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第三話 いつも通りの日常を

常日頃なのが日常と言うなら

「いつも通りって言われても……」


 うさぎ姉(仮)が口と鼻を隠すような感じで両の手を当てて、小首を傾げた。少女――モモの為に力になれるのなら、それを厭うつもりはなかったが、いつも通りと言われてしまうと、何をしてよいのか皆目見当もつかない、というのが本音だ。


「難しく考える必要はないよ。湖畔で遊んだり、料理をしたり、野草を摘んだり。本当にいつも通りでいいんだよ」


 そうやって困っていた彼女に少年が伝えた内容は、確かに「いつも通り」の事だった。


「そんな事でいいの?」


 うさぎ姉(仮)の問い掛けに、少年は、やはり笑みを浮かべたままで両手を広げる。


「それがいいんだよ。……多分」


 どうしてそんな芝居がかった動きをするのかしら、とうさぎ姉(仮)が思っていると、その横で、うさぎ弟(仮)が眉をひそめ、くりっとした目を細めているのが見えた。


「なんか……、嘘っぽい」


 少年は、うさぎ弟(仮)の言葉を聞いて、今までの笑顔を崩し、困った顔をした。

 それを見て、うさぎ弟(仮)がますます目を細める。


「もっと嘘っぽい」


 少年は苦笑いを浮かべると、肩をすくめた。先ほどまでの淡々とした様子から、突然芝居がかった動きをし始めた理由は分からなかったが、それにしても、あまりはっきり言うべきではない。


「失礼よ」


 うさぎ姉(仮)は、うさぎ弟(仮)の頭にピンと立つ2つの耳の間に手を入れると、両耳をわしゃわしゃと撫でた。うさぎ弟(仮)は肩をすくめると、嫌そうに頭で振り払う。

 少年はその様子を見ながら、また先ほどまでと同様の笑みを浮かべた。


「彼女が何を忘れているかは分からない。彼女だってもちろん知らない。でも、彼女は君達の所に来た。だからきっと、そういう事なんだと、そう思う」


「……そういう事?」


「僕も言葉では上手く説明できない。それに、話し過ぎるのも良くないと思う」


「どうして?」


「そしたら「いつも通り」にならないだろ?」


 少年の言葉にうさぎ弟(仮)は首を傾げる。これは、確かに弟に理解しろと言っても難しいかもしれない、と、うさぎ姉は苦笑いを浮かべた。


「いつも通りに過ごしてね。でも、今日は「効き耳(※)たてちゃダメよ」って言われたら、何も気にせずにいつも通り過ごせる?」


(※効き耳:耳を立てて、音から様々な事象を判別、聞き分けること。造語)


 うさぎ姉にそう尋ねられて、うさぎ弟は少し考えたあと、首を横に振る。


「やっちゃダメってずっと考えちゃう」


「そうよね。そうしたら、普段している遊びも、今日はやめておこうかな、ってなるわよね」


 うさぎ弟がこくんと頷く


「だから、詳しくお話出来ないって言っているのよ」


「分かった」


 うさぎ弟はもう一度頷くと、突然席を立ち上がり、モモの元に駆け寄った。そうして、その膝に両手を乗せると、上目遣いで見上げる。

 通常よりもよりぴんと立った耳が、興奮しているんだな、と、なんとなく感じ取れてモモは無性にうさぎ弟を抱きしめたくなる。


「じゃぁ、遊びに行こっ。モモちゃん、何する?」


 うさぎ弟の変わり身の速さに、うさぎ姉と猫の少女が声を立てて笑う。


「?」


 うさぎ弟はそんな二人を見て、ん?と小首を傾げた。


▽▲▽▲


 遊びに行くにしても、折角用意したお茶とお菓子を食べてからでもいいだろう、と、うさぎ姉がうさぎ弟を着席させる。

 モモには未だ躊躇いは残っていたが、それでも、とお茶を口にする。これでどうにかなったとしたら、その時はその時だった。

 ティーカップから仄かに感じた香りから、注がれた飲み物がなんらかの紅茶であろう事までは推測出来たが、そこまでだった。

 思った以上に茶葉の苦みが口に残った感じがして、もしかすると、クッキーの甘味と合うのだろうか、と、クッキーの端を少し割って口にする。すると、バニラのような香りとバターによるしっとりとした食感、それから蜂蜜のような甘味が口に広がった。甘味が残っている間に、もう一口紅茶を飲むと、甘味と混じりあって、程よい苦みを感じた。やはりこれが正解だったようだ。

