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シビルの子  作者: 健人
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4.過去編 その4「本気――いや、正気かね?」

 薄暗く、埃だらけの小さな店だ。カウンターの奥で、フードを目深に被った影が身動ぎする。


「……いらっしゃい」


 青年とまでは呼べないが、そこそこ若そうな男の声がした。「お客が来るのは、数年振りだな」


 俺は改めて店の中を見回したが、およそ商品と呼べそうな物が置いてあるのは、カウンターの上だけのようだった。祝の品とは言ったが、果たして何が良いだろうか。一瞬迷ったが、結局俺に良し悪しが判断できるモノなど武器位なものだ。それならパーティーとしての実利もある。


「――武器を、探してるんだが」


 店主は一旦奥に行き、大きな木箱を抱えて戻って来た。本当に目が見えていないのかと疑ってしまう程よどみない動き。中から1つ1つ取り出し、カウンターに並べていく。


「お気に入りの物があれば」

「触っても?」


 フードが縦に揺れて、俺はそれらを順に確認する。保管状況は最低だが、モノは悪くない。が、祝の品になる程の業物は見当たらない。諦めようとしたその時、木箱の隅に残されていたものが目に入った。


「……それは?」

()の方にゃ、扱いづらいかと思ってね」


 そう言いつつも店主はそれをカウンターに置いてくれる。白く、細い円筒。剣の柄だけ、というのが第一印象だった。


「魔道具か?」

「そうとも言えるがね。こうやって使うのさ」


 店主はそれを手に取り、何かのボタンを押した。筒の先から細い棒のようなものが伸びる。伸縮自在なのは面白いが、こう細くては打撃の効果は期待できまい。そう思った瞬間、棒全体から雷のような光が生じて店内を照らした。反射的に一歩引き、マントの下で剣を握る。


「慌てなさんな。これは、こういう武器なんだよ」


 武器――武器だと?


 俺は改めてそれを眺めた。先程感じたまでの明るさはなく、棒を包み込むように粒子の膜が覆い、鈍い光を放っている。……まるで、光の剣だ。


「あまり近づくと、鼻がなくなるぜ」


 無意識に顔を寄せていた俺は慌てて上体を起こす。


「最初に伸びた芯があったろ。そいつを媒介にして、魔素粒子を纏わせてるのさ。簡単に言やぁ、魔素の剣って事だな」


 見かけによらず、饒舌な男だったようだ。店主はどこからか木の棒を取り出すと軽く上に投げ、その下に剣を固定する。落ちてきた棒が剣に触れた瞬間、その部分が蒸発したかのように消え失せて、残った部分が左右に落ちた。


「……すごいな」


「切る」というより「消し去る」という感じだ。しかし店主は刃を消すとあっさりと言い放った。


「だが、こいつはポンコツだぜ」

「……どういう事だ?」

「使ってみれば分かる」


 無造作に差し出されたそれを、俺はおっかなびっくり受け取る。


「手袋をしたままでも?」


 店主は頷き、


「窪みに沿って握るんだ。親指の所にボタンがあるだろう。それを押すと、芯棒が伸びる」


 コツコツと僅かな振動を立てながら芯が伸びていく。


「伸び切ったら、ボタンを押しながら掌全体に魔力を込めてみろ」


 ゆっくりと体内の魔素を巡らし、掌から放出する。すると徐々に芯棒が光を持ち始める。成る程、こういう感じで刃を形成するのか――。


 その時突然、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が俺を襲った。ビクン、と体が痙攣する。息が――できない。一瞬で、全身の毛穴から脂汗が吹き出す。覚えがある。これは……魔素の枯渇。魔力を放出し過ぎた時に襲われる症状だ。眼の前の光景がブレる。色が消える。膝をつく。剣が手から滑り落ちる。


「――落ち着いたかね」


 いつの間にか、剣は店主の手に収まっていた。


「分かっただろ。こいつは、刃を出すだけでとんでもない量の魔力を必要とするのさ」

「……あんたは、何で平気なんだ」


 汗を拭い、心臓の動きを確認しながらようやく立ち上がった俺を見て、店主は肩をすくめたようだった。


「マタハットだからな。溜め込んでる魔素の量が、あんたらとは違うのさ」


 魔素で満たされた迷宮に住まう民、マタハット。言われてみれば当然の話だ。


「俺でも連続で刃を出すのは一分が限界だ。――ここに魔石を仕込めるんだが、まぁ気休めみたいなもんだな。どうだ、ポンコツだろ?」


 店主は筒の底を指で叩き、箱に仕舞おうとする。が、俺が発した言葉にその手を止めた。


「……幾らだ」


 見えていないだろう眼球が、ギョロリと動いて俺を正面から見た、ような気がした。


「本気――いや、正気かね?」

「ああ、俺には無理だが、使えそうな奴を知ってる」


 アキルだ。奴以上の魔力量を持つ人間はいる。だが魔力量と剣技の両方を併せ持つような変態は、俺の知る限り奴一人だけだ。しばらく行動を共にしていて、俺には分かっていた。あいつは間違いなく、これを気に入る。俺達は、どこか似ているから。性格も、様々な嗜好も、そして――女の好みも。

 俺は財布代わりにしている皮袋をカウンターに置いた。重量を感じさせる音に、店主の開きかけた口が閉じる。


「買わせて貰おう」


 無言のままの店主の前に、俺はひとつ、もうひとつと皮袋を重ねた。


「――分かった。分かったよ」

 店主はダメを押そうとしていた皮袋を俺の手ごと押し返した。「……言っておくが、責任は持たないぞ?」


「ああ、問題無い」


 ブツブツ言いながら店主はカウンターの中から何かを取り出す。


「そら。ホルダーと、魔石をおまけに付けてやろう」


 腰に巻くと思しき革製のホルダー。柄を差し込めるようになっている。魔石は完全に砕かれて砂のようになったものが、袋一杯に入っていた。これを、柄の底から入れて使えというのだろう。それらをマントの内側に仕舞い、踵を返そうとして俺はふと思いついて尋ねた。


