変化の兆し
意識が戻ると刈原と霞風が目に入る、俺はどうやら長椅子に寝かされているらしい。
頭の下には服が敷いてあるが、刈原のものか。
「すまん、洗って返したほうが良いか?」
「意外と余裕があるのかな、起きて最初に言うことがそれかい?」
「まあ、死にそうだったなら保健室にいるだろ。そうなってたら流石に文句が一つや二つで収まらんくらいにはあった」
「いくら冷静じゃなかったとはいえ流石に死ぬような技は使わないわよ」
冷気で気絶とか心剣の自己治癒能力が低ければ普通に死んでたぞ。
とはいえこの学園に来ている生徒なら呼吸さえできるなら数時間氷の中で放置されても死にはしないだろう。
「そんな技使いそうになってたら僕が止めさせてたさ、にしても星夜って回復が随分と早いんだね僕は遅いほうだから羨ましいよ」
一部の学説によれば心剣に秘められたエネルギーによって回復速度が決まる、能力の内容、質、規模によって違うとは言われている。
「そこはちょっとした自慢なんだよ、何故かは知らないがな」
自分の可能性を信じて調べたことがあったが、俺みたいな能力で早かったり、逆に刈原みたいなやつが遅かったり、そもそもの心剣の能力の影響だったりとイレギュラーが多すぎて調べるのはやめた。
さてと……
「にしても、まんまと使われちまったなぁ」
霞風が首を傾げ理解不能なもの、いや変なやつを見る目を向けてくる。
「なんのことかな?」
その真逆を行くような素晴らしい笑顔を向けてくる刈原はきっと人を騙す化生の類なんだろうな、なにより絵になってるのが腹立つ。
「霞風の練習台にしやがっただろ」
「最初から凍華の練習のためだっていったじゃないか」
その笑みを崩すことなく言葉を返してくるが、たしかに嘘はいってないんだろうな。
「自分で言うのもなんだが、最後のあんな反則スレスレの行為を見逃してるんだ霞風にああいう姑息な戦法もあることを頭に入れさせときたかったってとこか?」
「姑息とは思わないけど否定はしないよ、追加で言うなら凍花は他人に興味を持ってなさすぎるからもう少し人の試合ってのを観てほしいんだよ」
悪気が無さそうなのが腹立つな、まあ試合内容なんて公式のものであれば学園側に言えばいくらでも貰える、戦法なんて隠せるものでもないんだ。
「練習台にされたからって俺にデメリットがあるわけでもないんだが、してやられた感はあるよなぁ」
「貴方にも勝ったときのメリットは提示されてた筈よ、それを言うのはなしじゃない?」
霞風の言うことは間違って無いんだが、俺視点では釣餌に飛びつてしまったわけでなんか悔しい。
「というより貴方の心剣の能力も戦法も、知った所で私達と戦う機会なんて無いでしょ?貴方にデメリットなんて無いも同然だったじゃない」
この学園は授業や大会の結果でスコアの変動が起こりランク付けされる基本的にはスコアが近い人物としか当たらないのだ。
霞風は学年では一桁、最近名を挙げ始めた刈原のランクも俺より圧倒的に高い。
「まぁ……そうだな、俺とお前らじゃ戦ってるステージが違う」
少しカチンとくる言い方ではあるが、特に反論の余地はなく刈原も同意するように頷き口を開く。
「学園内のランク上げ以外を目的にこの学園に来る人はいくらでもいる、星夜もその類の人でしょ。もしランク上げを目的に此処に来てたなら、僕が君を知らないなんてありえない」
強豪の部活、潤沢な施設、優秀な教員、輝かしい学歴、入学すること、卒業することに意味を見出しこの学園に来るだけで満足する人はたしかに多い。
けれど
「俺はそれなりに真面目にランク上げてる、お前らは分からないだろうが知名度もランクもそうそう上がらないんだよ」
つい口から飛び出た言葉は思いのほかとげとげしいものだった。
「あんたねぇ「知ってるさ、この学園ではどんな技術を持っていても、どんな努力を重ねても勝たなければ無価値とされる……良く知ってるよ」
俺に向かって放たれようとした霞風の言葉は刈原の、まるで知っている誰かへ向けた独白のような言葉にかき消された。
「すまん、分かりきったことを口にした。最近はこんな負け惜しみ、することもなかったんだがな」
「それはそれでどうなのよ」
霞風が呆れるように肩をすくめてそう言い、刈原も同意する。
とりあえず少なくともさっきの失言は許されたようだ。
「言ってる意味が分からん、今俺は多少なりとも二人を不快にさせたわけだし良いもんではないだろ」
「負けて悔しいなんて当然、もちろん自分の中で整理つけるのが一番いいけれど見えない振りして蓋をするより悔しさを表に出す方幾らかマシよ、特にこの学園ではね。」
「いや、そもそも接戦ならともかくあれだけ完璧に負けといて俺が悔しいとでも?100回やって100回負けるような実力差だっただろ。」
霞風はさっきまであった呆れを通り越し目元をおさえる。
それとは対照的に刈原は心底不思議そうな表情で俺の顔をのぞきた。
「勝てるかどうかがどうして話題に上がるんだ?」
「勝てるはずもない勝負に本気で悔しがるなんてアホの所業だろ」
俺の言葉を聞いて刈原も納得の表情を浮かべる。
そりゃそうだろう、負けイベに本気で悔しがるなんて頭のおかしな奴がすることだ。
「なるほど、それが君の歪さの原因か」
は?
「歪って
謝罪の言葉を口にした俺へ向けられた言葉に不快感を感じ言葉を返そうとした。
が、刈原の瞳に飲まれる。
「星夜はもっと素直になったほうが良いよ」
「急だな、いったい何のおっせっかいだ」
良い学校に入って、好きに遊んで成績だって悪いわけじゃない。
俺は十分に自分に素直に生きてるつもりだ。
「おせっかいなんかじゃないさ、そのほうがおもしろそうだと思っただけだよ。」
朗らかに笑っているこいつの目は期待と興味にあふれているように見えた。
「勝手だな、まあ好きに面白がってろ。そのよく分からん期待に応えることはないだろうけどな」
といってはみたがそもそも刈原の期待に応えられるとも思えん。
それから俺は疲労を理由にその場を立ち去った。
「彼、どうなると思う?」
「凍華も気になってる感じ?」
「そんなわけないでしょ、『も』ってことは慎也は気に入ったみたいね」
「これからの彼次第かな、きっかけがあればって感じだろうね」