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鋭い彼女  作者: 村上有紀
3/3

困惑

時間が無くて全然修正できませんでした・・・。

実際にラブレターもらったら、こんな感じなのかなと想像をフル回転させて書いてます。

表現不足は平にご容赦を。

 その日は、どうやって家に帰ったのか全く思い出せない。

 いつも通り河川敷には行ったはずだが、自転車に乗った記憶すらない。

 それでも家に帰ってこれるのだから、たいした物だ。

 そういえば、酔っぱらってベロベロの状態でも家には帰り着くものだと聞いたことがある。

 帰巣本能というらしい。

 本当に人間はよくできている。いや、今は人間心理を追求する時間ではなく、この手紙にどう対処するかを考える時間だ。

 手紙が俺宛だと理解させた後、彼女は『返事は急がなくていいから』と言い残してその場を去って行った。

 一方、俺の方はというと、気がつけば自宅前に居り、家族に手紙が見つからないように不自然なくらい鞄を大事に抱えて部屋に戻ってきた。

 玄関にはいつもどおり妹の弥生が居たが、挨拶もそこそこに階段を駆け上がった。

 弥生は勘が鋭いので、もう少し自然に振る舞いたかったが、そんな余裕はなかった。

 まあ今は弥生のことは置いておいて、手紙の中身を確認することが先決だろう。

 改めて手紙を見ると宛名に自分の名前が書いてあるのが信じられない。

 鏡が無いのでわからないが、口元の筋肉が緩んでいるので、相当だらしない顔になっていることだろう。家族には絶対見せたくないな。

 手紙はシールでふうがされていたが、漫画で見るようなハートではなかった。実の二つ付いたさくらんぼだ。

 彼女の趣味なのか、またはこの封筒に付いていたシールをそのまま使ったのかは判らない。

 シールが破れないように丁寧にはがした後、中の便せんを取り出した。初めて読むラブレターという名の文章に、マラソンの時より心臓の鼓動が速くなるのを感じる。心なしか手も震えている。

 手紙は三つに折られており、色はピンク。

 いかにも女の子が使いそうな便箋で、俺が持っているのを端から見ればラブレターだとすぐにバレそうだ。

 震える手で便せんの折りを戻して、本来の長方形に戻す。

 女の子が書いたとすぐに判る字が目に入る。

 ちょっと眩しさすら感じる。


 はやる気持ちを抑えながら文章の先頭から読んでいった。精神的に余裕のない状態だったので正確に理解できているかは疑問の余地が残るが、要約すると手紙には次のようなことが書かれていた。



・彼女の名前は、〝手塚はるみ〟

・彼女のクラスは〝一年六組〟(ちなみに俺は一年二組)

・以前から俺のことが気になっていた

・自分(彼女)と付き合ってほしい

・返事は三日後の昼休みに屋上で聞かせてほしい



 これは数学よりも難問だ。

 もし彼女が顔見知りで少しでも気になっていた娘なら、二つ返事でOKするに違いない。

 しかし、俺は彼女を構内で見かけた記憶すらなく、当然ながらどんな性格で何に興味を持っているのかも判らない。

 判っているのは、俺好みの髪型をしていることだけ。これでは判断材料が少なすぎる。

 そもそも彼女は、俺の何処に好意を抱いたというのか? 手紙には、それについては一切触れられていない。

 クラスも違う訳だから、ほとんど接点はなかった筈だ。

 せいぜい廊下ですれ違うくらいだろう。

 言うのも虚しいが、俺はルックスの良い方ではない。

 よって廊下ですれ違って思わず見とれてしまった、などという現象は冗談でもあり得ないだろう。


 その日の食事は何を食べたか全く記憶にない。

 昨日唐揚げが出たのだから、どうせ今日は俺の好物ではあるまい。

 嫌いなものだったのなら無意識の内に食べてしまったことは、むしろ喜ばしいことだ。今度から食事前には手紙を読んだ方が良いかも。

 食前食後合わせて十回は手紙を読み返したが、七回目を超えたあたりから引っかかることがある。

 それは文章中のどこにも「好き」という類の単語が出てこないことだ。

 「気になっていた」という言葉が書かれていたので同じ意味かと思って読んでいたが、どうもそうではない気がしてきた。

 ラブレターが全てスキスキ攻撃で埋め尽くされているなどとベタな考えをする気はないが、どうにも腑に落ちない。

 まあ、付き合ってほしいと書いてあるのでラブレターと受け取っても俺に罪はないと思う。

 さて、問題はどう返事をするかである。

 付き合うと言っても俺は毎日クラブ活動があるし、一緒に下校なんて出来そうにない。

 休日にデートが関の山だが、果たしてそれで長続きするのだろうか?

