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シビルの子  作者: 健人


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34/35

34.「……私、分かるかもしれない」

 氷の巨人(フリムスルス)の腕を駆け抜けようとしたあの時。俺の視界に入ったのは、氷に閉じ込められた男の姿だった。

 歪んだ巨人の右腕。一度溶かされたのではないか、とミルサークは言ったが、それはこの男がやったのか。だとするとまさかとは思ったが――まさか、思った通りだったとは。あれはかつてミルサークのパーティーを襲い、彼女の恋人を奪った魔物。


 ……なんて巡り合わせだ。


「間違い無いのか」


 差し出された遠眼鏡を受け取る。ミルサークは無言のままだったが、その眼を見れば分かった。


 ――そうか。


「……じゃあ、倒すしかないな」


 俺の言葉に、ミルサークが眼を見張った。


「その為に来たんだろ?」


 彼女は何かを言いかけたが、皆の顔を見て無そのまま無言で口を閉じた。


「あの腕の中に、いるって事ですか?」


 ドナホゥが俺から遠眼鏡を奪い、目を凝らす。


「……多分、脚をやったのも(デルガーム)だ。腕を溶かして力尽き、巨人が回復する時に取り込まれたんだろう」


 俺が見たその姿は、まるで生きているようだった。氷に取り込まれたのが幸いしたのだろう。


「でも、どうやって? さっきネジドさんが付けた傷も、もう回復しちゃってますよぉ?」


 ……体の氷を傷付ける程度では、意味が無いのだろう。アイシャの『火炎』で部位を丸ごと消し去れば――。だが遠距離攻撃は防がれるし、近付きすぎれば攻撃範囲が狭くなる。土手っ腹に大穴を開けたとしても、倒せるとは思えない。

 だが、方法はあるはずだ。奴の脚が不自由なままであるのが何よりの証拠。


「……関節か」


 俺の言葉にミルサークが頷く。あのパイプのような部分から切り離せば、おそらく復活は出来ない。――だとすると、首を切り落とせば倒せるのだろうか。


「どこかに、核がある。それを潰せば、確実に倒せる筈だ」


 核――つまり、魔石か。ミルサークは頷く。


「色々調べたんだよ。ギルド長の特権を使ってな。だが、場所までは分からなかった」


 俺は改めて奴の姿を確認する。常識的に考えれば、頭? もしくは正中線沿いのどこかだろうが――さすがにあの巨体では範囲が広すぎる。一刀両断という訳にはいかない。それに表面を削る程度ではダメだろう。やはり場所を特定して、そこを確実に破壊しなければ。


「……私、分かるかもしれない」


 3人の視線が一斉に、言葉を発したアイシャに注がれる。


「つまりあれは魔力で動いている人形で、それは魔石から供給されているって事ですよね。なら、魔素の流れを見れば――」

「見れるのか」

「一応、迷宮の民(マタハット)ですから」

 アイシャは笑って、自身の金色の瞳を指した。「でも、ここからじゃダメです。もっと近付かないと」


 そういえば、リドワンも言っていたな。「見えるモノが変わる」、と。――了解だ。いずれにしても、接近しないと勝てないのだ。


「じゃあさっきと同じように――って、伏せてくださぁいっ!」


 ドナホゥが叫ぶと同時に『光壁』を発する。周囲に巨大な氷針が着弾し、地面が揺れる。雪煙が舞い上がり、視界を塞ぐ。


「……思ったより頭がいいぞ。距離を測っているんだ」

『光壁』が大きな塊を弾く音に首を縮めつつ、ミルサークが言った。「時間が無い。――行くぞ。近付いたら、二手に分かれる。私が核を叩く。貴様はデルガームを頼む」


「……いいのか」

「私は『斬る』のが苦手なのでね。頼んだぞ」


 ミルサークは口の端を歪めて、俺は頷いた。……彼女は冷静だ。


「じゃあまた『火炎』で――」

「いや、今度は私がやる。アイシャは核を探す事に集中してくれ」


 言いかけたアイシャを止めてミルサークがアラクァ・バルトを擦ると、その右手の甲に嵌められた魔石が赤い光を放つ。魔素が集まっていく。それが凝縮され、力が溜まっていくのが分かる。――分かる? 何故俺はそんな事が――。


「ドナホゥ、皆に『身体強化』をかけ直せ。――行くぞっ!」

「行くって――うぉわぁッ!」


 ドナホゥが仰け反ったのも無理はない。ミルサークが叫ぶや否や右腕を振ったその瞬間、アラクァ・バルトが炎をまとい、拳の先から吹き出した。それは拳の勢いそのままに轟音を立てながら渦を巻き、巨大な炎の(リング)となって巨人に向かって突進する。


「あの中に入る!」


 ミルサークが駆け出し、アイシャが続く。唖然としていたドナホゥを抱えて俺も後を追った。炎に囲まれ、守られながら進む。


「いやこれってある意味、追い立てられてるっていいませんかぁっ?」


 ドナホゥの悲痛な叫びが聞こえる。……確かに。炎は俺達が走る部分より下の氷をえぐりながら回転しているが、少しでもスピードを緩めると足元まで溶かされてしまう。走り続けなければ、大火傷だ。