「……ひょっとして、これはあんたが作ったのか?」

「バカな事を」

 一瞬間があったようだったが、店主は俺の疑問を一笑に付した。「この街で売っている物がどうやって仕入れられているか、あんただって知っているだろう?」


「……まあな」

「じゃ、そういう事さ」


 まぁ、もし肯定されたところで何がどうという訳でもなかったのだが。――確かに、バカな質問だったな。


「邪魔したな」


 今度こそ俺は出口へと向かう。


「本当に、くれぐれも扱いに、気をつけてくれよ」

 入口の布を捲ろうとした俺の背に向かって、店主が声をかけた。「その武器は扱い方次第じゃあ、身を滅ぼす事になるぜ」


「――バカな事を」

 俺は振り返りもせずに言ってやった。「武器ってヤツは何だろうが、そういうもんだろ」


 ◇ ◇ ◇


 ――まさか、ここまで短期間で。


 俺は内心舌を巻いていた。


 気に入るのと使いこなすのは全く別の話だ。当初はあまりの魔力の消費量に困惑していたアキルだったが、数回の戦闘を経て斬撃の瞬間にのみ刀身を発するという省エネ闘法を編み出し、あの光の剣こと『魔素剣』を完全に使いこなしている――ように見えた。

 8層から9層へ下る階段までの行程も前回よりかなり速く進み、その結果回復薬は勿論、食料の消費もかなり抑えられているのが、その証左だ。十分な余裕を持って、俺達は9層の探索を開始した。


 全てが順調に進んでいるように思えるが、気になる事もある。


「――またか」


 魔物の死体を探っていたアキルが舌打ちする。


「無かったのか?」

「ああ、これだけのサイズだから、期待してたんだけどなぁ」


 8層になってから、魔石の回収率が極端に減っていたのだ。元々確実なものでないのは確かだが、それでもこの少なさは異常だ。

 6層より下の情報は、ギルドにも殆ど伝わっていない。これまでは到達した者が自身の利益を守るために隠しているでは、と思っていたが――。


「もしかして、ギルドが意図的に隠しているって事じゃあないの?」

「それは、どうだろうな」


 ファティの疑問にアキルが応える。


「どうしてよ? こんな情報が流れたら、誰も下に行きたがらなくなるでしょうに。それはギルドにとって都合がわるい事じゃない?」

「ファティ、俺達が異常なんだ。誰もが下層を目指しているわけじゃない」


 アキルの代わりに俺が言ってやった。


「でも――」

「ネジドが言ったのは『最下層を目指してるわけじゃない』って事な」


 そう、そういう事だ。冒険者等と呼ばれていても、ギルド――つまり国からすれば根本的には鉱夫と大差ない。掘るのが岩石か魔物の(はらわた)かの違いだけで――岩石が牙を剥いて襲いかかってはこないだろうが――、要は魔石を持ち帰って来る事を求められているのだ。殆どの冒険者は当然それを心得ているから、命をかけてまで魔物と戦おうなどする者等いない。安全を第一とした上で、できるだけ効率よく魔石を回収できる階層を選ぶとなると5階層か、良くても6階層まで。希少性を求めて下層を探索するパーティーもいるらしいが、そんなパーティーの存在自体が希少だった。


「なるほどね。つまり本当に情報が伝わっていないのか」


 ファティが頷く。


「で、お前さんはどうする? 戻ったらこの情報を報告するかい?」

「そうねぇ……」

 アキルの言葉にファティは少し首を傾げてから微笑みを浮かべ、「止めとくわ。後から来た人達にも、この悔しさを味わってもらわないと。ねぇ?」


 俺とアキルは顔を見合わせて肩をすくめた。


 ちなみにこれまでの会話は全て、倒した魔物の解体作業を進めながらしていたものだ。魔石が採れようと採れまいと、倒した魔物の解体は冒険者としては基本中の基本だ。素材のとして売り払うものと食料として保存するものに分けていく。特に5層の街では物々交換も現役のシステムだったので、補給を円滑にする為にも魔物の素材は貴重なのだ。加えて、死体を狙う他の魔物を避けるという目的もある。

 ほぼ骨だけになった魔物の上半身を見やり、俺は心の中で合掌する。本来ならば冒険者相手にもっと見せ場があったろうに。恨むなら、自分のタイミングの悪さを恨んでくれよ。


「……?」


 その時、何か違和感を感じた。骨にではない。その下の、地面だ。アキルを呼んで骨をズラし、地表を露出させる。さっきの戦いでアキルが魔物を袈裟斬りにし、かなりの重量の上半身が地面に落ちた。つまり、地面にも相当の衝撃が伝わったのだ。俺は地面を擦りながら調べていく。

 こういう時に2人は疑う口を挟んだりしない。後ろに下がって周囲を警戒しながら見守ってくれている。指先に、感じるものがあった。大小2振り持っている両刃剣のうち、小さい方を抜いて地面に突き立てる。念の為2人の位置を確認する。3人同時に頷いてから、俺は剣を力一杯地面に押し込んだ。


 さほどの抵抗もなく地中に飲み込まれたそれの根元から、左右にひび割れが生じる。それは地面に長方形を描き、左右が1つになった瞬間、爆発するような音をたてて内側の部分が崩れ落ちた。


「……マジかよ」


 土埃が落ち着くのを待ちきれずに、俺達は先を争うようにそこを覗き込む。――そこには、見慣れた階段があった。

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