35.「この、脳筋おっぱいめぇぇぇっ!!」
眼の前に、地面に付いた氷の巨人の掌が見える。その指の何本かは、俺が斬り飛ばしたまま欠損していた。――やはり、関節か。手の甲から腕沿いに、と考えた瞬間、ずるっとそれが動いた。上空へ持ち上げられ、一呼吸置いて位置を変えて落ちる。凄まじい風圧が細かい氷の粒を飛ばし、やむなく一度立ち止まる。おそらく移動の為で、俺を狙ったのではない、と思いたい。しかしこれでは、腕を伝って行くのは難しい。
「足場、作れるか」
「了解ですっ!」
俺の問にアイシャは即座に反応し、光る手で地面を叩いた。巨人の掌の周りに数本の氷の柱が轟音と共に出現する。
「援護頼むっ!」
間髪入れず、俺は駆け出した。氷柱の高さはほぼ垂直に立っている巨人の前腕の半ば位までしかなく、そこから先はジャンプして斬りかかるしかない。その不安定な体勢で関節を斬り落とせるだろうか。――できるさ。この魔素剣なら、出来る!
巨人の腕が動かない事を祈りつつ俺は氷柱の突端から飛び上がり、魔素剣を腰溜めに構えた。氷の中の人影が一瞬で下方へ通り過ぎる。上昇が止まった目の前に、黒いパイプのような肘の関節が見えた。腕の太さに比べると細く見えるが、大人2人分位の太さはあるだろう。俺は全身の魔素を両手に集中し、魔素剣の刃を伸ばす。
――いけよっ!
俺は剣を一文字に振った。が、その瞬間、関節が音を立てて閉じた。
何だと!? ――防いだのか?
間違い無く、意図的な動きだ。さらに刃は腕まで届かず、その直前に形成された氷の壁で食い止められている。ならばそれごと――。
「あぶないっ!」
『飛翔』で飛んできたアイシャが、横合いから俺に体当たりした。俺が居た空間に、巨人が放った小さな『氷針』が降り注ぐ。アイシャはそのまま俺を抱えて上昇すると、二人して巨人の背中に飛び降りた。墜落した、と言った方が正確かもしれない。氷でできたその広大な背中は思ったよりゴツゴツしており、滑り落ちる心配はなさそうだった。が、
「お、おじさん……っ!」
肩を叩くアイシャにどうした、と顔を向けて――俺は凍りついた。物理的に、でないのがまだ幸いだったと思う。アイシャの視線の先にあったのは、巨大な顔だった。それが、俺達を見下ろしていた。ピンク色の二本線が光る。生物としては絶対にありえない首の動き。だが、もしかして――。
「……よぉ。さっきぶりだな」
それを見上げ返して、俺は口の端を歪める。
「カッコつけてる場合ですかっ! 逃げないと!」
アイシャが言った途端、奴の目の色が変わった。物理的に、ピンクから真紅へ。……やはりか。もしかしてこいつには、感情がある? 巨人の口が開く。怒っている? 怒っているのか?
「伏せてっ!」
その口から発せられた何かを、アイシャがドーム状に張った『光壁』が防ぐ。これは――冷気? 気温が一気に下がり、『光壁』に沿って氷が付着していく。
「このままだと、埋められちゃいますっ!」
壁の中の水分が凍り付いていく。体温が下がり、肌の表面が硬直し始める。……まずいな。この冷気を止める手段が思いつかない。アイシャが防御で手一杯な以上、俺が動くしか無いが、この状態では動くに動けない。ならば――。
俺は魔素剣の芯棒の先を巨人の背中に突き立てて、刃を発した。刃の周囲が青白く光り、ボンッと音を立てて水蒸気を発する。……もっとだ、もっと長く、もっと太く! かつてのアキルのように! 氷はみるみる蒸発し、壁内が水蒸気で真っ白になった頃、そこには人一人が何とか入れそうな穴が開いていた。これを繰り返して巨人の体を通り抜けるのだ。
「アイシャ、来いっ!」
「で、でも――」
俺は眼を見張った。『光壁』の外側はほぼ完全に氷で覆われ、内側も水蒸気が凍り始めて2人の体に霜が降りている。
「いま解除すると、潰されちゃうっ!」
氷の向こうに、巨人の眼が見えた。単なる二本線が、今は嘲笑っているように見える。と――その眼の部分に光が弾けた。『爆裂』の魔法!? アイシャか? ――いや。アイシャは眼を丸くして上空に何かを追っている。空中を舞う赤い影。あれは――。
「フオフアっ!」
焔硝鳥だと? この氷漬けの階層に? そんなバカな。
影がUターンすると高度を下げて、巨人の腰側から顔に向かって凄まじい勢いで滑空する。その航跡に沿って何かが舞い散った、と思った瞬間、それが次々と爆発した。『光壁』が無ければ、どうなっていただろうか。あまりのまぶしさに俺は思わず帽子のつばを下げる。
「〜〜おじさんっ!」
アイシャが上ずった叫びを上げる。爆風が、氷を吹き飛ばしてくれていたのだ。助けてくれた、のか?
「降りるぞっ! 『飛翔』頼む!」
せっかく開けた穴を放棄して、巨人の肩口から腕に沿って飛び降りる。後から来たアイシャが俺の肩に手をやると体が発光し、『飛翔』がかかったのが分かる。落下速度を調整しながら、俺は再び腰溜めに剣を構えた。上では爆発音が続いている。巨人があちらに気を引かれているなら、今がチャンスだ。二の轍は踏まない。
魔素を集中させる。が、今度は刃を伸ばさない。広げるのでなく、集めるのだ。凝縮してそれを――一気に放つ!
