夢の世界は×××と同じで誰にも共有できないんだ
朝、キッチンで朝ごはんを作っていると、目元が赤い子どもがやってきて……?
ねえ、ママ。ぼく、わるい『ゆめ』を見たんだ。
――へぇ~。それはどんな『ゆめ』かな?よかったらママに話してくれない?
……あんまりおぼえてないんだ。
――おぼえてないのに、どうして、わるい『ゆめ』だってわかったの?
うっ……。
――なにか隠してるな~。ママにヒミツごとを話さないと、この、ママ特製のパンケーキはわたしが食べちゃおっかな♪
そ、そんなぁ……。
――もったいぶるのがいけないのよ。ほら、どんな『ゆめ』を見たの?
……ママおこらない?
――怒るわけないでしょー。『ゆめ』の話なんだから。
ま……ママが、とおくにいっちゃう『ゆめ』をみたんだ。
――遠く?
うん、とおく。きがついたらぼくは、ママともりのなかにいるの。はじめは、ママもとなりでいっしょにあるいてくれるんだけど、だんだんとママはぼくのまえをあるきはじめて……、はしっても、ぜんぜんすすまないから、おいつけなくって……。
――なるほどね。たしかにこどもからしたら『悪夢』ね。……だいじょうぶ。そんなかなしい顔をしないで。わたしがあなたから離れることなんてぜっったいにないんだから。どんなことがあってもあなたの隣にいて、どんなときでもママはあなたの味方よ。
っ――!うんっ!!
――こらこら料理中に抱き着かないの。パンケーキがこぼれちゃうわ。よっ……と。これでよし。ほら、もう朝ごはんの時間だから席についてなさい。『ゆめ』のことなんて忘れて今日も幼稚園でいっぱい遊んできなさい。
わかった!!
――はぁ……。
幼稚園まで息子を送り届け、家の中の掃除を終わらせ一息つく。朝、彼から聞かされた『ゆめ』の話が頭にこびりついている。
(子どもの前からいなくなる、かぁ……。)
それは遅かれ早かれ誰しもにいつか訪れる未来。でも、まだ先のことのように考えていた……。
(もう、そんなことまで考えられるようになったんだ……。つい最近、話せるようになったって、夫と喜んでいたと思ってたけど、あれから四年も経ってるんだ。来年には小学生……子どもの成長ってはやいなぁ……。想像よりもはやく……なんてね。)
いけない。ネガティブな方に考え始めている。なにか、明るい話題を考えなきゃ。別れの反対は――。
(あの子が帰ってきたら、こんな話をしてみようかな。)
ママ。ぼく、ねるのがちょっとこわいの。
――それは、わるい『ゆめ』を見たから?
うん。そうだよ。ママが作ってくれたパンケーキはおいしかったし、ようちえんもたのしかったけど……でも、わすれられなかったの。
――……いい?きっとゆめのなかのママもあなたと離れ離れになってとっても悲しかったと思うの。でもね、きっとわたしは笑っていると思うの。
なんで?どうしてわらってるの?
――それはね……次にあなたと会えるときがすっごく楽しみだからよ。きっとあなたはママに会うためにいろいろなことを『ゆめ』でしてくれると思うの。もし会うことが出来たらどんなことをしたのか、ママに教えてあげてね。きっと現実のママみたいにあなたの話をワクワクした気持ちで聞きたがっていると思うから。あっ、もし会えなくても悲しんじゃだめよ。あなたのやりたいことをやっていたら、きっとまた出会うことができるから、ね。
うん!もうねるのがこわくないよ。ママありがとう!
――それならよかったわ。おやすみなさい、また明日。
またあした!おやすみ!
夢の世界も別れた後のあの世について私たちはまだ話し合うことはできない。前者は夢を共有でもしない限り相手が何を見ているのわからないし、後者はそれこそ死んでからじゃないとわからない。いまのあの子は、私がどんなことを考えてさっきお話をしたかまだ分からないと思う。うん。いまはそれでいい。いつかあの子が成長して、夢じゃなくて現実で、別れることについて考えて悩むときに、一つの参考として今回の話を覚えていてくれたら……、それだけでうれしい。
(まぁ、いまはとりあえず……。)
子ども部屋のドアを静かに開ける。ベッドの上から寝息が聞こえてくる。どうやら、もう寝ているみたいだ。起こさないようにそっと近づいて、手を握る。あたたかくて、小さい手だ。
(この子が『ゆめ』のなかでも幸せでいますように――あら?)
母として精一杯、息子の幸せを願う。こんなちっぽけな願いが届いたのだろうか。小さな口がやさしく微笑んだ――そんな気がした。
きっと、この親子は自分たちの人生を自分たちで考えて歩んでいけるでしょう。幸せになってほしいです。