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鋭い彼女  作者: 村上有紀
2/3

告白

 部室は学校の敷地内でいうと端にあり、なぜか校舎を挟んでグラウンドと反対側にある。

 なので、運動部は練習後に校舎裏を歩いて部室まで戻る羽目になる。

 元々は部室がなくて、校舎とグラウンドだけだった所に、後から部室を増設したからこうなったらしい。

 校舎裏の道が長いほど女の子と遭遇する確率も高まる訳で、迷惑甚だしい。

 今日は一人だったが、入学当時は数人は普通に居た。最高記録は十一人というのがある。この時は、さすがにもう辞めようかと思ったくらいだ。

 この中の一通でも自分宛だったら、と宛名を確認していた時期もあった。

 だが一通の例外もなく南城宛だったので、近頃は確認すら億劫になり、受け取ったまま渡している。

 こういう状況なので、自然と足取りも重くなるというものだ。

 部室に戻ると南城がロッカー前で着替えていた。俺は無言で先ほどの手紙をロッカーの扉に引っ掛ける。

「なんだ?」

「今日の定期便」

「またか」

 手紙を快く思わないことは百も承知だが、預かった物を捨てる訳にも行かない。

もらって来ないでくれよ」

「俺ももらって来たくは無いが、拒否して女子全員から総スカンを食らうのも御免だ」

「悩ましいな」

 正直なところ、モテる男の悩みなど俺にはさっぱり分からない。

 南城には南城の悩みがあるとは思うが、それを共感することは俺にはできそうも無い。

「芸能人でいうところの有名税じゃないか? 何かに秀でた者は何かを犠牲にしなければいけないってやつ。お前の場合は女関係なのかも」

 それでも、少しくらいの気休めは言ってやる。

「俺はサッカーがしたいだけなんだがな」

 この状況を変えるには、彼女でも作って他の女性陣には諦めてもらうしか手がないだろう。

 しかし南城の性格からいって、そういう対応に出るとは考えにくい。

 そう言えば、手紙の返事はどうしているんだろう?