目の前に関節が見えた瞬間、俺は剣を振った。その刃から発光する衝撃波のようなものが飛び出す。それは防御するかのように濃くなりかけた雪煙を突き抜けて目標に達し、一瞬の内に切断した。さらに貫通してそのまま逆側の腕に達し、その上腕部を切り裂いた。
巨人が咆哮――いや、悲鳴を上げる。そしてその巨体が揺らぎ、轟音と共に凄まじい雪煙を舞い上げながら崩れ落ちた。
◇ ◇ ◇
時間は少し遡る。巨人のケツ――いや、尻側に向かって駆け出したミルサークとドナホゥ。
「ドナホゥ、続けっ!」
ミルサークのアラクァ・バルトが再び炎の渦を発し、二人はその中を走る。
「〜〜やっぱり凄いですねぇ、コレ!」
「そうだろう。『スパイラル・ハリケーン・ファイアパンチ』、とでも名付けるか?」
「ダサッ! じゃあ、頭文字を並べて『S.H.F.P』って事でっ!」
巨人からの攻撃は無い。ネジド達がうまく注意を引き付けてくれているようだ。が、いつまで保つかは分からない。彼らがデルガームが閉じ込められた腕を切断する前に核を破壊してしまうと、腕も一緒に崩れてしまうだろう事はミルサークも理解している。だが最悪、それもやむ無しだ。自分の我儘で、このパーティーを全滅させる訳にはいかない。
――いや、違うな。
ミルサークは首を振る。
誰一人として犠牲を出すわけにはいかない、だ。
膝の関節から下が欠損したままの巨人の脚が近づく。確かにこれではロクに動けまい。デルガームの戦果だ。……無駄にはしない。
「ケツにでますよぉっ! けど――」
ドナホゥの言葉に視線を上げる。そう。問題はまだ残っている。四つん這いの姿勢になっているとはいえ、目指す核の位置はまだ遥か上空にあるのだ。
「『飛翔』かけますか? それともあたしが運びます?」
ミルサークは首を横に振る。確かに『飛翔』ならばあの位置に行くことは出来る。が、自分の武器は打撃だ。その威力を100%出すにはやはり、足場が無いと不可能だ。
「『氷柱』で、あそこまで運べないか」
「〜〜さすがにあの高さまでは」
で、あるか。
ならばどうする? 巨人の背に登る事はできそうだ。上から叩くか。それとも――。
その時ズン、という衝撃音と同時に地面が揺れた。
「な、なんでしょおっ!」
巨人がネジドの攻撃を防いだ瞬間だったのだが、2人には知る由もない。地面に入った亀裂が広がり、そこに雪が吸い込まれていくのが見える。……そうか。そっちの方が、簡単そうだな。
「な、何笑ってんですかぁ? ギルド長。……何か猛烈に悪い予感がしてきたんですけどぉ……」
「ドナホゥ、私を抱えて飛べ。上昇するだけでいい。できるだろ」
「ふぇっ!? が、頑張れば何とかかもですけど、だったらギルド長にも『飛翔』かけますよ」
「いや、私にはかけなくていい。魔力を温存したいんだ」
ミルサークは首を振り、アルクァ・バルトを擦る。
ドナホゥはぐっと唾を飲んだ。……上空から勢いをつけて、という事か。言うほど簡単な事ではない。落とす位置を間違えれば無駄になるし、巨人が動く可能性だってあるのだ。だけど――どうせ、何かしら無茶振りをされる予感はしていたのだ。やってやる! 体内の魔素を巡らす。いつもとは違う感覚。アイシャに魔力を分けて貰っておいて正解だった。
「――行きますよぉっ!」
「おうっ! 肩を持ってくれ!」
少し浮き上がり、ミルサークの肩の防具を掴む。
「ふんがあぁぁぁぁっ!! この、脳筋おっぱいめぇぇぇっ!!」
2人の体が発光し、真っ直ぐ上空へ翔んだ。思った以上の勢いに、ドナホゥは慌てて速度を緩めて空中に静止する。眼下には小島のような巨人の背中が広がる。ネジド達の姿は見えない。
「〜〜で、この後どうするんですかぁ?」
「合図をしたら、私を下に放り投げろ。思いっきり、だ」
「思いっきり、ですかぁ?」
「ああ、思いっきりだ」
「ぅわっかりましたぁッ! 積年の恨みを込めて、ぶん投げてやりますぅっ!」
「落ち着け、馬鹿者。今じゃあない。待つんだ」
鼻息を荒くするドナホゥを鎮める。
「待つって――いつまでですかぁ? うわっ!」
ドナホゥが体を捻って飛んできた『氷針』を避ける。通常サイズのものが時折飛んでくるようになっていた。さすがに、二人の存在に気づいたのだろう。〜〜まだか、ネジドっ!
その時、爆発音に下を見ると、巨人の頭部を中心にいくつもの爆発が起こっていた。
「――今だっ!」
「りょおぉおかぁいぃぃっ!」
ドナホゥはその場で数度前転し勢いを付けると、
「〜〜ぶっ飛べ、こんにゃろぉぉオッ!」
『身体強化』と、ミルサークの体重を利用した遠心力の相乗作用。ミルサークは凄まじい勢いで地面に向かう。
――いいぞ、ドナホゥ。真似させて貰うっ!
ミルサークはアルクァ・バルトの両手を合わせて握ると、体を丸めて回転する。……落ち着け。全力を出してはダメだ。回転を合わせろ。タイミングが全てだ。
上空で目を回しかけていたドナホゥは、その目を見開いた。ミルサークが巨人の尻の上辺りに落ちるよう、投げた筈だ。だがその落下地点がズレてきている。回転してるから?
「ギルド長ォっ!」
あっ、と思った時は遅かった。ミルサークの体は巨人の体を通り過ぎ、そのまま地面へ落下した。




