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代筆者

作者: スバ

 私たち夫婦は二人一組の共同作家。夫が物語を描き、私はそれを言葉で彩る。今日も創作を始めるにあたり、私は夫へ一言を求めた。


「あなた、はじまりはどうなさいますか?」

「そうだな……導入は『ジチョウ』にしよう」

「分かりました」


 夫のなごやかな声を合図に、私はペンを走らせる。


……


 あなたの前に、ある一羽の鳥が現れました。その鳥は全身が真っ黒で、どうやらゴミを漁っている途中のようです。さて、皆さんはこの鳥にどのような呼び名を付けますか? ……えっ、それはカラスじゃないかって? 確かにそうかもしれません。全身が真っ黒で、その上ゴミを漁っている鳥と聞けば、普通の方なら即座に「カラス」という言葉を言い放つことでしょう。

 ですが、私の夫は違いました。大人になった今でも、彼は皆さんが頭に浮かべているカラスのことを「ジチョウ」と呼ぶのです。不思議ですよね。同じ人間であるのに、なぜこうも呼び方に違いが生まれるのか。

 そこで、私は夫にある質問を投げかけてみました。


「どうして、カラスのことをジチョウと呼ぶの?」


 彼からの返答は驚くようなものでした。


「だって、カラスは人間がいらなくなったものを食べてくれているんだよ。とっても慈悲深い鳥じゃないか」


 慈悲深い鳥……慈鳥(ジチョウ)。なんだか可笑しくって、ついつい笑ってしまいました。ですが、私はそんな夫の感性を大変気に入っております。


……


 一節を書き終え、私は夫に次の一言を求めた。


「あなた、次はどうなさいますか?」

「そうだな……次は『ハワイ』にしよう」

「分かりました」


 夫のはかなげな声を合図に、私はペンを走らせる。


……


 私の夫には他にも不思議なところがたくさんあります。その一例をあげる前に、私からもう1つだけ皆さんに聞きたいことがあります。皆さんは、ハワイへ行ったことはありますか? ちなみに私はまだありません。広大な白い砂浜に、地平線まで続く美しい海。リゾート地を満喫した後はホテルに戻り、夜景を見ながら優雅にワインをたしなむ……ハワイと聞くと、私はそんなことを想像してしまいます。

 なぜそんなことを聞くのかって? その一言を待っていました。おそらく、皆さんはハワイと聞くと、太平洋の中央にある火山列島を思い浮かべますよね。ですが、私の夫の感性はやはり特殊です。夫は日本の南西端、つまり沖縄県のことを「ハワイ」だというんですと。ほんと、面白い人だなって思います。世界地図でハワイと沖縄は全くの別物とされているのに、それを同一だと言い張るのですから。ですが、夫が沖縄を「ハワイ」と呼ぶのは、彼がそれだけ地元を愛して止まないことの表れなのだとも同時に思います。


……


 一節を書き終え、私は夫に最後の言葉を求めた。


「あなた、最後はどうなさいますか?」

「そうだな……最後は、『戦争』にしようか」

「分かりました」


 遠ざかる夫の声を合図に、私はペンを走らせる。


……


 そろそろ、終わりの時間が近づいてまいりました。皆さまとお別れしなければならないことを、たいへん心苦しく思います。

 さて、私たち夫婦が皆さまへ紹介する最後の言葉は、「戦争」です。えっ……戦争が最後? そう思う方もいらっしゃるかとは思いますが、どうか最後まで落ち着いて読んでいただきたいです。

 これまでの話から分かる通り、私の夫は不思議な感性を持ち合わせております。ですので、今回皆さまにお伝えした「戦争」も当然ながら普通の意味ではございません。夫のいう「戦争」とは、宮城県の八川やかわ市にて起きた、ある一件の火事のことを示唆しております。

 当時、火災発生場所である住居にはある1人の男児が取り残されていました。本名を避けるため、ここではその子のことを仮にA君と呼ばせていただきます。近くに勤めていた父と母は自宅で火事が起きていることを聞きつけると、急いで我が家へと向かい始めました(以降、A君の父親をBさん、A君の母親をCさんと呼ばせていただきます)。

 先に到着したCさんは自宅へと燃え広がる火の勢いに圧倒され、地面に膝をついて絶望することしかできませんでした。しかし、後から来たBさんはA君がまだ取り残されていることを知ると、なんと、わが身を顧みず自ら業火の中へと飛び込んでいったのです。そして数分後、火中からは火傷を負ったA君と、それを抱えるBさんが出てきました。まさに、奇跡の瞬間といえます。

 幸いにも二人の命に別状はなく、数か月後には二人とも無事に退院を遂げました。しかし、A君を助けた代償として、Bさんは目にやけどを負い視力を失ってしまいました。当時、小説家として活動していたBさんにとって、創作家の要ともいえる目を失ったことは彼に大変な悪影響をもたらしました。

 それでも、Bさんは諦めませんでした。小説家として生き残る道を選び、ただひたすらに原稿へとペンを走らせました。「誰かの心に残る物語を描きたい」という一心で。そんな夫の姿に感化されてか、CさんはBさんにあることを提案しました。


「私が、あなたの描く物語を書き起こします」


 それからというもの、夫婦は共同作家として互いに助け合い、数多くの素晴らしい作品を生み出してきました。Bさんが大まかな物語を思い描き、Cさんがそれを言葉で彩る。二人の連携は、まさに阿吽の呼吸ともいえるほど完璧なものでした。

 そして、夫婦は最後の瞬間まで、互いに愛し合っていました。心臓癌にかかり余命いくばくとなったBさんの手を、Cさんは最後の瞬間まで優しく握りしめていました。来世で、また再会できることを願いながら。


……


沙月さつき

「はい、なんでしょう」

「私は……君の物語を創れたのだろうか」

「……はい、もちろんですとも」

「そうか……それなら、よかった……」


 病室へ温かな日差しが差す。その瞬間、物語は安らかに終わりを迎えた。

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