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第七話 断つモノ

幸せはいつもすぐ側にあると

気付けばそこが君の世界だ

 モモの視界が元に戻ると、先ほどまで彼女の背後にいたはずのイツキが、前方の楠の横に立っていた。背後に視線を移すと、サルビアが右手を抑え座り込んだままでいる。

 長い夢を見ていたようでもあったが、どうやらここでは一瞬のことであったらしい。


 目に映る景色と、脳裏に浮かぶ景色が重なり合っていて、先ほどは認識できずにいたが、サルビアが倒れているのを見て、彼女に手を伸ばそうとするのを、イツキが止める。

 そうして、今度は、イツキがモモとサルビアの間を遮るように立った。


 これまで、モモとサルビアが一緒にいることに対して、何も干渉してこなかったのに、イツキのその突然の行動にモモは戸惑う。


「君だろ?彼女の縁を断ち切ってるのは」


「え?」


「何を言ってるのかしら?」


 サルビアが立ち上がり、服についた汚れを払う。イツキが笑みを浮かべたままなのは相変わらずだったが、それを見つめるサルビアの表情は、どこか険しいものに変わっているように見えた。


「彼女がこの地に来ていることからして、そもそも疑問だったんだけど、それでも、最初の状態からなら、「忘れ物」を思い出して、かえすだけでいい、とそう思ってた」


 イツキは話をしながら、一瞬、モモの手元に視線を移し、そしてまたサルビアを見た。


「けれど、彼女が縁を掴んでいそうな気配はあるのに、状況は改善する気配がない。何かおかしい、と思った。

 元々、僕がここで出来ることなんて、彼女をかえすための渡りをつけることぐらいだから、みんなの様子をただ見ていただけなのが良かったのかもね。

 彼女が少し調子を崩すたびに、君が彼女に触れている事に気づいた。

 1つ気になったら、あとは自然と繋がったよ。君が彼女がかえるための手段を気にしたことも、君が彼女の縁の修復を助ける発言をしないのも、最初から君は彼女をかえす気がないからだ。いや、むしろ、ここに留めおく気もなかった、と言えばいいかな」


「だから、何を言ってるのかしら。私は……」


「ワゴンを見つけて以降、彼女の手を離さなかったのは、これ以上、思い出させないためだろう?」


 イツキがサルビアの手に視線を移す。


「その手が彼女に触れる度に、彼女の中に戻った縁を断ってきたわけだ。何を目的にしているかは分からないままだけど、彼女を元居た世界から切り離したいということだけは分かった。でも、これ以上はさせない」


 サルビアが身体を沈めるか沈めないかのタイミングで、イツキはモモの持っていたカバンを手にする。


「借りるよ」


 次の瞬間、サルビアがイツキとモモに向かって駆けだしたかと思うと、そのサルビアに向かって、イツキが手にしたカバンを叩きつけた。

 カメラのフラッシュがたかれたかのような発光と共に、サルビアがその場に崩れ落ちる。それと同時に、その向こう側に、もう一人の人影が倒れているのが見えた。

 姿形はサルビアと同じ猫のようにも見える。だが、決定的に違う点があるとすれば、二股に分かれた大きな尻尾が見えたことだった。


 その人影が立ち上がろうと、四つん這いになったのを見て、イツキが手の平を前に翳す。


――ばんっ


 人影の上で壁を叩きつけたかのような音がなったかと思うと、気づけば、人影が地面に伏していた。


「彼女と僕との繋がりが戻った以上、ここは僕の領域だ。そう簡単に好きにはさせない」


 こちらを睨むように見たその人影は、見た目だけならば愛らしい、いや、むしろ妖艶と言ってもいい何かを感じさせる。


「……あれは?」


 イツキが無言でカバンをモモに差し出し、彼女もそれについては何を問うでもなく、受け取る。ただ、突然現れた人影については問わずにはいられなかった。


「さて。ろくなものではないことだけは確かだし、さっきも言ったように、あれが、君に「忘れ物」を忘れさせた何かだよ。もしかすると、「忘れ物」を作ったのもあれかもしれないね」


