おとぎの国のおねぇ殿下
大きく開かれた窓から見える、煌びやかな時計塔が輝きだした。
――もうすぐ、12時の鐘が鳴る。
手を優しく握り、美しい微笑みを向ける王子とのダンスの最中。音楽が鳴り止むと片足を引いた。
カーン……カーン……
鐘の音が鳴るや否や、パッと手を離し出口に向かって踵を返す。
「ま、待ってくれ! せめて名前をっ」
手を伸ばして追いかけてくる王子を振り切り、階段を駆け下りる。
途中でバランスを崩し靴が片方脱げてしまった。一瞬振り返るが戻る時間はない。
淡いブルーのドレスの裾を持ち、障害物をよけながら馬に飛び乗った。
屋敷にたどり着き勢いよく部屋へ飛び込むと、可愛い魔法使いがニッコリと笑みを浮かべる。
そして、魔法の杖を振った。
◇
バタン!と扉が開く。
「あ……兄上……」
そこには――
片手に宝石を散りばめたガラスの靴を手にし、ぜぇぜぇと肩で息をする髪を乱した王子の姿が。
その後を追うように、ゾロゾロとパーティー会場に居た貴族姿の護衛達も息を切らしてやって来た。
「まったく! みんな遅すぎよっ」
ぷりぷりと怒る、ブルーのドレス姿の王太子。第二王子は恨めしそうに兄を睨んだ。
「兄上……どんな苦しい訓練も耐えましょう。ですから、この御伽噺をテーマにした訓練は、ご勘弁下さい!」
「えー。訓練場をただ走るなんて、つまらないじゃない。ねぇ、エレノアちゃん?」
ふふふっと、困った笑みを浮かべる魔法使い姿の、王太子の婚約者エレノア。
その視線の先を見て、第二王子と護衛らは膝から崩れ落ちる。
テーブルの上には籠に入ったリンゴの山と、壁には大きな鏡が飾られていた。
「次の……訓練は、森でしょうか?」
顔を上げずに尋ねた弟に、王太子は満面の笑みを浮かべる。
「あら、よく分かったわね。誰か1人でも私に勝ったらこの訓練は終わりにして、あ・げ・る」
国の英雄にどうやったら勝てるというのか――そんな空気が流れた。
「ちなみに兄上……次の配役は?」
「え? 当然、私が姫でエレノアちゃんが王子よ。……だって、あの噺は、ねぇ?」
互いに見つめ、ポッと頬を染めるクロヴィス姫と魔法使いエレノア。
『『『絶対、訓練目的じゃないだろ!』』』
そんな心の声を押し殺し、その場にいた全員が生暖かい視線を送っていた。
訓練内容は……誰も知らない。