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シビルの子  作者: 健人


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39/41

39.「あれって……穴?」

 翌日明るくなって、俺達は周囲を見渡して唖然とした。


「これ……灰ですか。雪でも降ったみたいですねぇ」


 ドナホゥが足元に積もった灰色の粉をつまみ上げる。見渡す限り灰色の世界。拠点は岩陰の少し奥まった場所だったので気付かなかったのだ。

 彼女が言うように、まるで7層に戻ってきたような景色だ。しかしそうなると、7層以上にたちが悪い。灰の下に隠されてしまったのはクレバスでなく、真っ赤に燃える溶岩だからだ。


「……良くないな」

「なに、方法はあるさ」

 俺の言葉にミルサークが荷物をまとめながら答える。「要は灰を吹き飛ばしてしまえばいいんだろう?」


 ――もしかして、7層で火炎を発したアレを使おうってのか?


「あの時は氷を溶かす為に炎属性の魔力を込めたが、風属性で放つ事もできるんだ。つまり『スパイラル・ハリケーン・パンチ』だな」

「……相変わらずダセェ名前ですぅ」


 胸を張るミルサークの横でドナホゥが呟く。


 しかし、そう簡単では無かった。確かに一旦灰は吹き飛ばせるのだが、周囲に飛び散ったものと断続的に振り続けているものが合わさってすぐに地表を覆ってしまう。また7層の時と違って足場が悪いので、移動のスピードも上がらない。


「むしろ、地殻変動を期待したくなるな」


 苦笑いを浮かべながらミルサークが言う。


「言葉に出すなよ。本当に起こりそうな気がするぜ」


 実際、いつ起きても不思議では無いのだ。魔物に遭遇しないのは有り難いが、可能性はゼロではない。警戒を怠らないようにしながら、じりじりと進んでいく。そして――俺達は足を止めた。目の前には巨大な岩山が行く手を塞いでいる。


「こいつは……キツイな」


 俺は思わずマスクを外して息を吐き出す。


「『飛翔』で越えますかぁ?」


 ドナホゥの言葉に周囲を見回すが、迂回できそうなルートが見当たらない。しかし――。


「熱は持ってなさそうだな。他の火山の影響で、山崩れでも起こしたのかもしれん」


 さすがミルサークは分かっている。この山が火山だとしたら、『飛翔』を使ってでも越えるのは難しいだろう。だが熱を持たないならば、途中途中で着地をしながらでも越えられる、という事だ。

 俺が口を開こうとしたその時、地面が揺れた。――地震だ。大きい! アイシャが短く悲鳴を上げて、俺の腕にしがみつく。


「ち、地殻変動ですかっ!」


 ドナホゥが地面に這いつくばる。いや、これは違う。まだ弱い。地殻変動は、こんなものじゃない。だが、続いて足元に響いてきた何かが崩れる音。その方向を見た俺は目を剥いた。岩山の上方が、さっきまで無かった土煙を纏っている。


「戻れ! 崩れるぞっ!」


 言い終える前に、細かな砂が流れてくる。続いて、拳から人の頭大まで様々なサイズの岩が落ちてきて、俺達が逃げるのを妨害するかのように次々と周囲を跳ね回る。アイシャを抱えて舌打ちした俺の脚に、さらなる悪寒を感じさせる振動が響いてきた。これまでに無い重低音。それがリズミカルに近づいて来る。


 土埃からそいつが姿を現したのと、俺がアイシャを抱えたまま『身体強化』をかけて後方に飛び退いたのはほぼ同時だった。

 あれは――マズい。俺達が居たスペースを完全に覆い尽くす程のサイズの大岩。ミルサークならば砕けるか? いやここは、逃げるべきだ。――と、リズムが止んだ。だが振り向かずとも背中に感じるプレッシャー。凄まじい質量の塊が、回転しながら宙を飛んでいる。


「端に避けろ!」


 ミルサークらに聞こえるか分からなかったが、俺は叫んで脇に高台を認めるとそこを目指して飛び上がる。アイシャに覆い被さると同時に、これまでで最も大きな振動が襲った。地面のみならず空気まで揺らす衝撃。口を開いて耳を塞げ。役立つか分からない、どこかで聞いた対処法を試すのが、せめてもの抵抗だった。


 ――音がやんだ。


「おじさん! 大丈夫?」


 俺はマントの上に乗った砂埃と石ころを払う。拳大のものを幾つか喰らったが、支障は無い。……ミルサークとドナホゥは? 周囲は土煙が立ち上っていて、見通しがきかない。


「ここだ! そっちは大丈夫か!」


 ミルサークの声に見上げると、彼女をぶら下げたドナホゥが、よろよろと空中をこちらへと漂ってくるところだった。咄嗟に『飛翔』を唱えてミルサークと一緒に空中へ逃げたのか。ミルサークを下すと、ドナホゥはその場に倒れ込んで荒い息をついた。


「……やるじゃないか」


 俺は肩を叩いで労ってやるが、ドナホゥは真っ青な顔で口だけをぱくぱくと動かしている。アイシャが慌てて『回復』をかけるが、効果が見られない。するとミルサークが苦笑しながら言った。