 夢か現実かと問われれば、確実に夢に近い世界のはずなのに、こんなにはっきりと味を感じていることに、モモはなんだか悩んでいることが馬鹿らしくなってきてしまっていた。

 一体どうしてここにいるのか、モモを知るという彼、彼女達は何者なのか、それは未だ何もわかっていない、いや思い出せていないけど、それを一緒に探そうと言ってくれているのだから、もう、この世界を楽しめばいいのではないか、と、そう思ったのだ。


「それで、この後は、どんなことをするつもり?」


 開き直ってしまえば、こんなにおいしいクッキーを食べないなんてもったいない、と、モモは出されたクッキーの味を改めて楽しみながら、うさぎ姉に問い掛けた。


「ぶらんこ!ぶらんこがいいっ!」


 うさぎ弟が椅子から立ち上がるような勢いで手を挙げる。


「それは、自分がやりたいだけでしょ」


 そんな弟を嗜めると、姉は頬に手を当てて、少し首を傾けた。

 二人のやり取りを見ながら、「人の顔でもないのに、なんとなく、笑ったり、驚いたり、感情が読み取れるものなんだな……」と、モモはどこかずれた感想を覚える。

 ここに来てから、言葉の問題もそうだが、コミュニケーションに関して困ったと感じたことはない。「夢の世界だから」と言ってしまえば、それまでの事かもしれなかったが、なんとなく不思議な気持ちになったのだ。彼女が本来居る世界に戻ったとして、うさぎとコミュニケーションが取れるとは思えない。そうだとしたら、この目の前のうさぎの少女と、自分の知るうさぎとの違いは何だろう、と。


「夕ご飯の準備の為に野菜を採りに行ったり、時間があれば、湖畔でボートに乗ったり、かなぁ」


 うさぎ姉は猫の少女を見ながら呟くように答える。


「あとは、ご飯を作って……、夜寝るまでの間は、本を読んだり、とか?でも、そんな時間までここに居たら、モモちゃん、困るよね」


 うさぎ姉の言葉に、モモは困った表情で笑みを浮かべた。それを見て悟った彼女も、同じように困り顔になる。


「実際、「忘れ物」を思い出さないと、私は帰れないんですか?」


 それは、「忘れ物」を忘れてしまっていると言われた時から、モモがなんとなく気になっていたことだ。

 少年は相変わらずの笑みを浮かべたまま


「分からない、としか言えないね。帰れるかもしれない。帰れないかもしれない。」


「帰る方法があるの?」


 猫の少女が首を傾げて尋ねた。


「どんな方法?試せないの?」


「出来るかどうか、試してみる。それも1つの考え方だね」


 猫の少女の言葉に少年は応える。


「けれど、仮に、帰れても、元通りではないかもしれないね。やり直しが出来ないのだから、安易に試せるものでもない。いずれにせよ、今の状態が、彼女にとっていい状態ではない、そう思っているよ」


 応えた少年の言葉に、モモが不安を感じたように見えたのか、少年は「ごめんね」と謝った。


「君に「忘れ物」の話をしたのは僕だけど、僕も全部を分かっているわけじゃなんだ。ただ感覚的に分かっている、ということもあるから」


「……そうなの?」


 「忘れ物」が何かは知らない、という少年の言葉は、本当かもしれないとは思い始めている。しかし、それ以外のことについては、知っていて話していないのだ、とモモは考えていた。まさか彼に、分からないことがある、と言われるとは考えていなかった。


「でも、必要なことなんですよね」


「そう思ってる」


 彼女の不安を払拭するかのように、少年は即答する。


「それなら、いいです」


 最早、今の状態でバス停に戻れるのかすら分からない。あの時、一瞬で変わってしまった景色を見て、同じ道を戻れば、同じ場所に戻れる、などと楽観視は出来なかった。

 その一方で、彼がもし、意図的にこの世界に少女を留めおこうとしているなら、その理由も分からなかった。留めおきたいなら、これまでの行動も何のためなのか想像もつかない。

 そして、少年の思惑とは異なる考えで動いているうさぎの姉弟も、猫の少女の存在。少年が少女を思い通りにしたいのなら、イレギュラーにしかなりえない、この子達はなんの意味を持つのだろう。

 こうやって考えても分からないのだ。なら、今は、少年の言葉を信じるしかない。開き直ると先ほど決めたばかりだ。


「……もしかして、しばらくはモモちゃんと一緒に遊べるってこと?」


 先ほどから上目遣いのままのうさぎ弟のその言葉に、モモは今度こそ抱きしめたい衝動を抑えきれず、ぎゅっと抱きしめた。

常ならぬのが異常なんだろう

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