34.「……私、分かるかもしれない」
氷の巨人の腕を駆け抜けようとしたあの時。俺の視界に入ったのは、氷に閉じ込められた男の姿だった。
歪んだ巨人の右腕。一度溶かされたのではないか、とミルサークは言ったが、それはこの男がやったのか。だとするとまさかとは思ったが――まさか、思った通りだったとは。あれはかつてミルサークのパーティーを襲い、彼女の恋人を奪った魔物。
……なんて巡り合わせだ。
「間違い無いのか」
差し出された遠眼鏡を受け取る。ミルサークは無言のままだったが、その眼を見れば分かった。
――そうか。
「……じゃあ、倒すしかないな」
俺の言葉に、ミルサークが眼を見張った。
「その為に来たんだろ?」
彼女は何かを言いかけたが、皆の顔を見て無そのまま無言で口を閉じた。
「あの腕の中に、いるって事ですか?」
ドナホゥが俺から遠眼鏡を奪い、目を凝らす。
「……多分、脚をやったのも彼だ。腕を溶かして力尽き、巨人が回復する時に取り込まれたんだろう」
俺が見たその姿は、まるで生きているようだった。氷に取り込まれたのが幸いしたのだろう。
「でも、どうやって? さっきネジドさんが付けた傷も、もう回復しちゃってますよぉ?」
……体の氷を傷付ける程度では、意味が無いのだろう。アイシャの『火炎』で部位を丸ごと消し去れば――。だが遠距離攻撃は防がれるし、近付きすぎれば攻撃範囲が狭くなる。土手っ腹に大穴を開けたとしても、倒せるとは思えない。
だが、方法はあるはずだ。奴の脚が不自由なままであるのが何よりの証拠。
「……関節か」
俺の言葉にミルサークが頷く。あのパイプのような部分から切り離せば、おそらく復活は出来ない。――だとすると、首を切り落とせば倒せるのだろうか。
「どこかに、核がある。それを潰せば、確実に倒せる筈だ」
核――つまり、魔石か。ミルサークは頷く。
「色々調べたんだよ。ギルド長の特権を使ってな。だが、場所までは分からなかった」
俺は改めて奴の姿を確認する。常識的に考えれば、頭? もしくは正中線沿いのどこかだろうが――さすがにあの巨体では範囲が広すぎる。一刀両断という訳にはいかない。それに表面を削る程度ではダメだろう。やはり場所を特定して、そこを確実に破壊しなければ。
「……私、分かるかもしれない」
3人の視線が一斉に、言葉を発したアイシャに注がれる。
「つまりあれは魔力で動いている人形で、それは魔石から供給されているって事ですよね。なら、魔素の流れを見れば――」
「見れるのか」
「一応、迷宮の民ですから」
アイシャは笑って、自身の金色の瞳を指した。「でも、ここからじゃダメです。もっと近付かないと」
そういえば、リドワンも言っていたな。「見えるモノが変わる」、と。――了解だ。いずれにしても、接近しないと勝てないのだ。
「じゃあさっきと同じように――って、伏せてくださぁいっ!」
ドナホゥが叫ぶと同時に『光壁』を発する。周囲に巨大な氷針が着弾し、地面が揺れる。雪煙が舞い上がり、視界を塞ぐ。
「……思ったより頭がいいぞ。距離を測っているんだ」
『光壁』が大きな塊を弾く音に首を縮めつつ、ミルサークが言った。「時間が無い。――行くぞ。近付いたら、二手に分かれる。私が核を叩く。貴様はデルガームを頼む」
「……いいのか」
「私は『斬る』のが苦手なのでね。頼んだぞ」
ミルサークは口の端を歪めて、俺は頷いた。……彼女は冷静だ。
「じゃあまた『火炎』で――」
「いや、今度は私がやる。アイシャは核を探す事に集中してくれ」
言いかけたアイシャを止めてミルサークがアラクァ・バルトを擦ると、その右手の甲に嵌められた魔石が赤い光を放つ。魔素が集まっていく。それが凝縮され、力が溜まっていくのが分かる。――分かる? 何故俺はそんな事が――。
「ドナホゥ、皆に『身体強化』をかけ直せ。――行くぞっ!」
「行くって――うぉわぁッ!」
ドナホゥが仰け反ったのも無理はない。ミルサークが叫ぶや否や右腕を振ったその瞬間、アラクァ・バルトが炎をまとい、拳の先から吹き出した。それは拳の勢いそのままに轟音を立てながら渦を巻き、巨大な炎の輪となって巨人に向かって突進する。
「あの中に入る!」
ミルサークが駆け出し、アイシャが続く。唖然としていたドナホゥを抱えて俺も後を追った。炎に囲まれ、守られながら進む。
「いやこれってある意味、追い立てられてるっていいませんかぁっ?」
ドナホゥの悲痛な叫びが聞こえる。……確かに。炎は俺達が走る部分より下の氷をえぐりながら回転しているが、少しでもスピードを緩めると足元まで溶かされてしまう。走り続けなければ、大火傷だ。