 最初はそれでも良いかもしれないが、三ヶ月もすれば自然消滅しそうだ。

 人生最初の相手が自然消滅というのは辛すぎる。

 いやいや、それはネガティブ過ぎだろ。世間では長距離恋愛で何ヶ月に一回しか逢えないカップルだって居るじゃないか。

 手紙をもらったときは天にも昇る気持ちだったのに、落ち着いてリアルに付き合うことを考えると、不安なことばかりが浮かんでくる。

 南城もこんな気持ちと格闘しているのだろうか?

 いや、あいつははなから断るつもりだろうから、悩んでなどいまい。ただ面倒がってるだけだろう。

 今すぐ答えが出せるものでもない。後二日あるから、ゆっくり考えよう。

 結局、俺は結論を先延ばしにした。



 翌日、自転車で学校に行く途中に木戸が声を掛けてきた。

 ちなみに、木戸も自転車通学だ。

 くそ暑い中、男と登校とは余計熱くなる。

「見たぞ」

 いきなりだった。

「な、何が?」

 自転車がふらつく。転けなかったのが救いだ。

 わかりやすい動揺をする自分が居る。今確信したが、俺は詐欺師には向いていない。

「昨日の部活後……」

「わー!」

 それ以上言わせない為に叫び出す俺。

 漫画ではよく見たが、実際にやるとは思わなかった。おっと、前を見て運転しよう。

 なんだ、と驚く木戸。

 登校中の生徒が、俺に冷ややかな視線を向ける。

「おまえ、放課後に河原で特訓してるな」

 木戸の発言内容は予想と違った。

「ああ、そっちか」

「そっち?」

 余計なことを言ってしまった。詮索される前に誤魔化そう。

「秘密特訓を見られたか」

「やはり……あれが秘密特訓か」

 どうやら木戸は、昨日俺が無意識に河川敷を走っていたところを目撃したようだ。

「お前、虚ろな目で走ってたが。あれはランナーズハイか?」

 昨日のことはよく覚えていないので、実際どんな顔で走っていたのかまでは分からない。

 相当間抜けな顔だったことは想像できるんだが……。

「集中力の賜だな」

「俺は集中できても、試合であの顔は見せたくないな」

 どうやら、かなりの重傷だったようだ。

 意識が無かったのは幸いだったかも。周りの視線に耐えられなかったろうから。

「ところで」

 急にまじめな話題を始める木戸。

「最近、変わったことはなかったか?」

 またしても動揺する俺。情けない。

「か、変わったことって?」

「いやな、妹の静香がお前のことをやたら聞いてくるんだ」

「妹って、双子の?」

「ああ、そうだ。根掘り葉掘り聞かれるのでうざったい。性格はどうとか、好きなタイプはどんなだとか」

「ほほう、静香ちゃんも俺の魅力に気づいたか」

 わざとらしく顎に手をやる。

「これは、お兄さんと呼ばなければいけないかもな」

「お前が弟など冗談じゃない」

「ああ、俺も御免だ」

 などと、くだらないやり取りをしている内に学校に着いた。


 学校の授業はピリピリとした雰囲気だった。

 中間試験も近いのでテスト範囲をいつ言のか、それを聞き逃さない為に常に緊張を強いられる。

 だが、この日も試験範囲は言ってくれなかった。

 たぶん教師も、もう少し優越感に浸りたいのだろう。

 六時限にも渡る長い長い授業から解放された俺は、鞄に教科書を詰め込み部室へと向かう。木戸は掃除当番なので放置決定だ。

 教室を出て部室へ向かうと、廊下で松澤先輩を見かけた。

 先輩に会ったら挨拶をするのが『体育会系の鉄則である』と入部時に教え込まれた俺は、迷わず先輩に挨拶する。

「こんちはー」

