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第五話 ワゴンの記憶とその手の温もり

望まれてることは幸せだ

ワゴンの止められた場所までたどり着いた一行は、ワゴンよりも少し手前で歩みを止めていた。


「薄雪のおじちゃん、いないね」


「薄雪?」


「ワゴンでいつもアイスクリームを販売してくれている人よ。薄雪草のうさぎのお父さん」


 薄雪草のうさぎと言われて、モモはなんとなく、真っ白なうさぎがアイスクリームの店員の格好をしている姿を思い浮かべる。そのあまりの白さに、これはただの雪うさぎでは?と、自ら突っ込みを入れて、否定した。ただ、それほど外れた想像ではないんじゃないか、というぼんやりとした思いもあった。


「季節も過ぎたから、今年のお店はもう終わりってい言っていたし、お店をやっていないのは分かるのだけど……」


 ナノハナ姉はそう言って、ワゴン車に少し近づいてみた。

 外から見る限り、誰かが乗っている様子はない。それに、ワゴン車の中にアイスがあるようにも見えなかった。やはり販売に来たわけではないらしい。

 モモもワゴン車の中を覗いてみるが、元々森の中が薄暗いこともあり、中は良く見えなかった。

 窓際にはアイスを入れるケースが置かれているが、中身は空になっていて、ケースそのものも抜かれているのが見える。奥までは見えないが、台のようなものがあることだけは分かった。

 そうやって、モモが中の作りを想像しているうちに、ワゴン車の中が明るくなり、中の様子が見えてきた。そして、先ほどまで誰も居なかったはずの車内に、うっすらと人の輪郭が見えてきたかと思うと、真っ白な毛並みをしたうさぎが、背を向けて何か作業をしている姿が見えてきた。その脇には、もう一人、うさぎの姿が見える。水色の縦じまの制服を着て、サンバイザーをつけ、こちらはアイスのコーンの整理をしているように見えた。


「もうすぐ出来ますからね」


 そういったうさぎの声は、どこか幼子のように聞こえ、可愛らしい。

 そんなことを考えていると、いつの間にかモモの視点は、ワゴンを俯瞰的に見ているような気がしてきた。その場に居るのに、その場に居ないような不思議な感覚。

 ふと、そんな自分を見つめている誰かが居るような気がして、顔を上げてみると、そこには見知らぬ人間の少女がこちらを見つめていた。

 少女、というには幼い、小学生にも満たないぐらいの女の子。


「ももちゃん、どうしたの?」


 その女の子が不思議そうにモモに問いかける。


――そうだ。


「はい、アイスクリームどうぞ。菜の花のうさぎの女の子には、バニラあげますね」


――私は、この子を知っている


 女の子が手を伸ばす。その手の先は、モモの手の先に伸びていて、そこには小さなうさぎの姿があった。


――この子は……




「モモちゃん?」


 再び声を掛けられた瞬間、モモの視点は再びワゴンを見つめる自分に戻っていた。隣を見ると、サルビアが不安げにこちらを覗き込んでいる。


 大丈夫、と答えようとして、直前まで見ていた何かを思い出せなくなっていることに気づく。まるで夢から醒めたかのように、確かに夢を見ていたはずなのに、それが何だったのか、醒めた瞬間には曖昧になってしまっている、そんな感覚。


「どうかした?」


 いつの間に立っていたのか、背後から声を掛けられ、モモは驚いて振り向く。そこには、出会ったときから変わらない笑みを浮かべていたイツキがいた。


「何か、思い出したのかな?」


 モモは無意識のうちに一歩下がっていた。何か分からないが、近寄りがたい何かを感じたのだ。


「私は、何を忘れているの?」


 それは、彼に一度尋ねた問いだった。それでも、もう一度問わずにはいられない問いだった。


「僕には、それを答えることは出来ないよ」


 イツキは笑みを浮かべたまま答える。

 何かを悟ったのか、サルビアがモモの手をぎゅっと握りしめた。

 柔らかなその手は、温かいはずなのに、不思議と冷たく感じた。


「知らない、とは言わないんだね」


「……そう言ってもいいけどね」


「何をしようとしているの?」


 手の平に感じる感触を頼りに、モモは一歩前に進む。

 この世界に連れて来てくれたのは目の前にいる少年だ。

 彼は言った。「気づいてくれて良かった」と。

 初めてあった少女に対して、「誰?」と確認するのでもなく、「気づいてくれて良かった」と言った。

 そして、言ったのだ。「じゃぁ、忘れ物を探しに行こうか」


 その後、連れてこられたこの世界では、モモを知っている不思議な彼女たちに出会った。彼女たちが自分を知っているから、この少年も自分を知っているのだと思った。少年と彼女たちが知り合いのように話していることも、そのように考えた理由だった。しかし、少年はモモを知っているとは、一度も言っていないのだ。

 もしも知り合いではないのだとしたら、彼は何を目的に自分をここに連れてきたのか。いや、目的は最初から分かっているではないか。

 「忘れ物」なのだ。

 自分はそれを思い出すためにここにいる。

 でも、それは「思い出して」も良いものなのか?


「君の忘れ物を見つけて、君をかえす。それだけだよ」


 イツキの表情は変わらなかった。モモはイツキの言葉を思い出す。

 「忘れ物を探しに来た」と彼は言う。その上で「帰す」とも。それは矛盾していないように感じる。

 嘘をついていなければ、という但し書きはつくけれど。でも、それを疑ってしまえばきりがないのだ。そもそも尋ねる意味すらない。

 そう考えると、聞いたところで仕方がないのかもしれなかった。

 

 そこまで考えて、モモは大きく息を吐いた。

 結局、自分には選択肢などない事に気づいてしまったからだ。


「不安になるのはわかるよ。でも、あと少し、我慢してほしい」


 イツキがモモに背を向けて歩き出す。その先には、森の奥へと続く道が見える。

 夕陽でも差し込んできているのか、道の先が白く輝いて見えた。


(着いてこい、ってことよね)


 また、違うどこかに行くのかもしれない。その不安は拭えない。


(でも、ただここに居ても、帰ることは出来ない)


 それはモモの思い込みに過ぎないかもしれない。だが、彼の言う「忘れ物」が自分にとっての「帰る」手段であるならば、それを「嘘」だと断じる手段がないのなら、迷っても、不安を抱えていても仕方がない。


 意を決して進もうとして、ふと、モモはサルビアの手を握ったままであることに気づいた。


 イツキに着いて行けば、こことは違う世界に行くかもしれない。だとすれば……


(私だけで行った方がいいよね)


「……ありがとう。もう大丈夫だから」


 モモは、なるべく平気だと、そう見えるように笑顔を浮かべる。

 しかし、その手を離そうとしても、サルビアがぎゅっとその手を離さずにいた。


「もう少しなんでしょ。行きましょ」


「……うん」


 本音を言えば、不安だった。甘えていいのだろうか、という気持ちと、一人では不安だ、という気持ちが、モモの中でせめぎ合っていたが、サルビアの瞳を見て、少女は小さく息を吐く。


(ダメだな、私。いつも助けられてばかりだ)


 それでも、この手があれば前に進めそうだった。

 モモはサルビアの手を握りしめ返すと、イツキの後を続くように、歩き始めた。

それは誰かに繋がる証だ

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