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第六話 神の木

だから、変わりゆくことが異常ではない

常ならずとも異常ではない

 森の脇道に入ると、数歩進んだところですぐに景色が開けた。それはバス停から森の中に入った時の感覚に似て、けれど、目にした風景は異なっていた。


「……ここは」


 森の中の広場、という点では同じだが、先ほどまではむき出しの土だった地面が、一面砂利に変わっている。そして、モモ達の前には大きな楠の木々が数本、しめ縄に囲まれるようにして立っていた。

 その景色は、先ほどまでの場所と比べれば余程モモにとっては見知った景色だった。

 モモの手に伝わる温もりが、サルビアの存在を感じさせ、先ほどの世界からの延長であることが分かる。少なくとも、モモがただ一人、別世界に連れられる、という事態にだけはならなかったようだ。


 ナノハナの姉弟も着いてきているだろうか、とモモが後ろを振り返ると、歩いてきたはずの道が消えてなくなっていた。それに気づいた瞬間、彼女の背中に寒気が走る。想像していなかった訳ではない。むしろ、これを想定して、サルビアの手を離そうとしたのだから。だが、想定するのと、実際に起きるのとでは、湧き上がる感情に大きな差があった。

 モモの様子を見て、サルビアも自分が置かれた状況に気づくと、モモとイツキの間に割り込むように立つ。


「どういうつもり?」


 モモの言葉に、イツキは肩をすくめる。相変わらず笑みを浮かべてはいたが、その目は笑っているようには見えない。


「菜の花のうさぎの姉弟の事を言っているのなら、必要だったからあちらに残ってもらったんだよ」


「置き去りにした……の間違いじゃないの?」


「それもあながち表現としては間違っていないけど、今、この場に居ない方がいい、という意味では変わらないよ」


 モモはイツキの言葉の意味を考える。彼の言い分は、どうとでも解釈のしようがあったが、結論は同じだ。

 ナノハナ達はここに居ない方が、イツキにとって都合がいい。

 だが、先ほどの言葉には、他の意味も持つ

 ・イツキは、今、この場に居る人を何らかの手段で選ぶことが出来る

 ・今、この場に居る人は、これからの事に必要である


 それは、サルビアも、イツキが意図的してここに連れてきていることを意味している。

 モモは、自分とイツキの間に立つサルビアにわずかに視線を移す。

 彼女が何故必要なのか、とは思うが、考えたところでわかるはずもなく、考えなくてもすぐに明らかになるだろう、と割り切った。


「それで……、次は何をすればいいの?」


 モモがあからさまに警戒されていることはイツキも気づいているが、指摘したところで変わるはずもないし、やることは変わらない、と、態度は変えずに彼女たちを見つめる。


「この場所を見て、思い出してくれたなら、何もする必要はないけれど、思い出せないなら、この木に触れてみてくれると嬉しいかな」


 イツキはモモたちの方を見ながら、数歩後ろに下がり、そこにある楠に手を触れた。すると、まるでそれに応えるかのように楠の枝が揺れ、その枝の揺れに合わせるように、周囲の森の木々からも枝葉が擦れる音がした。


「この場所……?」


 確かにここは、本来モモが居た世界にもありそうな場所ではあった。しめ縄に囲まれたご神木を祀った場所は全国に数多くある。そして、「思い出して」と言うからには、ここはモモにとって所縁のある場所なのだろう。だが、本当に思い出せるのだろうか、と思わずにはいられない。先ほどの場所でも、あれだけ色々ナノハナ達が話をしてくれたのに、結局ナノハナ達もサルビアも、あの世界の色々なことを、何も思い出せなかったというのに。


(見て思い出せないなら、楠に触れろって言ってたよね)


 しばらく、辺りの景色を眺めても、何も思い出すことの出来なかったモモは、サルビアの脇を抜け、楠に近づこうとした。


「……待って!」


 モモの動きに気づいたサルビアが、その手を掴もうと振り返る。その瞬間、モモの脳裏を何かが過ったかと思うと、サルビアとモモの触れた場所が白く輝いた。



▽▲▽▲


「待って!」


 そう叫んで、ブレザーの制服を着た少女の腕を掴む。そうしてモモは、少女を自分の方に思い切り引っ張ると、彼女と一緒に地面に向かって倒れこんだ。全身を襲う激しい衝撃と共に、意識が暗転する。