「〜〜どうだっ!」


 ミルサークがアイシャに向かって叫ぶ。


「ダメですっ! 正面からだとっ!」


 巨人は四つん這いになっている。その状態だと見える範囲が重なってしまうのだ。

「左に周り込むぞ! ついて来いっ!」


 新たな炎の渦が発生すると同時に、これまでのものが消える。その間も『氷針』や氷の柱は絶え間なく降り注ぎ、地面を揺らし続けている。嫌な予感を感じたその瞬間、ミルサークが叫んだ。


「クレバスだ、飛べっ!」


 正面の足元にぽっかりと開いた地獄への隙間。これだけの振動だ。そりゃあヒビの1つも入るだろうさ。


「……見えたっ!」


 アイシャが口走った。が、すぐに口ごもんでしまう。


「どうした? どこだ!」


 叫ばなければ聞こえない。


 アイシャは一瞬躊躇したようだったが、思いきったように顔を赤くしながら叫んだ。


「股です! 股間ですっ! 男の人の、その――()()と同じ場所、ですっ!」

「……なるほど、奴は男だったのだな」

 ミルサークがニヤリと笑った。「任せろ。()()を潰すのは、大得意だ」


 俺の股間に悪寒が走ったのは、気の所為だと思いたい。


 俺達は一度、小山の陰で足を止めた。奴は俺たちを見失ったのか、見当違いの方向に『氷針』を撃ちまくっている。振動が凄まじく、周囲にもうもうと雪煙と水蒸気が立ち込める。


「絶好の目くらましだな。――ドナホゥ、一緒に来い」

「へァッ!? あ、あたしですかぁっ!?」


 ミルサークの言葉にドナホゥが目を丸くする。


「アイシャはネジドと一緒に行け。フォローをしつつ、奴の気を引くんだ」

「わ、分かりました」

「あ、あの、あの、あ、あたしなんかじゃあなくて、アイシャちゃんの方が――」

「お前が私を守るんだよ、ドナホゥ。さっき、崖下に落ちた私を助けてくれただろう。……信じてるぞ」


 ドナホゥは無言で口だけを動かしていたが、やがてそれを閉じて頷いた。そして青ざめた顔をアイシャに向けた。


「――アイシャちゃん、お願いがあります。4層でやったように、あたしに魔力を分けて欲しいです」

「え? でも――」

「あたしは別の国の人間だし、影響は少ないんじゃあないですか? 出来る範囲でいいから、お願いです。……今のままじゃあ、足りないんです。多分、きっと、そうなんです」


 アイシャは頷いて、差し出された掌に光る自分の掌を重ねた。


「……大丈夫ですか?」

「ありがとうですぅ! 何とか、なりそうです!」


 おずおずと尋ねたアイシャにドナホゥは笑顔を見せて、全員に改めて『身体強化』をかけた。確かに、以前より効果が高まったような気がする。


「じゃあ、行くか。全員、死ぬなよ。まだ先は長いんだからな」


 ミルサークが左拳を差し出す。


「……ウンザリするような事を言うなよ」

「事実だろう?」


 ま、そうなんだが。


 4つの拳が合わさる。


「我らに、幸運を」


 俺達は同時に言うと、二手に分かれて飛び出した。巨人は俺達の位置を把握したのか、四つん這いの体勢のまま方向転換をしようとしている。が、やはり片脚が欠損している為が動作が遅い。ゆっくり、少しずつ、体を引きずりながら動くその姿はまるで巨大な赤ん坊のようだ――いや老人、か?


「脇下から回り込む!」

「はいっ!」


 アイシャが成長――でないが体が大きくなった為、俺と走るペースを合わせられるようになったのは有り難い。急がねばならない。もし、先に核を破壊されてしまうと、腕も含めて全身が崩れてしまうかもしれない。もしそうなったら、今のような綺麗な状態での遺体回収等できないだろう。その前に、遺体が閉じ込められた右の前腕部を関節から切断するのだ。もし、切断と同時に崩れたとしても、前腕だけなら何とかなる可能性がある。


「『火炎』、いきますっ!」

「おうっ!」


 アイシャの両掌が赤く光り、炎が立ち上がる。そのまま筋を描いて放射される――と思った俺は、眼を見張った。アイシャは炎を弾のように丸くすると、それを連続で発射したのだ。いわば『火炎弾』。なるほど、『火炎』は同時に出せるのはそれぞれの手からの2本が限度だが、こうして数を増やせばその分奴の気を引きやすくなるし、防がれる可能性も低くなる。良い判断だ。――奴はどうする?


 と――奴の周囲を舞っていた雪煙がその場で止まった。空中でだ。次の瞬間、火炎弾の正面だけに集中して壁を形成し、それらをピンポイントで防ぐ。

 ……やるな。だが、こちらに注意を引けたのは事実だ。それに近づく事はできた。さあ、もう一度接近戦だ!


 俺は魔素剣の刀身を発した。

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