 手渡した後のケアまでは俺の範疇はんちゅうでは無いと思って気にしてなかったが、苦情が俺の方に来ないところを見ると、返事くらいはしているのだろう。

 こいつがどんな文面で断りを入れているのかは非情に興味のあるところだが、そこまで踏み込むのはプライバシーの侵害というものだろう。

「悩みを共感できなくてすまんが、とにかく渡したぞ」

「ああ、すまんな。愚痴ばっかで」

「俺も一度は言ってみたいもんだな」

 勘違いの無い様に言っておくが、南城はいい奴である。

 愚痴はこぼすが、人に当たることは決してない。

 今回のような場合も、運んできた人間を恨むようなことはしない。まさにスポーツマンの鑑だ。だからこそ、これだけモテるんだろうと納得できる。

 長話をしていたせいで、汗でベトベトになったシャツが肌寒く感じてきた。

 シャワーの無い部室では唯一の対策と思える着替えを行い、帰宅の為に自転車置き場に向かった。


 俺は体力強化の一環として、帰宅時に河川敷を十キロばかり走っている。

 他の部員と違って高校からサッカーを始めたため、技術はもちろん体力でも劣っているのを感じていたからだ。

 多少の自転車運動でどうなるものでもないだろうが、何もしないよりはマシだろうし、少なくとも気休めにはなると思う。

 この自転車は元々家用に購入したもので、スペースの関係で一台だけになった。

 家族兼用なため、平日は俺が通学に使い、他は必要に応じて妹が乗っている。

 自転車はいわゆるママチャリという奴だ。今時にしては珍しく、変速すら付いていない。

 よって、漕いだ力=車輪の回転力という判りやすいトルクを発揮する。

 籠にスポーツバックを押し込むと、勢い良く漕ぎ出した。

 特に急ぐ必要がある訳でもないが、勢いは必要だ。途中で投げない為にも。



 河川敷に着いた頃には六時を回ったところだろうか、夏なので辺りはまだ明るかった。

 この河は、別々の河が三本合流して一本の河になっている。

 最終的には海に行き着くが、三十キロはあるので、そこまでは走らない。

 河川敷にはゴルフ場もあり、綺麗な芝が所々に見える。

 俺は、ここの風景が気に入っていて、ただ走るより風景を見ながらの方が百倍良いという安易な考えからここを選んだ。

 辛いだけでは長続きしない。そういうことだ。

 冬になったら、この時間でも真っ暗になるだろうから、別の特訓を考えなければ駄目だろう。

 俺の他にも自転車が数台とジョギングをしている老人がちらほら。

 健康志向でジョギングや散歩に来る人も多い。

 自転車は帰宅途中の学生のようで、俺のようにただ走るために来ている者はいないようだ。そりゃそうか。

「ふー」

 思わず温泉に浸かったおっさんのような溜息ためいきともつかない声が出た。

 一汗かいたからだろうか、走りに合わせて吹き付ける風が心地よい。

 練習の後に疲労を残さない程度の運動をするならば、自転車は最適のように思える。

 ジョギングだと足に疲労が残りそうだし、筋トレなどは論外だろう。

 主に鍛えたいのは心肺機能だから、この方法は間違ってない筈だ。

 途中、犬の散歩をしている少女を見かけた。

 風になびくロングヘアーが印象的で、思わず見とれてしまった。

 自分の好きなポニーテールだったらもっと良かったにと勝手なことを考えながら下流に向けて自転車を漕いで行く。

 こういう楽しみも無いよりは有った方が良い。

 変速のない自転車は、脚力を大いに鍛えてくれる。そんな言い訳は自転車を買えない僻みからではない。

 高校からサッカーを始めた俺は、道具なんて何にも持っていなかった。

 ボールとスパイクが在ればいいや、と気楽に考えていたが、部員の話を聞いて、その考えがどれだけ甘いかを知った。|

 ボールとスパイクの他に、ストッキング、シンガード。勿論、選手ともなればユニフォームも必要だ。GKゴールキーパーならグローブも要るし、もっと掛かるだろう。

 お金の無い俺は、両親に泣きついて道具を買ってもらった。だから、自転車に文句なんて言えるはずがない。

 ペダルを漕ぐだけで、時間を忘れて鍛えられる。

 リラックスした気分で河川敷の土手を走っていると、夕日の朱を飛び越え、辺りはすっかり暗くなっていった。

 走り始めてから一時間くらいしか経っていないとは思うが、夕方にはあれだけいた人が、すっかり居なくなっている。

 そろそろ自分も帰る時間であることに気づき、家に向けて針路を取る。



 家に着くと、ちょうど親父が帰宅したところだった。

 最近は不況のせいか帰りが早い。

 門のところでただいまと挨拶した後、学校はどうだとか他愛も無い会話をしながら家に入った。

「お兄ちゃん、お帰り」

 家に入ると、妹の弥生が出迎えてくれた。

 こいつは、いつも俺が帰ると出迎えに出てくる。

 まさかと思うが、玄関で帰りを待ってるんじゃあるまいな。

「あ、お父さんもお帰り~」

「おお、ただいま」

 おいおい、一家の主に向かって、そんなついでみたいな言い方はないだろ?

