覚醒の時
今年の学園祭で俺は、いや、俺達一般生徒の大半が圧倒的な憧憬と絶望を叩き込まれた。
だってそうだろ?今まで天才ってのは神に与えられた天賦の才によって成り立っていると信じていた。
だけど違った、俺達は不幸にも目の前で起こっている非現実的な戦闘が、狂気的な技が、その思考の深さがただなんとなく生きた人間が辿り着けるものなどではないと理解できてしまう程度には才があった。
だから皆か躍起になって努力を始めた、そいつらに触発された?違う、諦める理由が欲しいんだ、彼らには努力をする才があったと、自分だって努力したんだと、仕方がないってそう言いたかった。
全身を刻む砂塵が晴れる、両脚を撃たれ倒れそうになる身体を巻き上がる砂塵に起こされている。
朦朧とする意識で両脚の現状を理解した。
もう意識も手放すか、気絶してればもしかしたら目覚めたときにはベッドで寝れてるかもしれないしな。
「なんかあいつ目を覆ってますぜ、まだ逆転狙ってんじゃないっすか隠れたくなってきたっす……」
「あの状態から楯突こうなんざ考えてるやつはいねぇよ、必死に逃げたやつはいたがそれ以来足は潰してるどっちみち終わったも同然だ」
そりゃそうだろ、こんな状況で誰がまともに挑むんだよ、そんなやついたらただの異常者
「……そうっすよね!最近異常者を観すぎてて感覚が狂ってました」
「へぇ、刈原ってやつはあの状態から歯向かってきやがるのか、そりゃ楽しみだな」
直後、俺は空いた手に幻妖を生成、地面に叩きつけて弱った砂塵を突破、更に幻妖を消して逆の手に再生成、倒れようとする身体を石突きで地面を押し込み加速、幻妖を獅童の顔面に叩き込む。
多分この行動に誰より早く驚いたのは俺自身だと思う。
なんせ考えてした行動じゃない、この後を想像するなら意識を手放してこいつの玩具やってた方が幾分マシかもしれない。
ただ多分俺の中に残ってたほんのちっぽけなプライドがそれを押しのけてしまった。
あいつ等の前に無様をさらしに行くのがいやだったわけでも同学年に助けられたく無かったわけでもない。
『俺だって』そんなしょうもない負けず嫌いが刈原の言葉のせいで顔を出してしまった。
「『もっと素直に』ね、本当にこれで良かったのか、なぁ刈原」
「てめぇ、何言ってやがるんだ、死ぬ覚悟は出来てんだろうなぁ」
「ひぇ〜、アニキあっしは隠れさせてもらいます」
ピャーという効果音でもついてんのかと言いたくなるほどの見事な逃げっぷりだな。
自分の行動に驚きはしたが何故か冷静だ、脚は心剣無しでは立っていられず心装もない、あげく全身どこをとっても激痛が走っている。
怒り心頭といった表情が俺の身体を見て嘲笑へと変わる、
「あぁ、痛みでおかしくなってやがんのか、じゃあしっかりトドメ刺してやるよ」
俺の心臓を狙う一発の螺旋槍が放たれる。
幻妖で支える位置を変え身体を傾け最小限の動きで躱し再び同じ動作で獅童へと迫る。
「万全の肉体で突破できてねえのに無理に決まってんだろ!」
獅童の足元から砂塵が巻き上がり俺をいなす。
俺はその砂塵の回転に抗わず肉体すら削られるながら加速、再び助走用の距離を確保、三度獅童へと迫った。
「てめぇ、削れた肉体を押し当てて加速とかイカれてやがるのか、螺旋槍!」
放たれる2発の螺旋槍を幻妖と壊れかけの足でなんとか旋回する砂塵が身を削るかどうかのギリギリで避ける。
そのまま獅童へと幻妖を突き出すと螺旋槍のために砂塵を一部使ったからか、集中が乱れたか理由は定かではないが槍が流されながらも砂塵を突破、腕を掠める。
「今の感触、お前の心装も完全になくなったみたいだな」
「お前……相当にイカれてるぞ
もう良い、潰す」
雰囲気が変わる、今までゆっくりと周囲を旋回し全てを削り獅童へと砂塵を提供し続けていた嵐が意思を持って俺へと向けられる。
これは……もう無理だな、俺だけじゃあどうしようもない。
あの膨大な量の砂塵が防御へと回され突破も出来なくなりあそこへ混じったカランビットナイフは確実に俺を殺すだろう。
「だからさ、頼むよ、俺は覚悟を決めたぞ
そろそろ姿を見せてくれ《幻妖》」
心剣とは己の心の形だ、だったら俺もいい加減向き合おう、この英雄願望と。
幻妖が眩い光を放ち今まで纏っていた幻を破る。
その光の中から現れたのは白を基調として金の装飾の付いた一本の槍だった。
「行くぞ」
自らの肉体を弾き出すら力があふれる、さっきまでより速い、肉体が軽い。
迫る砂塵全てを躱し獅童へと肉薄し薄く輝くその槍を穿つ、しかしそれは巻き上がる砂塵で再び防がれる。
が、再度同じ動作を連続して繰り出す、肉体が軽くなり速度を簡単に出せるようになったことで潰れかけてる足でもなんとか攻めれている。
が、そう長くは持ちそうにない。
今度は冷静に確実に……
なんだ、なんなんだ!
いきなりやつの手もとが光って槍が現れたかと思ったら急に加速しやがった!
しかもこいつ、心剣を出してから光りが強くなるのと比例して加速し続けてやがる。
このままじゃ砂塵が全て削られる、この勝負……
((短期決戦で終わらせる))
さっきから一撃当たりで砂塵を吹き飛ばせる量が増え、槍が防御用の砂塵へとより深く刺さるようになってる、次で決める!
さっきまでは最低限肉体を支え槍で弾き飛ばしていた肉体を足まで使って更に1段加速する。
もっと、もっと、もっと、もっと!
「ああぁぁぁああぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙!!!」
「巫山戯るな雑魚がぁぁぁああ!!!」
しゃがれた声が喉を震わせ踏み込んだ足から血が噴き出る、目をい体を支え酷使した腕が限界を訴える、傷ついた全身が悲鳴を上げる。
それでも、と俺のちっぽけなプライドがそれら全ての限界を超えさせた。
「クソが……」
横薙ぎに払った槍が獅童の腹を撃ち身体が崩れ落ちる。
「勝っ……た?」
よっしゃぁぁぁぁぁああああ!!!!!
そこで俺の意識は途切れた。
「は〜ぁ、まさか一般生徒の如きに負けるとは『惨殺者』が聞いて呆れる」
そういうと先程まで獅童の太鼓持ちをしていた男は世界に溶けて消えた。