▽▲▽▲


「……あっ」


 突然の発光が消えたかと思うと、砂利が弾かれる音がする。

 音の先には、右手を抑えて座り込んだサルビアがいた。

 彼女はイツキを睨むように見つめ、イツキもまた、サルビアを見つめていた。

 モモはそれらを視界に収めていながら、まるで吸い込まれるかのように楠に向けて歩き出す。

 一瞬脳裏を過った場面がなんだったのかは分からない。ただ、その時に見たブレザーの制服の少女。モモは彼女を知っていた。知っているはずだった。そして、もう1つ思い出したことがある。


(その子とここに来たことがある)


 目に映るものも、意識に浮かぶものも、全てがあやふやな状態のまま、それが異常であることにすら気づくことなく、モモは楠に手を添えた。


▽▲▽▲


「どうして切り倒してしまうの?」


 背中にまで届きそうな流れるような黒髪をした幼い女の子が、楠の前に立っていた。その隣には、巫女の服に身を包んだ女性が立ち、女の子の小さな手を包むようにして手を繋いでいた。


「色んな所が弱ってしまって、立っているのが辛いんだって」


 しばらく間を空けて、言葉を選ぶように、女性が女の子に語りかける。


「もう、この木もずいぶんとおじいちゃんになってしまったから、仕方ないのかもしれないわね」


 女性はそう言ったが、その表情からは言葉以上の寂しさが伝わってくる。

 女の子は、それを不思議そうに見上げる。


「このままじゃ駄目なの?」


「弱っているところが突然折れてしまって、倒れてしまうと危ないでしょう?だから、そうなる前に……」


「でも、まだ大丈夫って言ってるよ」


「え?」


「ほらっ」


 女の子は楠の木の下の方を指さす。そこには、まだ小さく若々しい緑の新芽が伸びていた。


「それに、他の子達も、まだ大丈夫って。一緒にいるから」


 女の子の言葉に、女性は目の前の楠を見る。その楠は確かに周りと支え合うように木の枝が絡み合って立っていた。それは、女の子から見ると、木と木がそれぞれ支え合っているように見えたのかもしれない。

 目の前の楠は、既に枝につく葉の大半が枯れ落ちている。幹もまた、所々表皮が割れ、見ているだけで痛々しい。

 その姿を労わるような目で、女性は楠にそっと触れる。この地を長く見守ってくれている彼に思い入れがあるのは、女性の方だ。

 瞳を閉じて、しばらく立ち尽くしている女性を、女の子は黙って見ていた。楠に触れている手とは反対の手。女の子の手を握っているその手が、どこか震えているように感じたから。何かを悩み、迷っているのだろう、ということは、幼いながらもなんとなく分かったから。


「……そうね」


 どれほどの時間が経っただろう。女性が目を開け、少女の方を振り向いた時には、憂いがすっかりなくなったかのような笑みを浮かべた。


「この新しい芽がもう少し大きくなって、もう大丈夫ってなるまでは、頑張ってもらいましょうか」


「そのあとは?」


「新しい芽が大きくなっていくとき、元々あったこの幹が邪魔になってしまうし、新しい芽が育つのに必要な栄養がちゃんと伝わらなくなってしまうから、新しい芽と、この子は少なくとも分けなくちゃいけないわね。

 その時までに、このおじいちゃんにも元気が戻っていたらいいわね」


「……どっちも大丈夫ってこと?」


「そうなるといいわね」


 女性を見上げていた女の子の顔が目に見えて明るくなる。女性はそれを見て、彼女の頭を軽く撫でた。


 彼女たちのやり取りを、少し離れた場所から眺めている人影があった。

 モモだ。


(そう、私はこれを知っている)


 この後、新芽はすくすくと育った。数年後には、女の子も少女となり、身長も伸びたが、その成長速度を遥かに超える速度で、新芽は成長した。

 代わりに、と言っていいのか、新芽の大本となった幹は、少しずつ元気を無くしているように見えた。それでも、女の子だったこの時に考えられていたよりは、遥かに元気に、長く、その地を、新たな命を見守るために立ち続けていた。

 それでも……


「それでも、この木に訪れる寿命は避けられない」


 まるでモモの心の声を読んでいたかのように、背後から声を掛けられる。振り返らずとも、それがイツキの声であることは分かった。


「やっと、繋がった」


 そう言って、イツキがモモに触れると、モモの視界は一気に光で包まれた。

変わらないだけが日常ではなく

変わりゆくこともまた日常だ

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