 まだ慣れない挨拶に、これで合ってたっけ? と不安になりながらも、勢いだけは合格点と自負する。

「あら、こんにちは。朝倉君」

 おおっ、さすが敏腕マネージャー。俺の名前まで覚えているとは。

「これから部活ですか? あれ、でも部室とは反対方向ですね?」

 言いながら、松澤先輩の向かう方向が違うことに気づく。

「ええ、職員室に呼ばれててね。そうそう朝倉君にお願いがあるんだけど……」

 そう言いながらスカートのポケットを探る。

 仕草がちょっと艶めかしい。

「グラウンドにラインを引いておいてもらえないかしら」

 ポケットから出てきたのは倉庫の鍵だった。

 いつもは部活始めにマネージャーがグラウンドにコートを描くのが日課だが、今回は急な呼び出しで出来ないから俺に代わって欲しい、というお願いだった。

「分かりました」

 元より、体育会系に先輩の申し出を断るという選択肢はない。

 松澤先輩は強制で言った訳ではないだろうが、暗黙のルールを破る訳にはいかない。

 特に先輩のような美人から言われれば、男なら二つ返事で受けるのが当然だろう。な?

「じゃ、お願いね」

 そう言い残すと、先輩は去っていった。

 歩き方も、とても悠然としていて、隙がない。

 歩く度に揺れる髪がとても優雅で、しばらく見とれる。

(やっぱいいなあ、松澤先輩)

「――ん?」

 誰かの視線を感じる。何やら、背筋に冷たいものが走る。

 気配のする方へ目をやると、其所には〝手塚はるみ〟が立っていた。

「ちっ、ポニーじゃなかったのか」

 意味不明な言葉を残し、彼女は去っていった。

 なんだったのか。もしかして、監視されてる?



「ライン引きってどこにあるんだ?」

 体育倉庫にやって来たものの、ライン引きがどこに在るのか分からない。

 安請け合いはするものじゃないな。早くしないと先輩達がやってくる。

 他への迷惑を顧みず、引っかき回す様に探す。後で戻すのは辛そうだ。

 これまでマネージャー任せだったのを痛感する。

 体育倉庫はプレハブ造りで、当たり前だがエアコンなどは付いていない。

 夏ともなれば、温室効果でまさに灼熱地獄となり、ただ居るだけなのに汗がどっと噴き出してくる。

 部活前に体力を消耗するのは避けたいのに……。

 空しく捜索を続けていると、女の子がやって来た。

 ジャージの色が緑なので、俺と同じ一年に違いない。

 『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』という諺もある。ここは素直に聞くことにしよう。

「ちょっと、ゴメン」

 声をかけると、えっ、と少し驚いた顔で女の子が答える。

 比較的背は高く、鼻筋はしゅっとして顔立ちは整った方だろう。

「あのさ、ライン引きどこにあるか知ってる?」

「あっ! あなた」

 そう言いつつ、女の子は俺を指さす。

 おいおい、人を指さしてはいけないと習わなかったのか?

「ふーん」

 頭の天辺からつま先まで、まるで品定めでもするかのような目で俺を見る。

 なんだこの娘は?

「ねえ、ライン引きどこか知ってる?」

 質問には答える気がないみたいなので、もう一度聞いてみる。

「ああ、あそこだよ」

 今気がついたように奥の棚を示す。

 棚の中にライン引きらしきものが在るのが見える。

「そうか、ありがとう」

 何か納得がいかない点もあるが、礼は言っておこう。

 彼女は、まだねっとりと纏わり付く様な目で見ている。

「まあ、頑張って」

 と言われ、背中をバンと思いっきり叩かれた。

 痛いよ。

(ライン引きを頑張る?)