「〜〜どうだっ!」
ミルサークがアイシャに向かって叫ぶ。
「ダメですっ! 正面からだとっ!」
巨人は四つん這いになっている。その状態だと見える範囲が重なってしまうのだ。
「左に周り込むぞ! ついて来いっ!」
新たな炎の渦が発生すると同時に、これまでのものが消える。その間も『氷針』や氷の柱は絶え間なく降り注ぎ、地面を揺らし続けている。嫌な予感を感じたその瞬間、ミルサークが叫んだ。
「クレバスだ、飛べっ!」
正面の足元にぽっかりと開いた地獄への隙間。これだけの振動だ。そりゃあヒビの1つも入るだろうさ。
「……見えたっ!」
アイシャが口走った。が、すぐに口ごもんでしまう。
「どうした? どこだ!」
叫ばなければ聞こえない。
アイシャは一瞬躊躇したようだったが、思いきったように顔を赤くしながら叫んだ。
「股です! 股間ですっ! 男の人の、その――それと同じ場所、ですっ!」
「……なるほど、奴は男だったのだな」
ミルサークがニヤリと笑った。「任せろ。そこを潰すのは、大得意だ」
俺の股間に悪寒が走ったのは、気の所為だと思いたい。
俺達は一度、小山の陰で足を止めた。奴は俺たちを見失ったのか、見当違いの方向に『氷針』を撃ちまくっている。振動が凄まじく、周囲にもうもうと雪煙と水蒸気が立ち込める。
「絶好の目くらましだな。――ドナホゥ、一緒に来い」
「へァッ!? あ、あたしですかぁっ!?」
ミルサークの言葉にドナホゥが目を丸くする。
「アイシャはネジドと一緒に行け。フォローをしつつ、奴の気を引くんだ」
「わ、分かりました」
「あ、あの、あの、あ、あたしなんかじゃあなくて、アイシャちゃんの方が――」
「お前が私を守るんだよ、ドナホゥ。さっき、崖下に落ちた私を助けてくれただろう。……信じてるぞ」
ドナホゥは無言で口だけを動かしていたが、やがてそれを閉じて頷いた。そして青ざめた顔をアイシャに向けた。
「――アイシャちゃん、お願いがあります。4層でやったように、あたしに魔力を分けて欲しいです」
「え? でも――」
「あたしは別の国の人間だし、影響は少ないんじゃあないですか? 出来る範囲でいいから、お願いです。……今のままじゃあ、足りないんです。多分、きっと、そうなんです」
アイシャは頷いて、差し出された掌に光る自分の掌を重ねた。
「……大丈夫ですか?」
「ありがとうですぅ! 何とか、なりそうです!」
おずおずと尋ねたアイシャにドナホゥは笑顔を見せて、全員に改めて『身体強化』をかけた。確かに、以前より効果が高まったような気がする。
「じゃあ、行くか。全員、死ぬなよ。まだ先は長いんだからな」
ミルサークが左拳を差し出す。
「……ウンザリするような事を言うなよ」
「事実だろう?」
ま、そうなんだが。
4つの拳が合わさる。
「我らに、幸運を」
俺達は同時に言うと、二手に分かれて飛び出した。巨人は俺達の位置を把握したのか、四つん這いの体勢のまま方向転換をしようとしている。が、やはり片脚が欠損している為が動作が遅い。ゆっくり、少しずつ、体を引きずりながら動くその姿はまるで巨大な赤ん坊のようだ――いや老人、か?
「脇下から回り込む!」
「はいっ!」
アイシャが成長――でないが体が大きくなった為、俺と走るペースを合わせられるようになったのは有り難い。急がねばならない。もし、先に核を破壊されてしまうと、腕も含めて全身が崩れてしまうかもしれない。もしそうなったら、今のような綺麗な状態での遺体回収等できないだろう。その前に、遺体が閉じ込められた右の前腕部を関節から切断するのだ。もし、切断と同時に崩れたとしても、前腕だけなら何とかなる可能性がある。
「『火炎』、いきますっ!」
「おうっ!」
アイシャの両掌が赤く光り、炎が立ち上がる。そのまま筋を描いて放射される――と思った俺は、眼を見張った。アイシャは炎を弾のように丸くすると、それを連続で発射したのだ。いわば『火炎弾』。なるほど、『火炎』は同時に出せるのはそれぞれの手からの2本が限度だが、こうして数を増やせばその分奴の気を引きやすくなるし、防がれる可能性も低くなる。良い判断だ。――奴はどうする?
と――奴の周囲を舞っていた雪煙がその場で止まった。空中でだ。次の瞬間、火炎弾の正面だけに集中して壁を形成し、それらをピンポイントで防ぐ。
……やるな。だが、こちらに注意を引けたのは事実だ。それに近づく事はできた。さあ、もう一度接近戦だ!
俺は魔素剣の刀身を発した。




