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シビルの子  作者: 健人
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1.過去編 その1「どうやら、間に合ったようだな」

 相手の攻撃を弾き飛ばして、俺は一度息をつく。一瞬動きが止まったように見えただろう。その機を見逃さず、相手はトドメをささんと両手の爪を剥き出しにして飛びかかって来た。が、それは直前で発生した光の壁に跳ね返される。いつもの事ながら、これ以上ない絶妙なタイミング。術士が内心浮かべてるであろうドヤ顔が目に見えるようだ。

 間髪入れず俺は飛び出し、地面に倒れてこちらに向けられた両足に追撃を入れる。注意を引くと同時に動きを阻害できればそれでいい。とどめは――。


「やれっ!」


 俺が叫ぶのとほぼ同時に光の矢の如く飛び込んできたアキルが、手にした獲物を振った。肩口からの袈裟懸け一閃。相手は、斬られた事にも気付かなかったかもしれない。咆哮と共に牙を剥き出して――その頭部を含む巨大な半身は、血を吹き出しながら地面に落ちた。


「っしゃ!」


 アキルはぐっと拳を握りしめてガッツポーズを決める。


「お疲れ様!」

 笑顔でこちらに歩いてきたのは光の壁を出した術士、ファティ。「初めて見る魔物だったけど、大した事なかったわね?」


「この剣が凄いんだよ」


 アキルは魔素粒子で青白く光る剣を掲げ、目を細めた。次の瞬間スッと刀身が消え、残った細い芯棒も柄の中へと収納され、残ったのは筒状の柄部分のみ。


「この剣を貰った時は、何の冗談かと思ったぜ。なんせ、柄だけなんだからな」


 集まった俺達はそれぞれ左手を差し出し、拳を合わせる。


「……魔石の補給を忘れるなよ? いくらお前でも、魔力の消費は結構あるだろう」

「まあな。だけどまさか、魔素で(やいば)を成形する――そんな事ができるなんてなぁ」


 今回の迷宮への潜航前に、俺がアキルにプレゼントした『魔素剣』。その名の通り、芯棒を軸として魔素の刃を成形する。切れ味もさることながら、伸縮も自在。どこぞの物好きがコストを無視して造り上げたらしいが、装填した魔石を一瞬で蒸発させる燃費の悪さで全く売れず、冒険者ならば使いこなせるかとヘブロンへ流れてきたのを俺が発見した、というワケだ。自分が使うには厳しいが、魔力量がかなり高いアキルだったら――と思ったのである。それは、正しかったようだ。


「結婚祝いだって、言ったろ。どんどん魔物を倒して、稼いでくれ。そして俺にも儲けさせてくれると、助かる」


 アキルは笑って俺の肩を叩くと、魔石の回収へと向かう。


「……ありがとう、ネジド」


 ファティが言った。その微笑みの眩しさに、俺は思わず顔を逸してしまう。


「あの人、本当に喜んでたわ。……けど、このパーティーは3人揃ってこそ、だからね。だから――」

「分かってる。大丈夫だよ。まだ、俺達の目的を果たしてないしな」


 パーティー解消の主な原因の一つが男女関係の縺れだというのは、知られた話だ。だがこのパーティーに限っては無用の心配である。アキルとファティ、誰から見ても完璧なカップルに俺が入る隙など、ある筈がないからだ。


 ◇ ◇ ◇


 俺達3人は、冒険者学校時代の同級生だ。学生時代は会話を交わす事はほぼ無かったのだが、2人が不動の成績学年1位、2位であり、交際もしている最強カップルである、という事位は知っていた。人付き合いが苦手な俺としては、その情報だけで関わり合いを避ける理由に十分成り得たのである。


 何故、いつもあんなに明るいのか。何故、他人に優しくできるのか。ひょっとしたら、馬鹿なのではなかろうか。いや、間違いなく馬鹿に違いない。

 俺は遠くから彼らを見る度に心に沸き起こる疼きを不快感と決め付けて、1人で自分を鍛え続けた。


 卒業して、迷宮に潜るようになってからも俺はソロを貫いていた。実際、冒険者が実利目的以外の目的でパーティーを組む事は殆ど無い。皆、どこかで他人を信じていない。そういう、そうさせられてしまった人間だからだ。5歳になったあの日。受けていた寵愛が一夜にして疎外へ、軽蔑へ、嫌悪へと変わったあの瞬間の事を、俺は一生忘れないだろう。

 怒りこそが力の源。そう信じて迷宮を進んだ。冒険者学校で教わった迷宮探索の目的は魔物を倒し、魔石を手に入れる事。『壁の外』の王国民へ安定して魔石を供給する為にお前達『魔女の落し子』はいるのだと、そう教えられた。


