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横並び歩き

作者: 雉白書屋

 どうして女性、それも特に若い女性は横に並んで道を歩くのか。

 他の人の通行の邪魔になってしまうと思わず、逆に自転車や肩でもぶつかれば自分は被害者だとのたまう。

 後ろめたさもあるのだろうか。注意すれば「は? いいじゃんそれくらい」「きもっ」「ナンパ?」と、悪びれず、むしろ攻撃的になる。


 ……が、それには理由もあるらしい。横並びで喋り歩いてる際、もし自分だけ一歩でも後ろに下がってしまったら、どういうことになるか。

 それは表明。他の者たちに文字通り己が格下だと認めることになり、そのグループ内のカーストが決定。

 今後もひとり、一歩後ろに下がる関係性、ぞんざいな扱いに。

 無論、彼女たちの間でそのような取り決めが明確にあるわけではない。これは本能や習性のようなものだ。ひとり格下。その恐怖。わからなくはない。


 ゆえに彼女たちは横並びで歩く。取り留めのない話で声を上げて笑うその顔の下、心の奥には強固な意志が宿っているのだ。

 そしてそれは時にあらゆるものを撥ね除ける。

 そう、撥ね除けるのだ。



『こちらは防災放送です。ただいま、市内にて、女子高校生四人による並列歩きが確認されました。皆様、注意してください』


 対策本部は慌ただしく動いていた。ドローンによる空撮。それが捉えた女子高生四人組。並んで歩くそれは一個の強靭な生命体。止められない。歩行者、自転車、車。行く手を遮るものすべてを撥ね飛ばし、ただ己が行きたい方へと進む。

 これは気候、体調、話への没頭、歩幅、便秘具合他様々な要因、全員が奇跡的にマッチした時に起こる非常に稀有な現象である。

 馬鹿馬鹿しいと一笑に付す段階はとうに過ぎた。初めてそれが観測された時、その被害は惨憺たるものであったのだ。

 理の力とでもいうのだろうか、彼女たちは齎した被害とは裏腹に自分たちは掠り傷一つ負わなかった。そしてやはり悪びれもしなかった。「ちょっと話に夢中になってただけじゃん」と。


 そう、モニターに映し出されているあの四人も今、話に夢中なのだ。

 ゆえに、止まるよういくら呼び掛けても無駄。ひぃぃと市の職員が手にしていたスピーカーを投げ捨て逃げ去る。そのスピーカーは車に潰された蛙のようにぺしゃんこに。機動隊が彼女たちの進行方向に設置した装甲車も撥ね飛ばされ、宙を舞った。


 さらなる対策を練るべく、対策本部は彼女たちの会話の内容から何か得るものはないかと思案する。

 セックス、スイーツ、悪口、今流行りのSNS、金、自慢。どれもこれも平均的女子高生の会話。

 彼女たちの進行方向に美青年でも配置しては?

 甘い香りを漂わせては?

 金をばら撒いては?


 止める、もしくは海など被害が出ない場所へと誘導を目的とした作戦会議。しかし、出た案のそのどれも効果はなかった。

 話に夢中なのもそうだが、彼女たちの中で足並みを乱すということ、それが何よりも恐ろしい、あってはならないことなのだろう。

 被害は広がるばかり。と、言っても彼女たちは怪獣のようにただ真っ直ぐに、住宅の壁などを破壊して突き進んでいるというわけではない。道に沿って進んではいるのだ。

 しかし、この奇怪かつ稀な現象を一目見ようと集まった野次馬やマスコミ、そして停車中の車など触れるものすべてが撥ね飛ばされまたその飛ばされた先にいた者などが怪我をし、それによって今回のこの現象が起きてから僅か十四分足らずで死傷者が四十人を超えていた。

 手で覆っても苦い顔をしていることは明白な対策本部部長。打つ手なしか。


「た、大変です!」


 と、そこへ新たな情報が飛び込んでくると部長は力なく手を下ろし、開いた口を塞ごうとしなかった。

 同時発生。新たな『集』が確認されたのだ。

 それは一つ離れた市でのことであった。詳細を聞く中、部長の目に光が灯った。


「……作戦を告げる」


 新たな『集』それはある程度誘導が可能であった。

 目につくあらゆるものに反応し、話題に取り入れる彼女らは、まさに暴飲暴食七つの大罪の一つ。悪食強靭無敵最強。

 もし、それを女子高生たちにぶつけることができたら?


 事は、彼女たちは目論見通り、上手く運べた。



「あ、あと200メートルです! 180、170……」


 モニターを見つめる一同。緊張が走る。


「あ、タ、タイプB! へ、変化しました!」


「あれは……三角形……?」


「ほぅ、魚鱗の陣ですね。中央突破を狙う攻撃型の陣形です。

一方でタイプAの方は依然、横陣ですか。

基本形ですがふふふ絶対的な自信があるのでしょう」


「君は何を言っているんだ。疲れてるぞ、と、あ! ぶつか――」


 今回、タイプAと呼称された女子高生四人組とタイプBと呼称された中年女性六人組は衝突したその一瞬。激しい閃光を放ったのち、共にその場から姿を消した。

 現場には風が吹き抜け、落ち葉が自由に舞った。それが全てが、この惨事が終わったのだと告げているようであった。


 対消滅。なぜそれが起きたのかは、そもそもこの現象が起きた原因の追究を含め長い時間をかけ研究と検証が必要だが、今回編み出されたこの対抗策により、また新たにこの現象が発生しても、人類は犠牲を払いつつ対処に成功したのだった。


 だが、果たして彼女たちはどこへ消えたのだろうか。わからない、誰にも。


「鶴翼の陣だ!」

「対象、長蛇の陣で進んでいます!」

「方円だと……馬鹿なっ!」

「あ、あれは、渦……なのか?」


 後に様々な陣系が見られたが、それがなぜなのか。本能的なものなのか、あるいは脳の片隅に歴史の授業か何かで学んだことが残っていたのか。それとも……。


 その陣形を思いついた過去の偉人。戦国武将たちは何を見てそれを思いついたのだろうか。


 対消滅した彼女たちは次元の壁を越え、今も歴史の狭間で我が道を突き進んでいるのではないだろうか……。

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