第二部:審判の日 ⅱ同日
♤殺意
死を求めていた病人を殺したため、嘱託殺人に当たると弁護士は言った。僕の方を一度として見ることはなかった。弁護士は、香奈と志穂を証人として呼んだ。香奈は黒い服を着て、メイクをしておらず、目が腫れ上がっていた。香奈は僕と性行為をしてはいないと何度も言った。ひどいことをされたのを慰めてくれたり、親友を亡くした私に息抜きをさせるために、葛西までデートをしてくれたのだが、もしかしたら次に自分が殺されていたのかもしれないと思うと怖いと言った。検察官は、香奈が僕を庇っているだけだと激しく尋問したが、泣きながらも彼女は矛盾なく答え、とにかくその殺人鬼とは寝ていないと言っていた。他人事に思えた。
志穂は母のターコイズブルーのブラウスを着ていた。
「あなたと被告人が幼少期から放置されていたというのは本当でしょうか?」
「ええ、父は半年に一回帰ってくれば良い方でした。母は帰ってきても家で寝ていることが多く、私は姉として彗を守らなきゃ行けないと思っていました」
「被告人は義晴さんに対して、憎悪を抱いていたわけではないと供述していましたが、それは事実でしょうか?」
「はい、彗は父を恨んでいたわけではありません。彗が父を殺したのは私のせいなんです」
僕は大きく息を吸った。しばらく大きな声を出していなかったから、準備が必要だと思った。胸中では母の死への疑問と裏切りによる志穂への憎悪を感じたようにも思えたが、何も感じていなかった。僕は叫ぶように言った。「それ以上喋ると、お前を絞め殺すぞ!志穂!」と。
裁判長は、僕に口を慎めと注意をし、次に何かあった場合法廷を中止すると言った。志穂は泣き出し、それ以上は何も言わなかった。弁護士は僕を睨んだ。おそらく裁判前に、余計なことをしないと約束をしたにも関わらず、破ったからだろう。
弁護士は、僕に統合失調症や解離性同一性障害の疑いが生じているが故に、責任を負える状態ではないと主張したが、無駄だった。
ⅲ同日
♤判決
検察官は死刑を求刑した。僕がいかに残忍で、卑劣な手口で人を殺し、それを正当化しているかを言った。弁護人は立ち上がって無期懲役を求刑した。
裁判長は、僕に最終意見陳述として、発言権を与えた。僕は言った。
「今の気分は最高だと思います。あなた方やここに集まった人たちよりも、遥かに生を感じています。きっと誰も共感できないと思います。何も考えず、規律に従って生き、それが正しいと思って満足して生きてるんだから。あなた方は、自分を信じたことがないから、そこに座っていられるんです。羨ましいとは思いません。僕はミヨコをレイプして殺しました。その後、父を殺しました。事実ですし、彼らが自分から死にたいと思っていたかどうかなんて、僕の知ったことではありません。僕の純粋な殺意を否定しないで下さい。僕は明晰に物を考えることができますし、座っているあなた方と何にも変わらない人間です。違うのは、僕は正義の存在を信じていないということです。それと、自分の見えた色や、心が感じたことを疑わないということです。自分の抱いた殺意を認めています。次に誰を殺すか訊かれたら、迷わず志穂を殺すと言うでしょう。人殺しがタブーなのは理解しています。でも、それは法律で決められているから、自分が恨みによって殺されるから。それ以上でもそれ以下でもありません。そこには善悪なんてないんです。その行為だけを切り取っても意味はないんです。僕のこの考えを矯正しようと思うのか、この世界から排除するのかはあなた達が決めることであって、僕には関係がありません。僕はただ下されたものを受け入れるだけです」
法廷はざわつき、裁判長は「静粛に」と注意をした。僕を知る者は泣き、知らない者は怒号をあげたり立ち上がった。検察官はニヤリと笑い、弁護士は諦めたように、だらりと手を机から下ろした。激しく貧乏揺すりをしながら、手で顔を覆った。
裁判所を出ると、僕に死刑を求める団体が抗議をしていた。記者を挟んで反対側に死刑制度の撤廃を求める運動をしている集団がいた。その中にサトルがいた。相変わらず野暮ったい眼鏡をかけ、僕を真っ直ぐに見ていた。
次の日、僕は死刑を宣告された。僕は控訴を拒んだ。無罪だろうが、有罪だろうが、変わらないからだ。死刑が確定した。声が枯れるまで笑った。