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第一話 バス停と少年

最後は誰だって一人だ

 樹々のざわめきが聞こえる

 セーラー服の少女が森の中の一本の樹の前に立っていた。

 両手を回しても半分も届かないような太い幹。見上げると、葉が青々とした葉が風に揺れ、隙間を縫うようにして、光が万華鏡のように煌めいていた。

 肩先にかかる黒髪が風に揺れて、顔にかかりそうになるのをかきあげてよける。


「綺麗」


「海の波に光が反射してるみたいだね」


 セーラー服の少女の後ろからブレザー服の少女が声を掛け、彼女は、振り向くことなく頷く。樹の美しさに見とれていて、目が離せなかったのだ。


 どれほどの時を生きてきたのか、こうして自分の姿を見上げる人を、その営みをたくさん見送ってきたのだろうか。

 木漏れ日が作り出す光の帯を追って視線を落とすと、砂利が敷かれた道は輝いたり陰ったりして、まるでイルミネーションのようだった。


――ちりん


 風に揺れて、セーラー服の少女のかばんに付いている鈴の音が鳴った。

 そのお守りは子供の頃にもらって以来大事にしているお守りだ。

 普段はなくさないように、とかばんの中にしまっているそれが、どうして外に出ているのか、と彼女は不思議に思う。


「どうしたの?」


 不意に俯いたセーラー服の少女を見て、ブレザー服の少女が問いかけた。


「お守りが……」


――ちりん


 もう一度鈴の音が鳴る。

 その音を聞いて、ブレザー服の少女が微笑んだように見えた。


「起きなさいってことじゃない?」


「えっ?」


 何を言っているのだろう、そう思って、セーラー服の少女がブレザー服の少女に声を掛けようとした途端、空から光が降り注ぎ、辺りが真っ白に染まる。

 彼女は眩しさに目が眩み、慌てて目を閉じた。


▽▲▽▲


――ちりん


 心地よい揺れの中で、時折、跳ねるように車体が揺れる。その揺れに合わせるようにセーラー服の少女の身体は小さく震えたかと思うと、くたりと横たわっていた身体は、突然一本の棒で刺し貫かれたかのように、ぴんっと跳ね起きた。彼女の膝の上に乗っていたかばんが床に落ち、持ち手に括り付けられていたお守りの鈴が「ちりん」と響く。


「ふわっ。あれ?」


 少女は、起き上がりざま、条件反射のように袖口で口元を拭った。

 幸い、口はだらしなく開きっぱなし、ということはなかったらしい。拭った袖口は綺麗なままだ。


 周囲を見渡すと、そこはバスの中だった。

 窓からは、木々が延々と続く景色が見える。前方を見れば、車がようやく2台すれ違える程度の道。

 家の近くにこんな場所はあっただろうか、と思う。改めて車内を眺めてみると、年を重ねた一組の老夫婦が、前の方で仲良く手を繋いで座っているのが見えた。それ以外に人が乗っている様子はない。

 辺りの景色と相まって、不思議と静かな感じがした。


 車内。そう、車内だ。


 少女は通学にバスを利用していた。だが、いつバスに乗ったのか、乗ったとして、この見覚えのない景色はどこなのか、どことなく、記憶があいまいだった。

 近場にこんな森があった、という記憶がない以上、かなり寝過ごしてしまったらしい。

 少女はこれまで1年と少し、バスで通学していたが、寝過ごしたのは初めてだった。乗り過ごしたら、こんな場所にたどり着くのか、と呑気に考えてしまうのは、未だ頭が目覚めていないせいなのか。

 幻想的な、どこまでも続いていくような一本道の林道を、バスは静かに進んでいく。車内だというのに、それ自体が聖域を思わせるような、そんな清らかで厳かな感じがした。


「次は平阪ぁ、次は平阪ぁ。お降りの方は――」


「全然知らない名前。どこまで乗り過ごしちゃったんだろう」


 林道のため、辺りは薄暗く感じるが、差し込んでくる木漏れ日が、まだ比較的早い時間であることを教えてくれる。

 帰れるのかな、という一抹の不安はあるものの、降りなければどうしようもないので、とりあえず手近にあった降車ボタンを押した。


――ピンポン


 機械音が鳴り、「次、止まります」というお決まりの車内アナウンスが流れ始める。

 料金表示板を見ると、一番高い値段でも250円ぐらいだった。

 思ったよりも離れていないのか、とも思ったが、それにしても安すぎる。気づいていないだけで、実は終点から折り返してしまったのかもしれない。そうだとすると、一体どれだけの時間眠っていたのか。