「あ、すぐ食事にしますね」

 奥から出てきたお袋が、親父が帰ってきたのを見て、食事の支度を始めた。

 やがて台所からじゅわっという音と共に、香ばしい臭いがしてくる。

 これは大好物の唐揚げだ。

 俺は夕飯の楽しみができたことで、部活の疲れなどすっかり吹き飛んでいた。我ながら現金なものである。

 自分の部屋は二階にあるため、玄関から階段を登って部屋に行く必要がある。

 階段の途中でお袋に「部活の服をだしといて、洗濯するから」と言われたので、了解と元気よく答えておいた。

 制服から普段着に着替え、部活の練習着を持って下に降りる。

 洗濯かごへ乱暴に練習着を放り込むと、リビングに向かう。

 親父は阪神ファンなので、当然の様にナイターを見ていた。

 俺は、野球にはあまり興味がないが、今日はサッカー中継も無い日なので、自然と野球を見ることになる。

 優勢だった阪神が逆転された所で、お袋を手伝っていた弥生が呼びに来た。

 食事ができた様だ。

 家族全員が揃った食卓には、予想通り唐揚げとポテトサラダが登っていた。

 ポテトサラダは嫌いだ。いつもは、一気に口にほうばりながら、お茶や水で胃袋に流し込んでいる。

 野菜を食べないと大きくならないぞ、なんてセリフは身長百八十センチを超えた高校生にはゲームのボスキャラに呪文攻撃くらい効き目はない。

「いっただきまーす!」

 食事前の儀式を手早く済ませ、箸を唐揚げに向かって一直線に伸ばした。

 量的には家族全員分はたっぷりあるので、慌てて取る必要など微塵も無いが、少しでも熱い内に多く食べたいのが人情というものだろう。

 ただの食いしんぼという説もあるが、そこは気にしないことにする。

 家族での食事くらい、誰に遠慮することなく欲望に忠実で構わないだろう。

 一番大きな唐揚げを選んで奪い取ると、そのまま口に運んだ。中は暑く肉汁が染み出してくる。

 若干辛めの味付けだが、俺にはこれがちょうどいいのだ。

 続いて二個目を奪いに箸を伸す。

「ちょっと、お兄ちゃん、取りすぎ!」

 二個目を|(つか)みかけたところで弥生が注意してきた。

 以前からうるさい奴ではあったが、中学生になってからパワーアップした気がする。

 我が家の食事では、何故かこいつとの勝負は避けられない。

 まだ二個目だろうが。

「俺は部活でエネルギーを使うんだ。だからカロリーを取る必要がある」

「あたしだって部活やってるんだけど」

 そう言えば、弥生はテニス部だったな。パワーアップしたのも部活のせいか?

 いかん、条件が対等になっている。

 別の言い訳を考えなければ、これからの唐揚げライフに支障が出そうだ。

「お前は来年受験だろう。肉ばっかり食ってると頭の回転が悪くなるぞ?」

 かなり苦しい言い訳だが、他に思いつかないのだから仕方ない。

「ちゃんと勉強はやってますー。お兄ちゃんの方こそ中間近いんでしょ? 大丈夫なのかなー?」

 ちっ、とんだやぶ蛇だ。やはり苦し紛れに出したパンチでは簡単にカウンターを食らってしまう。そもそも女と口で争って勝てる訳がない。

「ん、どうなんだ? 勉強はしっかりやってるか?」

 これまで静観していた親父まで参加してきた。唐揚げを食いたいだけなのに、とんだとばっちりだ。

「んー、たぶん」

 追い詰められるとこんな程度の答えしかでないのが、俺の駄目な所だと認識はしている。情けない話である。

「ん、まあ最初だし程々がんばれ」

 励ましだか諦めだかわからない言葉を掛けられ意気消沈していると、箸で挟んでいたはずの唐揚げがちゃっかり弥生の皿に移っているのに気がついた。が、これ以上騒ぎ立ててお袋まで参戦されるのはご免なので、黙って譲ることにした。