 そして、俺が惚けている間に女の子は居なくなった。

 何をがんばるというんだ? さっぱり訳が判らない。

 奥の棚から、ライン引きを取り出し、グラウンドへ向かう。

 さっさとやらないと先輩に怒られてしまう。


 ライン引きは、やってみると結構面白かった。

 サッカーのフィールドは縦に九十メートル、横は四十五メートル程ある。

 これに合わせてラインを真っ直ぐ引くのは難しいのだが、前日に引いた跡が残っているので、そこをトレースすれば簡単に引くことが出来た。

 だが、炎天下で合計三百メートル以上のラインを引くことになるので、それなりの運動量だ。

 毎日これをやってる松澤先輩を尊敬する。

 サイドラインとゴールラインを何とか描き切った所で、掃除を終えた木戸がやってきた。

 遅れてきた木戸にペナルティエリアを任せ、俺はセンターサークルを描く。

 直線と違い円はなかなか難しい。出来上がりを見ると、幼稚園児が描いたようなお月様になっていた。

 キックオフ時しか使わないものだから、先輩達も気にしないだろう。

 そろそろ部活の開始時間なのか、ぞろぞろと着がえを終えた部員達がやってくる。

「よし、集合!」

 ラインを描き終わったところで、キャプテンからの号令が辺りに響く。どうやら間に合ったようだ。

 ラインを描いたとはいえ、俺達一年の練習は基礎体力作りがメインになる。 要するに、フィールドではプレーできないとうことだ。

 ただし、南城だけは別で、先輩達に混じってフィールドでプレーすることを許されている。グランドに集まった女子への対応という意味もあるんだろう。

 地味な練習だけでは、ギャラリーが飽きてしまう。

 大会には一人でも多く応援に来て欲しい筈だ。

 無意味とも思われるダッシュ五十本を終え、最後のランニングに入る頃には丸焼き寸前の自分が居る。

 だが、このサイクルも漸く慣れてきたのか、ランニング中には考え事をできる位の余裕は出てきた。

 そうなると、考えるのは例の件だろう。例の件とは勿論、昨日の件だ。

 答えは三日後となっていたが、考える時間は実質今日と明日しかない。

 三日目は手塚さんへ返事をしなければいけないし、直前まで考えてる訳にもいかない。

 だが、考えるにしても情報が少なすぎる。

 手紙を受け取った時にも思ったことだが、俺は彼女のことを知らなさすぎるのだ。

 どういう人か分からなければ、判断しようもない。

 告白されて嬉しいから付き合うというのは無責任すぎる。

(誰か手塚さんを知ってる人はいないかな?)

 そう思いながら、ふと横を見ると隣を走る木戸が居た。

 こいつには双子の妹が居る。

 会ったことは無いが、俺の事を探っていたらしい。ということは、手塚さんと何らかの繋がりがあるんだろう。

 となると、逆に手塚さんのことを聞けないだろうか?

 いや、どうせ何の情報も無いんだ。聞いてみるだけでも無駄ではないだろう。

「おい」

「なんだ?」

「お前、妹に俺の好みはポニーテールって言わなかったか?」

「言ったような気がするな。ほら、お前アイドルの木下由美きのしたゆみが好きだろう?」

「やっぱりな」

「何が〝やっぱり〟なんだ?」

「こっちの話だ」

 ならば、取る手は一つだ。

「お前の妹に会わせろ」

「おっお前まさか、今朝の話は本気だったのか!」

 木戸は大声で叫んだ。ランニング中に器用な奴だ。心臓は大丈夫なのか?

「もう少し低い声で話せ。先輩達に聞こえたら十周は追加されるぞ」

 周回追加とレギュラー落ちのコンボは出来るだけ避けたい。

「お前の妹に聞きたいことがある」

「お前、静香に気があるのか?」

 今度は小声で話す木戸。ちゃんと学習はしてるようだ。

「会ったこともないのに、そんな訳あるか。ホントに聞きたいことがあるだけだ」

「うーん、お前が静香に惚れないとは限らんしなあ」

 何の心配をしているんだ。

 お前を兄と呼ぶ気は無いって言ったろ?