 もしも終点まで眠っていたのなら、運転手さんも起こしてくれればいいのに、と、心の中で悪態をつこうとして、少女は先ほど座席に倒れるように眠っていたことを思い出す。

終点からそのまま折り返すのならば、運転手から少女の姿は見えなかったのかもしれない、と、そう思い直した。


 バスの停車に合わせて、立ち上がる。カバンを手に、通路を歩いていると、品のよさそうな老女が少女の方を振り向いた。


「さようなら」


 突然のことに少女は驚いたが、そのにこやかで穏やかな表情を見ると、自然と


「さようなら」


 そう応えていた。


▽▲▽▲


「ありがとうございました」


 バスの運転手に声を掛け、ドアステップを駆け降りると、それに合わせて「ちりん」と鈴の音が鳴った。空気の抜けるような音がして扉が閉まり、バスは少女を置いて走り出す。

 林道の先に消えていく後姿を見送ると、辺りには少女と静寂だけが残された。


「帰りのバス停、探さなきゃ」


 道の反対側を見ても、近くにそれらしき立て看板は見当たらない。

 中央線もないこの道では、行きも帰りも同じなのかもしれない。

 そうして、もう少し辺りを見渡すと、先ほどのバスが来た方向にベンチを見つけた。それから、それに座る一人の少年。


 周囲に林道しか見当たらないことから、帰りのバスはあるのだろうか、という不安があったが、ベンチに人が座っているのなら、この後もバスが来るのだろう。

 少女はほっと息を吐く。

 遠目で分かりづらいが、少年は本を読んでいるように見えた。灰色のパーカーの下に、こげ茶色のシャツとカーキのジーンズ。ミディアムショートの黒髪が垂れ下がり、俯き気味の顔を僅かに隠している。そのため、はっきりとした年齢は分からないが、どことなく、少女と同じぐらいの年代のように感じた。

 ここからでは、ベンチのそばにバス停を確認することは出来ないが、木々の影に隠れているのかもしれない。とにかく行ってみよう、とベンチに近づくと、歩くたびに鳴る鈴の音に気づいたのか、少年が顔を上げた。

 差し込む光のせいなのか、流れるような黒髪がまるで透き通るかのような輝きで、彼の肌は驚くほどに白い。その姿に思わず少女は目を奪われた。それが、どれほどの時間だったのか、瞬きほどの時間かもしれないし、数秒だったのかもしれない。気づいた時には、彼は少女の前に立つと、にこりと微笑んでいた。

 見入ってしまっていた恥ずかしさで、少女の頬が微かに熱さを帯びる。


「気づいてくれて良かった」


「え?」


 初対面のはずの少年は、まるで知り合いのような気さくさで少女に声をかける。


「じゃぁ、忘れ物を探しに行こうか」


 少年は、少女の手を取ると、ベンチの脇にある細い脇道に向かって歩き出す。

 突然のことに、彼女は抵抗しようと身体を強張らせようとしたが、間に合わずに一歩踏み出す。そして次の瞬間現れた景色に目を奪われ、結果、抵抗することを忘れてしまった。

 林道の脇道を一歩踏み出しただけなのに、先ほどまであったはずの並木がなくなり、代わりに広場のようになった草むらが広がっていた。広場の奥には、少しデザインの古めかしい西洋風の民家が1軒。それからその家の脇には、手作りの木のブランコが揺れている。

 どことなく懐かしい雰囲気を感じながら、辺りを見渡していると、民家のドアが開き、出てきた人影に少女は更に驚くことになった。


「あら?」


それは、人と同じ大きさをした人型の猫だった。

最初も誰だって一人だ

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― 新着の感想 ―
[良い点]  冒頭の樹を見上げているシーンの  描写がとても素敵です。  謎がたくさん。   [一言]  なんと!?  どうなってるのか続きが気になります!
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