振った。確かめるまでもない。体内の魔素の動きが止まり、抜けかけている。死んでから――いや、殺されてからそう時間は経っていない。


 殺された。何に? 違う、誰に? だ。


「正面から心臓を刺されているようだな。小さな穴が空いている」


 死体を検分していたミルサークが言う。

 魔物がこんなに綺麗に獲物を殺すとは考えづらい。何より正面からの傷というのが重要だ。殺したのは人間。まさか、アイシャ? いや、それは無いだろう。理由が無い。ならば――。


「……2人とも、眼をつぶってください」


 ドナホゥが短く言って、俺達が疑問を挟む間もなく魔法を発動した。上空で弾ける閃光。


 ――何だ? 『閃光』? 目くらましに使われる補助魔法だ。


「そこおっ!」


 次いで発せられる『爆裂』。少し離れた柱の根元を破壊し、数本を巻き込みながら崩れ落ちる。ドナホゥの意図を察したのは、土埃の奥に人影を見たからだった。1人。いや、2人。


「お前ぇ……」


 その男は片手でアイシャを抱えたまま1つ、咳払いをした。――もう1人のマタハット!


「随分、乱暴な事をしますね。『シビルの子』に何かあったら、どうするんです?」


 男は口を開く。慇懃無礼を絵に描いたような口調。アイシャは気を失っているのか、ピクリとも動かない。ドナホゥは、男に向けて指を差す。


「やっぱり、あんたでしたか。どこかで見たと思ったんですよ。あんたはマタハットなんかじゃあ、無い。……あたしと同じ、スパイですね?」


 男は答えない。だが、見えている口元が歪んだのが、肯定の意味なのだろう。ドナホゥがどこで見た、というのはつまり4層か。そういえば何となくだが、俺もあの口元をどこかで見た見たような気がする。4層? いや、もっと前の――。


「……アイシャに何をした?」

「ご心配無く。眠って貰っているだけですよ。殺すというのは、本当に最後の手段なので」


 魔法をかけられた気配は無い。薬か何かか?


「隣国のスパイか。マタハットの中に潜り込んでいたとはな。視力を失ってでも、仕える価値がある国なのか?」


 ミルサークがアルクァ・バルトを展開する。――頼むから、はやってくれるなよ。


「ああ、この目ですか。まさか。私は貴女とは違いますよ。片方でも視力を失うような、馬鹿な真似はしません。――ほら」


 男はフードを脱ぎ、顔面に手を当てた。掌が光り、それが外れた時、金色だった瞳の色が変わっていた。その顔を見た瞬間、俺は思い出した。


「確か――ルフーブ、とか言ったか」

「おや、憶えていて下さったとは。光栄ですね」


 その目が少し見開かれる。2層で初めて会った、タリスカに使われていた新米冒険者――だった筈だ。しかしどうだ。あの時のおどおどとした頼りなさは、今は微塵も感じられない。落ち着き払ったその態度。こいつは――間違い無く、相当の経験を積んだ手練れだ。


「4層で、死んだかと思ってたぜ」

あの人(タリスカ)にも、困ったものでしてね」


 ルブーフは肩をすくめる。「やる事なす事、力ずくのゴリ押しでして。ま、馬鹿だったので、取り入るのは容易でしたが」


 いや、違うな。タリスカは基本的に自分以外は信用しない奴だった。粗野に見える態度や行動にも、彼なりの意味や矜持があった。……ま、馬鹿だという点には同意するが。


「ただまぁ、感謝すべきなのでしょう。貴方と面識があったというのは僥倖でした。おかげで、『シビルの子』を見つける事ができましたからね」


 ……こいつ、本当に若造なのか。顔は造りもので、実年齢はひょっとして俺よりも上なのではなかろうか。


「新米冒険者から、マタハットに鞍替えしたってワケか?」

「状況に応じて立場を変えるのは、スパイの基本ですよ。何年も同じ立場で安穏とするなど、愚の骨頂です。余計な思い入れや立場が出来て、身動きが取れなくなる。――また、裏切る可能性も高い。その女のようにね」

「あ、あたしは――」

 ドナホゥは一瞬体を震わせたが、ルブーフを睨みつけて言った。「あたしは、自分がしたいようにしたいと思っただけです。確かに、スパイとしては失格かもですね。でもそんなの、クソ喰らえですぅっ!」


「だ、そうだ」

 俺はドナホゥの肩を叩く。「お前さんも、裏切ってみたらどうだ? 隣国だって、どうせロクな国じゃあないんだろ」


「冒険者という名の国の奴隷に、言われたくは無いですね」

 ルブーフは口の端を上げて痛いところを突く。「ま、ご心配無く。私もやりたい事をやってますし、裏切る算段も整えてますので」


「……どういう意味だ?」

「『シビルの子』を欲しがっているところはいくらでもある、という事ですよ」


 ルブーフはそう言うと、フードを被り直した。


「――さて、それでは失礼しますかね」

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