 心の平穏が唐揚げ一個で得られるのなら安いものである。

 それに唐揚げはまだまだ皿に山盛りだ。

 何が悲しくて、食事時に精神的圧迫を受けなければならないのか? 食事くらい楽しく食わせてほしい。

 その後、最後の唐揚げを巡って一悶着あったが、腕力に物を言わせて奪い取ってやった。

 文明人としてはやや情けないが、やられっぱなしというのもしゃくである。

 まあ弥生の方も最後は譲ってくれた感はあるので、兄想いの良い妹ということにしておこう。



 次の日も相変わらずの暑さだった。

 一日で季節が変わる訳はないので当たり前だが、後何日耐えなければならないかを考えると、気が滅入る。

 金持ちOBか市会議員あたりがドーム球場を寄付してくれないだろうか? もちろん球場には芝を管理者付きで設置してほしい。

 そうすれば、こんな灼熱地獄でランニングなどという自殺行為をしなくても済むのに。いや、ドームでなくてもいいからグラウンド全体を覆うくらいの屋根をつけてほしい。

「おい!」

 ランニング中にもかかわらず、よこから声を掛けてきたのは木戸三成きどみつなりだ。

 こいつは俺と同じ一年で、部活とクラスまで一緒という残念な関係である。

「ブツブツ言いながら走るなよ。気味悪いぞ」

 どうやら、頭の中で文句を言っていただけのつもりが声に出ていたらしい。

 暑さのせいでだいぶ参っているのかも知れない。

「ああ、すまん。あまりにくそ暑いので、おかしくなってきた」

「おいおい、大丈夫かよ。先輩に言って休ませてもらうか?」

「いや、やめとく。入部したてで軟弱な印象を持たれたくない。レギュラー狙ってる訳じゃないが、いきなり候補から外されるのはご免だ」

「まあそうか。南城は別格として、俺たち一年の中から夏の大会に補欠くらいは選ばれるかも知れないからな。わざわざ自分から脱落するのはバカだよな」

「おまえはGK(ゴールキーパー)だから、俺よりは可能性高いだろ。三年の先輩が居るからレギュラーは難しいだろうが、補欠くらいならあり得る」

「うーん、どうかなあ。二年の先輩も居るし、補欠になったとしても他のポジションと違って試合中の交代は滅多にないからなあ」

 確かにGKゴールキーパーは試合中に交代することはほとんどない。大抵はレギュラーが怪我をしたときの交代要員だ。

 プロの影響で高校生のレベルが上がってきているとはいえ、怪我をさせる程の激しいプレーがあるとは正直考えにくい。

 それに先輩の怪我を願うのも人としてどうかという問題もある。

「まあ、後二週間すればわかるさ」

 木戸はぶっきらぼうに言った。そう、夏の大会は三週間後から始まる。

 それに向けてレギュラー発表が今から二週間後に発表される。

 いわば今はレギュラー選抜期間という訳だ。とは言え、木戸と違って選ばれる可能性もない俺は結構気楽なもんだ。

「ラスト十周!」

 何度聞いても、このフレーズはモチベーションが上がらない。

 せめてあと三周くらいで言ってくれれば良いのに。まだゴールが見えないことをわざわざ言葉にされるのは萎える。

 それでもなくても、強烈な日差しに耐えながら走っているんだから……。

 先頭集団には南城が涼しい顔で居座っている。本当に同じ高校生なのか?

 あいつを見ていると、自分の基礎体力がまだまだなのを実感させられる。

 放課後サイクリングの成果は徐々に出始めているとは言え、レギュラーを掴むには道のりが遠そうだ。

 ラスト十周と言いながら、結局プラス三周で合計十三周走らされた後、俺たちはようやく解放された。

 グラウンドの整備という最終業務が残っているが、炎天下のランニングに比べれば天国と言っていい。先輩が帰ったのを良いことにだらだらとトンボを動かす。

 クールダウンも兼ねていると思えば、それなりに意義は感じる。

「よう、今日はへばらなかったな」

 トンボをがりがり動かしながら、木戸が話しかけてきた。

 いつもへばっているような言いぐさは気に入らないが、本当のことだから仕方ないか。

「特訓の成果だ」

「なにっ! 隠れて特訓してたのか?」

「そうだ」

「どんな特訓だよ。教えろよ」

「おまえとはポジションを争うライバル同士だ。こっちの手の内は見せられないね」

 人差し指を立てて、左右に振りながら冗談交じりに言ってやった。

「いや、俺キーパーだし。どう考えても争うポジションじゃねえだろ? それともキーパーに転向する気か?」

「冗談の通じないやつだ」

「何だ冗談か。まあいいさ、俺には関係なさそうだ」

 だったら聞くなと言いたいが、こっそり練習しているのはあまり知られたくないので深く追求はしないことにする。


 かれこれ十五分ほどグラウンドの整備をして、本当の意味で解放された俺は、いつも通り校舎と樹木の陰を選びながら部室までの道を歩く。

 憂鬱タイムの始まりである。

 ここを瞬間移動出来る道具があるのなら、幾らでも払うかも知れない。それほど、この道を通るのは気が滅入る。

 部室まであと十メートル位の位置に来たとき木陰から人が出てきた。

 目の前に現れたその人物は、背丈が百五十センチくらいの少女で、白い制服を着ていた。

 デジャヴか?