 部活後、木戸がサッカー部の部室まで妹を連れて来てくれることになった。

 何でもバレー部に入っているらしく、家で会うより呼んできた方が早いらしい。

 本音は妹の部屋に入られたく無いんだろう。

 別に妹に気がある訳でなし、兄貴の気持ちも酌んでやることにする。

「待たせたな」

 木戸が女の子を連れてきた。

 バレー部らしく身長は高めで、鼻筋の通った顔立ちをしている。良かったな兄貴に似なくて。

「こんにちは。あれ、あなた?」

「君は体育倉庫にいた……」

 彼女を見た途端、糸が繋がった気がした。

 あの時の品定めをする様な眼は、本当に品定めをされていたのだ。

「何だ、やはり知ってたのか?」

 やはり、とはどういう意味だ。

 いや、兄貴の嫉妬は置いといて、聞くべきことがある。

「君は手塚さんの知り合いか?」

「はるみは親友だよ」

 あっけらかんと答える。

 なるほど、情報源はここか。

 不自然なポニーテールも俺の為だったのか。いじらしいことをしてくれる。

「そうか、俺のことを兄貴に聞いてたのは手塚さんの為か?」

「そうだよ。はるみがあなたのこと知りたいって言ってたからね。兄貴が同じ部活だから、話を聞いてみたんだ」

 特に隠す様子もない。木戸と同じく竹を割った様なさっぱりとした性格らしい。

「こっちの情報だけ筒抜けなのはフェアじゃない。手塚さんのことを教えてくれ。君から見た彼女はどんな人だ?」

「うーん……」

 少し考え込む木戸妹。

 いきなり『どんなひと?』と聞かれれば、そりゃ困るわな。

 俺だって木戸兄がどんな人かは即答できない気がする。

「例えば、面倒見が良いとか、尽くすタイプとかない?」

 答えやすい様に、例を交えて誘導する。予備校教師の気分だ。

「はるみは明るくて元気で、ちょっとずるい子かなあ」

「ずるい?」

「そう、美味く表現できないんだけど、例えば先生に怒られそうなとき、いつの間にかはるみだけ居なくなってるとか……」

 いきなり先生に怒られるシチュエーションてあり得るのか?

 残念ながら、脳みそのレベルは木戸とドッコイドッコイらしい。

 そこは双子ということか。

「つまり、勘が良いと」

 勘が良いのと性格は違う気もするが、一人だけ逃げているのが性格といえば性格か。

 少しは参考になるな。

「好きな男性のタイプとかは?」

 こっちの好みも聞かれたんだ、これは確かめておくべきだろう。

「クマップの鹿取君」

「あのアイドルグループの?」

「そう」

 聞いてみたものの、何の参考にもならないな。

 自分とのつながりなど欠片もない。

 一々言うまでもないが、俺はアイドルとそっくりなんてことは全くない。

 ということは、外見で選ばれた訳ではなさそう、という位か。言うのも空しいがな。

「そもそも、どこで俺を知った? 会ったこともない筈だ」

「えーと、一月くらい前にはるみと一緒にバレー部の見学に来たんだけど、その時にサッカー部で練習してるのを見かけて……かな。あ、彼女は入部しなかったけどね」

 そんな所で会ってたのか。練習帰りじゃ、メッセンジャーのアンニュイタイムだから、近くに誰か居ても気づかないだろうな。

「そうか、知らない訳だ」

「あの時はびっくりしたよ。突然『見つけた!』とか叫ぶんだもん。新生物発見かと思ったよ」

 珍獣扱いかよ……。

 段々雲行きが怪しくなってきたぞ――。

「おい」

 しばらく黙って俺と妹の会話を聞いてきた木戸だが、とうとう痺れを切らしたようだ。会話に割って入ってきた。

「話が見えないんだが」

 自分を差し置いて、妹と話し込んでいたのが気に入らないのか、または意味不明な会話を続けられたのが不快だったのか、とにかく木戸は機嫌が悪い。

「気にするな」

「いや、普通は気にするだろう」

「君の妹は貴重な情報を与えてくれた。二階級特進ものだ」

「死んでるじゃん!」

 妹がツッコミを入れる。この娘は結構ノリがいい。

「ご苦労、下がって良いぞ」

「ははっ! 失礼いたします閣下」

 敬礼の真似事をしながら立ち去る妹。兄貴と違ってこの娘とは気が合いそうだ。

「おい、説明はしてくれるんだろうな」

 ……。

 うっすらと冷や汗が出る。

 なるべくなら秘密にしておきたい所だが、呼んでもらった手前無視も出来ない。

 これからも協力を頼むかも知れないし。

 俺は掻い摘んで、事の経緯を説明した。

 最初はうそだろう、と血相を変えていたが、妹と関係がないことを安心したのか、遠い目をして『まあ頑張れ』とだけ言われた。

 流石に双子だな、思考回路が同じだ。

 翌日から、この件でからかわれ続けることになる。

 高い情報料を払うことになった。



 この日はかろうじて帰宅の記憶が残っていた。

 いつも通り食事を済ませ風呂から上がると、昨日と同手紙を読もうと思った。

 何度見ても文面は変わらないし、自己満足に過ぎないと分かってても、やはり見ようとしてしまう。

 鞄の内ポケットを探ると、朝まであった筈の手紙がない!

 風呂上がりなのに冷や汗がどっと出る。まさか道端に落としたんじゃあるまいな?