 クソ喰らえだ。


 俺の目的は迷宮最深部に居るという魔女を倒して、この迷宮そのものを潰す事だ。魔石の供給が断たれる? 知った事か。


 2層迄はさほどの苦労は無かった。だから、慢心していたのかもしれない。3層で出会った、集団で襲いかかってくる小鬼(ゴブリン)らに俺は体力を削られ、逃げようとしても逃げ切れず、丸2日間戦い続けた。数の暴力。俺は死を覚悟した。

 その時、光り輝く壁が、お椀を被せるような形で子鬼達を包みこんだ。それは奴らを中央へ集め、押し潰しながら収縮して、残ったのは半球状に固められた大量の小鬼どもの死体。

 光の壁は防御の手段として一般的な魔法だが、こんな使い方があるなんて。それに規模が尋常でなく大きい。唖然とする俺の前に、1人の冒険者が姿を見せた。


 ――天使だ、と思った。


 数年振りだったが、忘れる事はない。ファティだった。


「――大丈夫?」


 俺は崩れ落ちそうになる膝を唇を噛んで何とか維持し続けた。まだ安心はできない。小鬼の集団には大抵、それを束ねる大将が居る。そいつがまだ近くに――。

 その時、魔物が発する断末魔の叫びが響き渡った。……そうだよな。ファティがいるならば、あいつもいる筈だ。俺は1つ息を吐いて、片膝をつく。


「動かないで。すぐに手当てを――」


 俺は視線を上げた。


「そっちこそ、動くな」


 当惑するファティの眼が、俺のボロボロになったマントの下で光るナイフの刃を確認して見開かれる。次の瞬間に投げられたそれはファティの顔面すれすれを通過し、今まさに彼女の後頭部に石斧を振り下ろさんとしていた小鬼の眉間に突き刺さった。


「……気付いてたのよ?」

「そうか。余計な事をしたな」


 何となく彼女の声が上ずっているようだったが、気のせいという事にする。


「――おい! 無事か?」


 刃についた血糊を払いながら、もう一人が姿を現す。命の恩人には違いないが、こちらはどう見ても天使には見えない。


「どうやら、間に合ったようだな」

 アキルは地面に腰を下ろした俺を見て、剣を鞘に収めた。「大将はやったぜ。残党も逃げていったようだ。しかし――」


 アキルは死体の小山を見上げ、


「こりゃ、魔石集めが大変だな。手伝えよ?」


 ファティから貰った回復薬を少しずつ口に含みながら、俺は爽やかに笑うアキルを見上げた。昔以上に眩しく感じるのは、その位置関係からだけではないだろう。

 礼を言うべきだ。言わなければならない。昔のわだかまり等所詮、俺が勝手に抱えていただけなのだから。これ以上、恥を重ねるな。

 俺が意を決して口を開こうとしたその時、ファティが言った。


「無理して、話さなくていいのよ。ちゃんと回復薬を飲んで。傷が塞がったら、魔法をかけるから」


 ……やっぱり、天使だな。俺は心が軽くなるのを感じた。


「――ありがとう。済まない、おかげで、助かった」


 そして自分でも驚く程滑らかに、感謝の言葉を口にしていた。しかし、2人同時にそこまで驚かれるといたたまれなくなってくる。


「……本心だぞ。少しは反応してくれると、助かるんだが」

「あ、ああ、済まない」

 アキルは、立ち上がろうとした俺に手を差し出す。「どうも俺たちは、お互い誤解があるのかもしれないな」


「……かもな」


 その手を握り、俺は立ち上がる。傷は塞がっていた。魔法をかけようとするファティを制して、俺は言った。


「さっき、『間に合った』と言っていたよな」


 ああ、とアキルは頷く。


「3層で最近、小鬼の大発生が起こってるって情報流れてたろ? そんな最中にソロで行くって奴の事を聞いたものでね。どんなバカかと思ったら、聞いたことある名前じゃないか」


 小鬼の情報は当然知っていた。魔石の稼ぎ時とも言えるので、多くの冒険者が迷宮に潜っていた。その隙をついて戦闘を避けつつ先へ進もう、と思って潜ったバカが、俺というわけだ。目論見は外れ、小鬼どもに殺される寸前だった。


「ファティに感謝しろよ? 彼女が助けようって、言い出したんだから」

「あなただって、『知った名前が死ぬかもしれないのを放っておくのは寝覚めが悪い』って言ってたじゃない」


 相変わらずの、夫婦漫才。しかし何故だろう。昔感じた不快感は無い。彼らが変わったのか、俺が変わったのか。

 その時、アキルが真剣な顔で言った。


「ま、気にするな。俺達にも、お前を助けたかった理由がちゃんとあるんだ」

「……どういう事だ?」

「それは戻ったら話すよ。それ位の時間は、貰ってもいいだろ?」


 アキルがそう言って俺の肩を叩いた瞬間、体が軽くなった。回復魔法をかけたのだろう。


「今はまず、魔石を集めようぜ! 本来こっちが主目的だからな」

「俺はついでか」

「ああ。そうした方が、気負わずに済むだろ?」


 歩き出す2人の背を見て、俺は自分の顔がほころんでくるのを感じた。

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