 いや、そうではない。

 それが証拠に、昨日の娘はショートカットの髪だったが、今日の娘はロングだし、俺好みのポニーテールだ。

 それに、これまでに手紙を託しに来たどの娘よりも可愛かった。

 同じなのは制服がうちの学校のものということと、スカーフが黄色で一年生であること。そしてうつむき加減で俺の進路を塞いでいることだ。

「あ、あの……これ」

 彼女が差し出したものを見て、落胆と供に心の中で思わずつぶやいた。

(またか)

 昨日と全く同じ台詞で手紙が差し出される様は、まるでテンプレートだ。

 まさか校内に『南城告白マニュアル』なるものが流通していて、そこにメッセンジャーへの手紙の渡し方が載っているのではあるまいな?

 だとしたら、即刻廃刊を要求したい。俺は役所の受付ではない。

「えっ?」

 余計なことを考えている間に彼女の表情が変わっているのに気がついた。酷く驚いている様子だ。

 特に嫌悪感を示したつもりはなかったのだが、顔に出ていたのか?

 それとも心の中でつぶやいたつもりが、うっかり口からこぼれてしまったのだろうか?

 無意識とは言え、八つ当たりしたことを反省する。この娘に罪はないのだから。

 手紙に手を伸ばし、こちらもテンプレートを使わせてもらった。

「南城には渡しておくよ」

 手紙を彼女の手から引き抜き、頭上でひらひらさせながら言った。

「えっ?」

 と、またも少女は驚いた。

 今度は目が大きく見開かれているので、さっきよりも驚いているように見える。

「えっ? あ、あの……」

 驚きから焦りの表情に変わったかと思うと頭を左右に振り、奪い取った手紙を取り返さんばかりにぴょんぴょん跳ねている。

 彼女が跳ねる度にポニーテールが左右に揺れて、何だか可愛く見える。

 ポニーテールは赤いリボンで縛られているが、なぜか縦結びというアンバランスさだ。

(これはマイナスポイントだな。正面から見て、左右にリボンの端が見えるが良いのに)

「えっ? うそ、そんな……」

 リボンを両手で押さえながら狼狽する少女。

「ちゃんと南城には渡しとくから。安心しろって」

 どうにも信用されていないようなので、不安を取り除く意味で手渡しすることを伝えた。

「ちっ、ちがうよ!」

「え?」

「んもう、南城くん宛じゃないの!」

 彼女の言葉を聞いて内心〝げっ〟と思ってしまった。

 南城以外のメッセンジャーもさせられるのか俺は?

 そりゃないだろう? 南城へのメッセンジャーは成り行きとはいえ、やると決めた以上やってやるさ。だけど他の奴への手紙となると、話は別だ。俺は便利屋じゃない。

 一体誰に渡せというのだ。木戸か?

 と半ば怒りながら手紙の宛名を見た俺に驚愕の事実が待っていた。



 〝朝倉純一郎さまへ〟



 しばし放心状態となる。

 手紙の宛名は俺だ、俺の名前だ。

 ベタな展開で同姓同名の可能性も疑ったが、少なくともこの学校に同姓は居ない筈だ。なのでたぶん俺だ。

 手紙の宛名に自分の名前を見たのは、高校の合格通知以来だぞ。

 いや、それはどうでも良いが、こんな可愛い封筒に自分の名前が書いてあるのは初めて見た。

(このまま額に入れて飾っておきたい)

「そんなことしないで……ゴホンゴホン」

 彼女は何かを言いかけたようだが、今の俺には気づく余裕はなかった。

 俺が手紙と彼女の顔を二往復ほど見たところで、彼女は呆れた様に言った。

「わかってもらえました?」

 はあ、もう十分に――。

やっとヒロインである『手塚はるみ』ちゃんが登場です。

彼女がどういった人かは、この後徐々に明らかになっていきます。

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