「最後の衝撃波があったろう。あれが、結構上空まできてな。私は手が使えたから耳を塞げたが、こいつは両手で私を掴んでくれていたから……」


 耳を塞げなかったのか。そもそも、そこまで距離をとる時間も無かっただろう。――まぁ、少し我慢すれば、戻るだろうさ。

 ようやく土煙が晴れてきて、俺は岩山の方を見やる。崩れて標高が低くなっていないか、と期待したのだが崩れたのは中腹からのようで、ごっそりと土砂が抜け落ちた無残な横腹を晒している。あの大岩は――と視線を下に向けて、俺は思わず唸った。


「どうしたの?」


 と俺の視線を追ったアイシャが、思わず声を上げた。


「あれって……穴?」


 そこに、あの大岩の姿は無かった。いや、正確にはわずかな上の部分だけを残して、地面にめり込んでいたのだ。その周囲には、先程までは無かった空洞が口を開けていた。


「地下に空洞があったのか。火山地帯では地下にそういうのができやすいと聞いたことがある」


 ミルサークが顎を撫でる。その天井をあの大岩がぶち抜いた、という訳か。その殆どが埋没してるという事は、相当大きな空洞なのだろう。


「……ねぇ、おじさん」

 下を覗き込んでいたアイシャが言った。「あの空洞、中を進めないかな」


「何だと?」


 それは俺も一瞬考えたが、リスクが高すぎると判断して口には出さなかったのだ。まさか、アイシャから言い出すとは。


「正直、気乗りはしないな。地殻変動が近いのに地下に潜るってのは」


 ミルサークも顔をしかめる。


「下から、水の音がするんです。それに――生き物の気配も。ほら」


 アイシャが言った途端、どこからか鳥が鳴くような声が聞こえてきたかと思うと、空洞から何かが飛び出してきた。それも大量に、だ。

 ――焔硝鳥の群れ!


「多分、どこかに別の入り口があるんじゃないかと」

「なるほど。岩山を越えるより、進みやすいか……? どうする、ネジド」


 3人の視線が俺に集まる。懸念は3つ。1つ目は、空洞の中を進めるのか分からない事。2つ目は、魔物に遭遇する可能性が高まる事。3つ目は、地殻変動が起こった時に脱出できるか、という事。

 1つ目はまぁ、これは迷宮探索をしていればよくある事だ。分からないなら、行って確かめるしかない。2つ目もあくまで可能性でしかない。このパーティーならば、遭遇してもさほど苦労はしないだろう。問題は3つ目だ。もしタイミング悪く地殻変動が起こると、地下に閉じ込められてしまうかもしれない。


「じゃあ、これを使ってみますぅ?」


 ドナホゥが指の先を光らせて空中を動かすと、その形に沿って光の筋が出来る。最終的に魔法陣のような文様が空中に浮かんだ。


「転移魔法の1つですぅ。この文様を置いた場所に転移する事が出来ます。……基本的に術者だけなんでぇ、皆で転移する時には、あたしに掴まって貰う必要がありますけど。本来は侵入時の脱出用なんですぅ」


 そういえば、こいつは元々スパイだったな。


「……距離の制限は?」


 ドナホゥは右手の甲を差し出す。そこには、浮かんでいるものと同じ文様が描かれていた。


「距離が離れると、この文様が薄くなっていくんですぅ。その限界範囲は術者の魔力次第なんですが……今なら、結構イケる気がするんですよ。アイシャちゃんに魔力を分けてもらってから、何か調子がいいんですよねぇ」


 アイシャの魔力、か。確かに、ドナホゥの体内を巡る魔素の量が以前より増しているのが分かる。


「ほう、私も初めて見る魔法だな。こんなものを隠し持っていたのか。これまでさぞかし役立てて来たんだろうな」

「そりゃあもう――」


 とドナホゥは胸を張りかけてミルサークの視線にハッと気付き、


「い、いゃあ、実はあたしもそんなに使った事無いんですケドねぇ? やっぱりやめときますぅ?」


 この野郎、とじゃれ合う2人を横目に、俺は考えた。ドナホゥの提案は距離制限に不安はあるが、何も無いよりずっとマシだ。それに――。俺はアイシャの方を見た。彼女も俺の表情を伺っていたのか、視線が合う。

 空洞を行こう、というのはアイシャが言ったのだ。単なる思い付きや、直感かもしれない。だが『シビルの子』としての何かが、そう言わせたのではないか。何となくだが、俺はそう感じていた。ならば――例え直感であっても、今はそれに従うべきなのかもしれない。


「……行くか」


 皆の視線が再び集まる。


「そうこなくてはな」


 ミルサークが指を鳴らす。


「転移の位置はどうしますぅ? 下に降りてから改めて――」

「いや、ここでいい」


 ドナホゥの問に俺は首を横に振る。少しでも高台の方がいいだろう。使わないに越したことはないが。


 空洞の縁まで降りて、改めて中を覗き込む。吹き上げて来る風に飛ばされそうになった帽子を慌てて押さえた。……空気の動きがある。やはり、どこかに別の出口があるのだ。


「行こう」


 俺達は顔を見合わせて頷くと、順番に穴の中へと降りて行った。


 ◇ ◇ ◇


 ――ネジド達が穴の中へ消えてしばらく後、設置した転移魔法の魔法陣の前に、1つの影が立った。それは魔法陣をしばらく見つめると、自身の魔法を発動して魔法陣に触れる。すると、触れた場所から徐々に色が変わっていった。淡い輝きを持っていたそれが、徐々に濁った灰色になっていく。


 魔法陣が完全に輝きを失った事を確認し、影はその場所を離れた。

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