「……さっき思い出したのが「忘れ物」じゃないの?」


「あれは、本来の「忘れ物」に付随した一部だよ。」


「……やっぱり「忘れ物」を知ってるの?」


「いや、知らない。いや、正確には、()()()()()()()()()()()。さっき一部を見てしまったから、全部知らないと言えば嘘になる」


 イツキは話を続けながらも、視線はずっと先ほど現れた人影から外さない。気づけば、彼がずっと浮かべていた笑みはとうに消えていた。


「あとは、君が何故ここに来たのか、それを思い出せればいい。そうすれば、君はかえるはずだ」


「でも……」


 これ以上、どうすればいいのか、モモがそう言いかけた時、彼女の手に誰かが触れた。手を見れば、倒れていたはずのサルビアが、その手を伸ばしていた。


「大丈夫よ、ももちゃん」


 そう言った彼女の背後には、どこか見覚えのある白い影が見えた。


▽▲▽▲


「ねぇ、ももちゃん。今日も一緒に『森の仲間たち』で遊ぼう」


「うん!」


 家が近所で、幼馴染。好きなものも近かった彼女は、モモにとっては一番初めに出来た友達で、一番の親友で、気兼ねなく話せた唯一の友達だった。幼い頃は、二人とも好きだった『森の仲間たち』の人形を、お互い家に持ち寄って遊んでいた。

 モモは菜の花のうさぎの親子と家。彼女はサルビアの猫とワゴン。時々ボート。あとは、それぞれの家にある遊具だったり、お店だったりを使って、その時々でいろんなごっこ遊びをした。

 小学校にもなれば、そうした「ごっこ遊び」をすることはなくなったが、互いの親もこのシリーズの人形が好きだったのか、遊びで使われなくなった後も、それぞれの家のインテリアとして飾られていた。

 少し恥ずかしいよね、と言いながらも「ごっこ遊び」の思い出を語ることもあり、モモも彼女も、親同様、この人形たちには思い入れがあったのかもしれない。

 中学校時代には、モモは陸上部で、彼女はバスケ部と、部活が違い、一緒に居る機会は格段に少なくなってしまっていたが、それでも、登校やテスト期間中は一緒で居ることが多く、共に過ごす時間があった。

 会わなくなってしまったのは、別々の学校になった高校からだった。生活のリズムも変わり、顔を合わせる機会は全くと言っていいほどなくなってしまった。それでも、最初の頃は連絡を取り合っていたが、それも日々の忙しさの為なのか、少しずつ返信までの時間が遅れ、連絡の頻度も減り、2年生になる頃には、まったく連絡を取ることもなくなってしまっていた。

 新しい環境、新しい友達に、彼女への気持ちが薄れていたかと言えば、そうではなかった。少なくとも、モモはそうだった。ただ、二人で一緒にいた頃は、伝えなくてもお互い知っていることも多く、気兼ねなく話せたような内容も、高校になってからはどこまで話していいのか、考えながら話さなければならなくなって、そのうち、返信が遅くなり、それが更に後ろめたさになって、段々と次の連絡を取りづらくなっていったのだ。

 彼女がどう感じていたのか、それはモモには分からなかった。ただ、少しずつ、気持ちが離れていってしまっているような、返信の言葉から、そんなことを感じ取っていた。それが自分の後ろめたさからくる穿った見方かもしれない、そんな気持ちも持ちながら。

 生活リズムが変わってしまうと、家が近くても会うことはほとんどない。だから、モモが学校からの帰り道、街中で彼女を見かけたのは、本当に偶然に過ぎなかった。

 彼女の高校の位置から考えれば、どうしてこんなところにいるのか。

 そんな疑問も湧いたが、それも直接に聞けばいい、と彼女に声を掛けようとして、歩み寄りかけた足が止まる。

 高校で別々の学校になると新しいコミュニティが出来上がる。最近話をしていないのは、自分とは違って、もう新しい彼女のコミュニティがあり、自分はどうでもよい存在になったのではないか。

 そんな疑問が過ってしまった。

 それでも、彼女に話しかけることを諦めきれず、尾行でもするようにその姿を追っていると、なんだか様子がおかしい事に気づいた。

 周囲を見渡したり、店内の様子を覗いてみたり、店内に入ろうとして躊躇ってみたり。その様子は彼女らしからぬ優柔不断さだった。そうやって見てみると、不調でふらふらとしているようにも見えてくる。

 どうやって話しかけようかと悩んでいたことなど瞬時に吹き飛び、モモは彼女に声を掛けるべく歩調を早める。そうして、ようやく手が届きそうな位置まで歩み寄った時、彼女が後ろにふらついたかと思うと、歩道から足を踏み外し、車道に倒れこみそうになる。


「待って!」


 モモが叫び、伸ばしかけいたその手で彼女の腕を掴む。そうして自分の方に思い切り引っ張ると、彼女と一緒に地面に向かって倒れこむ。彼女をかばう形で彼女を抱くように倒れてしまい、背中と後頭部に激しい衝撃と痛みを感じたかと思うと、モモは意識を失った。

誰かと繋がっていられるのなら

見知らぬ世界も見知った世界だ

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