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廃村の霧  作者: 潤田子虎
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ロナルド・フォグランドはエジプトを目指す

 私が彼と出会ったのは、エジプト行きの観光船の上だった。

 久しぶりの(実際、学生時代以来の)長期休暇だからのんびりするつもりで船旅に出たのだ。帰ったら開業医生活の始まりでしばらく長期休暇は取れないだろう(その意味では長期休暇ではなく、勤務医と開業医の間の無職の期間だともいえる)。もっとも、やりがいのある仕事というのはそれはそれでいいものだが。一方で彼はエジプトへ移住するつもりだと言っていたが、移住するのになぜ船旅なのかというのは彼自身にも説明がつかないようだった。ともかくも私アルバート・ホワイトと彼ロナルド・フォグランドは同じ船の上の人となった。


 ロナルドは明るく気さくで、多少太めな以外はまったく健康であり、年齢が近いこともあって旅の道連れとしては申し分なかった。私と彼は、カードをしたり、デッキでビールを飲んだり、目的地、すなわちエジプトのことについて話し合ったりした。

 驚いたことに彼は、これから移住しようとする地についてほとんど何も知らなかった。私は多少の予習はしてきたが、とはいっても私にできるのは観光や歴史や神話の話で、移住や外国人の就労については、私も彼同様に知らなかった。しかし彼は、私の話を非常によく聞いてくれた。そして、その合間に時々何かを気にかけているようなそぶりを見せたが、もちろんそんなことは誰にでもよくあることだと思っていた。


 ある夕方、太陽が沈んできれいな満月が上り始める頃、それまでずっと晴れていたのが薄ぼんやりとした海霧に包まれた。するとロナルドは急に恐慌を来し、部屋に駆け込んで閉じこもってしまったのだ。私が彼を部屋に訪ねると、彼はにわかには信じがたい話をした。それは彼がイギリスを後にした理由であり、時々気にかけていた何かだったのだが、まったく馬鹿げているとしか言いようのない内容だった。しかし彼の神経のために、私は彼の頼みを聞いて一晩彼の部屋で一緒に過ごすことにした。ともかく一晩寝て、朝になれば彼も落ち着くだろうし、そうでなければ船医にかかって鎮静剤でも出してもらえばよい(何なら私が出してもいい)。それで何も問題はない、はずだった。


 夜中を少し越えた頃だろうか、ものすごい悲鳴で目が覚めた。ロナルドの声とは思われなかったが、部屋の中から聞こえているようだったので、ともかくも彼に声をかけて落ち着かせようとした。しかし甲高い叫び声が続くばかりで、返事はなく、暴れてはいないようだが、ベッドにいるのかも不明だった。常夜灯が霧に霞んでいるような気がして視界が定かではなく、部屋の明かりをつけるのに手間取っているうちに叫び声はやみ、静かになった。

 明るくなり霧も晴れた部屋でロナルドの様子を見ようとしたが、彼はいなかった。布団をはぎ、物入れの中も確認してから私はドアの鍵を開けて部屋を出た。そして船員に事情を話して一緒に船内を探してもらった。しかし結局ロナルドは見つからなかった。最終的に彼は、私が聞いたような妄想に怯えたあげく甲板に飛び出し、誤って海に落ちたのだろうということになった。


 この辺は以前君に話したとおりだ。あの旅で君と出会い、地球の裏側にすむ人間同士が同じオカルト趣味について語り合うというのはまったくすばらしい思い出だ。その後の文通も含めて、君から得た知識がどれほど私の役に立ったかは理解してもらえていると思うし、まったく君には感謝している。

 君には言っていなかったが、そして私自身も気づいていなかったのだが、実はあの時その本を持ってきてしまったらしいのだ。手書き本ではあるが「大いなる霧に捧げる儀式」というタイトルの、つまり例の異教の教典のことだ。

 あの旅から帰った後でこれに気づいたが、開業の準備で忙しくつい忘れてしまっていた。最近になって片付け物をしていてこの本を見つけ、読んでみたが、実に恐ろしいことが書いてあった。掻摘まんで言うと彼ら邪教の者が(異教ではなく邪教と言って差し支えないと思う)「大いなる霧」と呼ぶモノについていろいろと書かれていて、彼(ロナルド・フォグランド)の話はおおよそ真実でありそうなのだ。

 だとすれば、「大いなる霧」の召喚にはいろいろと下準備や時間が必要だが、再召喚はある場合には全く簡単で、たった三つの条件を満たしさえすれば勝手に向こうからやってくるのだ。

 一方で退去については載っていない。召喚した後どうなるとか、どうすればいいとかいうことはまったく書かれていないんだ。その本の後ろの方は白紙になっていて、秘密の方法で書かれていないか、書いた痕跡でもないかと試してみたのだが、本当に何も書いていないらしい。


 私はおそらく、第一と第二の条件は満たしている。そして今夜第三の条件も満たすだろう。もちろん、馬鹿げている、恐れることなど何もありはしない、というべきだろう。しかし私には、万が一の不安がどうしても拭いきれない。

 そこで君に頼みがあるのだ。この本を君に預かってほしい。ただし読んではいけない(封をしておいたからまだ読んではいないと思う)。そしてもし私が行方不明になったら、しかるべき方法で処分してほしい。君は私や、私の知人の中で誰よりもオカルトに詳しいから(言葉の壁はあるがそのように感じる)、少なくとも適切に保管することができるだろう。君には負担をかけるが、手元に残しておくよりは何百万倍もましだ。

 もう時間がない。これから急いで小包を出しに行く。

 突然のことですまないが、よろしく頼む。


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