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死の暦  作者: 雪未 桔尚
13/16

第三部:闇と星の暦 ⅳ二〇二一年

♤ポルックスとカストル

 次に志穂が来たのは、サヤが来た年の翌年の誕生日だった。志穂の様子は、明らかに以前と変わっていた。髪は明るく色が抜け、黒のマスクが目立っていた。マスクのせいで目元が強調され、奥二重だった目が、くっきりとした二重に変わっているのがわかった。志穂はマスクを取って笑った。鼻が少し尖り、歯が不自然なほどに白かった。また、笑顔が引きつっていた。一番変わったのは服装だった。その時の格好は、胸の谷間を強調した白いノースリーブのブラウスで、パンツを隠す面積ほどしかないデニムのホットパンツを履いていた。ブラウスから中に着ている、黒のブラジャーが透けていた。志穂は派手な露出を好まなかったはずだった。

「彗、久しぶり。元気そうだね」

 声は明るく、少し甲高くなった気がした。酒で焼けた声をしていた。

「二十四歳だな。誕生日おめでとう」

 志穂は僕の方を見ていたが、僕が存在しないかのように、僕の後ろを見ていた。

「あー。おめでとう」

 僕は志穂に一昨年の喧嘩について謝り、志穂を結果として独りきりにしてしまったことについても詫びた。そして、自分にとって志穂の存在がどれほど大事だったかを言った。

 志穂は最後まで口を挟まずに聞き、しばらくして笑った。目は笑っていなかった。志穂は笑いながら天井を見上げ、再び前に向き直った時、その顔に笑みはなかった。

「やっぱ馬鹿だね?何勘違いしてんの?どいつもこいつも、頭悪いの?」

 志穂は僕を睨みつけた。

「そんな安っぽい定形文みたいな謝罪を聞きに来たわけじゃないの。わたしを勝手に不幸だと思わないでくれる?あんたはわたしにとって、もう死人と同じなの。わかる?墓参りと一緒。家族から解放されて、やっと自由になれたの。こんなに楽しいことはないよ。自分の稼いだお金を、自分のために使ってるの。これだけで昔より遥かに幸せだよ」

 さっきの謝罪が思ってもないことだったのは本当だった。人と会わない生活に慣れすぎたために、とっさに志穂を繋ぎ止めようとして放った言葉だった。

 仕事はまだ介護で働いてるのかと訊いた。

「本当、どうしようもない馬鹿だね。まずね、あんたが逮捕された後、どうなったかわかってる?家にはマスコミが殺到して、『殺人鬼は出ていけ』って落書きも手紙も凄かった。わたしの携帯電話は頻繁に鳴った。ネットにわたしが売春してたことと、電話番号がつけられて拡散されたみたい。挙げ句の果てに、あの家に火をつけられたの。もう丸こげ。ここまできたらもう、笑うしかないよ。そうそう、仕事ね。わたしがなんて呼ばれたと思う?想像なんてつかないよね、そりゃ。『殺人介護士』よ。殺人鬼の姉になんて、誰も介護させたくないでしょ。それに、職場にまで飛び火して迷惑をかけたし。今はセクシー女優。変に体売ってた時よりも危険は少ないし、何より楽しいの。天職に出会えたと思うよ」

 そう言って、彼女は一枚のケースをとりだした。加工された薄紅色の爪は尖っていた。それはDVDのケースだった。パッケージには『抵抗できない女 黒澤志穂、殺人鬼の弟を持つ巨乳美女をレイプ』と書かれていて、股を広げ泣きじゃくる志穂を、裸の四人の男たちが囲っていた。

「これがデビュー作よ。あんたは知らないかもしれないけど、殺人鬼の姉がAVデビューするって結構有名になったの。でも、それは最初だけ。あとはわたしの努力で、今の地位まで登りつめたの。何その顔?何が言いたいの?これはわたしの本質なの。勝手に想像を膨らませて、不幸のレッテルを貼らないでくれる?わたしは自分に誇りを持ってる。そうやって見下して、娼婦やわたしたちみたいなのを下に見て、可哀想だとか思わないでくれる?わたしは何も奪われちゃいないの。わたしは男から奪ってるの」

 僕は手が震えた。木津の顔が浮かんだ。指が疼いた。

 志穂に幸せでいて欲しいと願った、木津の想いはどうなるんだと言った。すぐ、言うべきではなかったと思った。

「中途半端なこと言わないで!あんたはわたしたちよりも、ミヨコって女を選んだんでしょ?彼女と、わたしたち、いや、彼女以外のもの全部を天秤にかけて、彼女を選んだんでしょ?彼女の苦しみを奪うために、全てを捨てたんでしょ?わたし、双子として何にもあなたのことを理解してあげられなかったけど、これだけはわかる。彼女を最後に抱いた時、ゴムなんてつけてないでしょ。自分の命すら捨てたのよね。あんたの中で、わたしたちは切り捨てられて、死人も同然でしょ。もう気にしなくていいから。わたしにとって黒澤彗は死人だから。わたしはもう死人には振り回されたくない」

 怒った顔は母にそっくりだった。僕は何も言えなかった。体の中心がくりぬかれたような空虚さを感じた。

 それから一月経った後、頻繁に風邪を引くようになった。冬になり、手足の感覚が鈍く感じた。脇の下あたりから背中にかけて、痛みの伴う発疹ができたが、放っておいた。年が変わり、君を殺したときと同じ日付に視力が衰えはじめ、数日たつと字を読むことが出来なくなった。

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