 夜にも関わらず、手紙捜索の為帰宅路を自転車で捜索する羽目になる。

 お袋にどこへ行くのかと聞かれたので、コンビニと嘘をついて家を出る。

 中学生なら止められていたかも知れないが、高校男子で良かったとほっとする。

 さて、どこから探したものか。

 落としたのなら、風で飛ばされてるかも知れないし、ひょっとすると誰かが拾ってるかも知れない。

 うちの生徒だったら、学校中に広まるかも。

 俺が被害を受けるだけなら自業自得だが、手塚さんに迷惑が掛かってしまう。

 何としてでも探し出さねば。

 まずは、帰り道からだ。教科書を全部机の中に置いている身としては、昼休みの弁当以外を鞄から取り出した記憶はない。

 教室で落としたのなら、すぐに判るから行き帰りで落としたとしか思えない。

 帰り道を逆に辿る為、家から河川敷へ向かう。川沿いには街灯がないから、すっかり闇に包まれお化けでも出そうな気配だ。

 持ってきた懐中電灯を頼りに道端を居探す。

 風が強いから河に飛ばされているかも知れないが、もうそうなったら個人での捜索は不可能だろう。

 道にはゴミが沢山落ちている。いつも走っていたが、道端のゴミまでは気づかなかった。

 こんなことでも無ければ、気づくことはなかったろう。

 しかし、夜にライト片手に河原を徘徊する姿はかなり怪しい。警察に見つかったら、どう言い訳しようか……。

 手塚さんへの返事も考えてないのに、なんて不幸だ。

 気ばかりが焦り、無駄に時間を費やしていく。

 結局、この日は手紙を見つけることは出来なかった。



 翌日は風邪を引いて寝込んだ。

 風呂上がりに自転車で走り回れば、流石にこうなるか。

 手紙は見つからなかったし、踏んだり蹴ったりだ。

 今頃、学校で手紙が黒板に張り出されてたりしたら、手塚さんが傷つくぞ。状況を確かめなければ。

 携帯を充電器から抜き取り、木戸にコールする。

 今なら休み時間だし出るかも知れない。


 プルルル……ガチャ

『はい』

『あ、朝倉だけど』

『おおどうした? 寝てなくて良いのか?』

『いや、どうしても確認したいことがあって。今朝、黒板に何か貼り付けられて無かったか?』

『別に何も無かったが』

『他のクラスもか?』

『他のクラスのことまでは分からんが、何かあれば騒ぎになるだろうから、たぶん何も無かったと思うが』

『そうか、ありがとう』

『お前おかしいぞ。ラブレターをもらったからボケて……』

 ブチッ、プーップーッ


 聞きたくない台詞が来そうだったので、最後まで聞かず携帯を切る。

 どうやら最悪の事態にはなっていないようだ。

 取りあえず安心はしたものの、手紙が行方不明という事実は変わらない。

 だが探せるところは探した。しかもこの体調ではもう探し回るのは無理だ。

 大事な手紙を無くしてしまったことを後悔する。

 内容を読んでいたのがせめてもの救いだ……。

 さて、手紙も気になるが、まずは明日のことを考えねば。

 彼女への返事をどうするかだ。

 手塚さんのことは木戸の妹に聞いた限りは、悪い娘ではないらしい。

 そして、クマップの鹿取が好きと言っていた。

 そして、部活の練習中に俺を見かけた。

 結局分かったのはこれだけか……。どうしたらいいんだ?

 ちなみに、クマップは五人組の男性アイドルグループで、鹿取は格好いいと言うよりはかわいい系に近い。

 歌は、アイドルにしては上手い方で、ソロでアルバムも出している。手塚さんもコンサートに行ったりするのかな?

 何度も言うが、俺と鹿取は微塵も似ていない。アイドルの代わりに付き合おうなんて、どう考えてもあり得ないぜ。

 木戸の妹が、練習中に俺を見かけて、何やら叫んでいたと言うが、そこに原因があるのだろうか?

 サッカーをやってるから格好いい、なんてのは十年前の発想だし、格好良さなら南城やキャプテンの方が上だろう。

 大体、ランニングと基礎トレくらいしかしていないのに、格好いいも無いもんだ。

「うー……」

 熱のせいか、頭がぼーっとしてくる。

 気がつくと天井の模様であみだをしている自分が居る。いやいや、こんなので決めたらダメだろ。もっと真剣に考えろ俺!

 彼女は勇気を出して告白してくれたんだ、こっちも真剣に考えないと失礼というものだ。

 しかし、どんなに考えても決められない。

 難しく考えすぎなのかも知れない。

 分からないのなら付き合ってみればいいんだ。彼女だって俺の全部を分かってる訳じゃない。分からないから付き合うんだろ?

「よし、彼女と付き合おう」

 誰に聞かせるでもなく、自分で納得するかのように叫ぶ。ホントに誰も聞いてないだろうな。聞かれてたら恥ずい。

 明日は学校を休む訳にはいかない。

 決めることは決めたし、今日はもう休もう。そして手紙も探し出すぞ。



 とうとうこの日が来てしまった。

 こんなに緊張しながら登校したのは、小学校の入学式以来かも知れない。

 結論から言えば、手塚さんについては、明るくて元気でクマップの鹿取君が好き、という以外はよく分からなかった。

 とりあえず付き合うことを決めただけという体たらく振りだ。

 昼休みになると、弁当もそこそこに屋上へ向かう。

 クラスメイトからは不審に思われたろうが、そこは今気にすることじゃない。

 学校の屋上へは自由に出入りできるが、この暑さだ。好きこのんでお弁当を食べる奴なんて居ないだろう。

 こんな時間帯でありながら、人払いが出来る珍しい場所になっている。

 階段を上り、屋上への扉を開けると、さあっと風が吹き抜けた。

 吹き付けるのは風というよりは、熱風といった方が正しくて、思わず顔を伏せずには居られない。

 そして、意を決して歩みを進める俺の目に、抜けるような青空をバックにした手塚さんが移る。

 風に髪とスカートの裾が揺れる。

 いつまでも眺めていたいくらい絵になっている。

 この前は緊張して見れなかったけど、手塚さんはとても可愛いと思った。しかし、暑くないのだろうか?

 彼女もこちらに気がつき、緊張の面持ちになる。

 二、三歩近づき、彼女の前に立つ。こっちも緊張してきたぞ。

「それで、どうかな?」

 少し不安そうな顔で手塚さんが尋ねる。

 それはそうだ、彼女だって告白に勇気が要らなかった筈はない。

「うん、まずは手紙ありがとう。初めてもらったから戸惑ったけど、とても嬉しかったよ」

「へへへ」

 目をつぶって笑う手塚さん。可愛いなあ。

「それで、どうするべきか色々考えたんだ。手塚さんとは話したこともないし、何でだろうって」

「静香に聞いたんじゃないの?」

「少しね。でも、それだけじゃ何も分からなかった。君がどういう人で、何が好きなのか、何で俺なのか」

「まあ、静香に聞いたんじゃねえ」

 ひどい、という声がどこかから聞こえる。たぶん、木戸の妹が隠れて見ているんだろう。

 どうやら、木戸の妹に手塚さんのことを聞いた件は伝わっているらしい。

 俺にもあれだけ包み隠さず喋ってくれたくらいだ、親友である手塚さんに話していない訳がないか。

「そう、俺は君のことを殆ど知らない。付き合っても良いのかすら判断できない。だから……」

 俺は握手を求めるように手を差し出す。

「まずはお友達からってことで、どうかな?」

 精一杯の笑顔で手塚さんを見る。

 彼女はどう応えるだろう?

「うん……」

 少し戸惑いを見せるも、握手で応える手塚さん。ありがとう。

「お試し期間って訳だね」

 戯けて言う彼女。

 そう、まずはお互いを知るべきなのだ。

 じゃあ、といって握手の上からもう一方の手を乗せ、両手でしっかりと俺の手を掴む。

「今度の日曜にデートしよう!」

 積極的に誘う彼女に、ちょっと尻込みしてしまう。

 これからの力関係を見た気がする。

「ああ、勿論良いよ」

 断る理由もない。お互いを知るにはデートを重ねるしか無いのだから。

「どんな服がいいかなあ」

 横目でチラッと俺を見る。どうやら、意見を求めているらしい。

 不意に、昨日のニュース番組で女子アナが着ていた服を思い出す。

(上は黒のニット、下は白のフレアスカート。比較的シックな服装だったな)

 俺の服に対する知識など、その程度しかない。

「なんでも似合うと思うよ」

 一番してはいけない回答をしてしまった。

 が、彼女は腕組みをして考え出す。

「なるほど、そういうのがいいのか」

 風の音でよく聞こえなかったが、彼女は独り言をブツブツと言っていた。

とりあえず付き合うことになった二人。

これからどうなりますやら。

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