君の時が止まるまで
かなり見る人を選ぶかと思います。
異類婚姻譚、と言うより恋。悲恋にも捉えられる、ヒストリカルかと言われれば『この時代では』そのような。と言う事になります。よろしかったらお付き合いくださいませ。
ドリーマーズトラベラー
世界が活動を停止させてから、どのくらいの時が経ったのだろうか。
『正確な時間は、』
「あ、いいんだアリア。本当に知りたかった訳じゃない、何となくそう思いたかっただけだから」
「そうですか、ヒロトの考えに寄り添えなくてすみません」
「違う違う、アリアが謝る事じゃないよ。僕の思考の波長がまだ未熟なままだから同調しちゃうんだよねごめん」
「ヒロトが謝る事でもありませんね」
「ふふ、そうかも」
『はい、ヒロトは私の大切な人です。だから、大切にして欲しい。どんな時も』
「そうだね、うん。気を付けよう」
……◇◆◇……
世界が滅びるだなんて、そんな非科学的な事は夢物語だと思っていた。子供を躾ける為に、又はどこぞの異能者が広めた本当のような嘘。隕石が降ってきて、世界が闇に覆われて、氷が溶けだし大洪水になって……。そんな事、有り得ないと思っていたな。
隕石は降って来なかったけど、未曾有の事が起こった。この惑星がこんな形になるなんて、世界で一番の頭脳でさえ予見出来なかった事。
今、確認出来ている中で生きている人間は何と僕だけ。アリアはヒト型モデルなので人間ではない。高性能な機械人形。ハカセであったおじいちゃんが彼女を作った。おじいちゃんはとっくに亡くなってしまったけれど、亡くなる前日に家族でも出入りを禁じられた大書庫の中の鍵を僕に預けた。
【変わり者】なおじいちゃんと最期まで一緒に居たのは僕だけだった。僕はおじいちゃんが大好きだったのに、母さんも父さんも具合が悪くなっても知らんぷりで、亡くなったって報告に行ったら『これから会議で3日は帰らない。留守番しておくように、アレが居た所は片づけるから』と冷たく言って、僕に目もくれず二人は弟のミハクを連れて出て行ってしまった。
僕はその後一人でおじいちゃんを空へと送った。活動を停止した人間はさよならしなくてはいけなくて、そのやり方を教わったから、大変だったけれど今となっては僕が送れて良かったと思う。
そしておじいちゃんが残した僕に宛てた手紙をよくよく読んでから、父さんと母さんが戻って来る前に、アリアと一緒に外へ出た。もう、この家に戻る事は無い。未練はないと思った、僕が愛されていない事なんて嫌でも分かっていたから。『役に立たない、お前は私達の子供ではない』そういわれ続けていた。ご飯もちゃんと出るのは3日に一度とか、後は弟が食べ残した物の皿が僕の前に置かれるから空腹を紛らわせる為に食べた。
おじいちゃんが大書庫から戻って来る日が待ち遠しくて、その日は一緒に外に食べに連れて行ってくれた。何でも好きな物を食べていいって大きな皺くちゃの手で頭をぐりぐり撫でられたっけ。
大人になってから身をもって分かった事が一つ。父さんと母さんが居なくなった僕を必死で探したようだと言う事。でも、全ては自分達の為にであって僕を心配した訳では勿論無い。
父さんと母さんはおじいちゃんの持ち物も、作った物も全て持って行こうとして、僕が居なくなっている事に気が付いた。
血眼になって探し回ったらしいけど、残念、アリアのお陰で僕はのびのび暮らす事が出来た。このおじいちゃんの秘密基地でね。
この秘密基地は、おじいちゃんかアリアでないとキーが反応しない仕組みになっていて他の誰も入る事が出来ない構造だった。
家族は皆科学者だったけど、僕だけが優秀でなかったから、要らない子だった訳で。その要らない子はおじいちゃんと凄く仲が良かったから、一枚だけおじいちゃんが彼らの為に残したデータを置いていってあげる事にしたのだあの家に。渡さなくてはいけなかったんだけど。
【藤堂 マスフミの遺産は全てを孫 住吉 ヒロトに相続譲渡する事とし、生前に全てを託す。お前たちにはびた一文くれてやらん。ヒロトをどうにかしようとしても無駄だぞ、最高傑作のSPをつけるからな。最愛の孫ヒロト、幸せに暮らせよ、じゃあな】
宙に浮くおじいちゃんのあっかんべー顔つき電子メールを見た家族は物凄く憤慨したらしい、ニュースにもなったくらいで。あんな文章じゃ、法的にダメじゃんおじいちゃん……て思ったけれども銀行や弁護士に太いパイプのあったおじいちゃんは全くへっちゃらだったようだ。大書庫は一族総出で何とか中に入れないかと躍起になったらしいが、まったく開錠出来なくて地団駄を踏み、やっとこさ鍵が外れて喜んだ瞬間に建物全て跡形も無く吹き飛んだ。
【許可人以外開けるべからず】
そんな紙切れが一枚ひらひらと舞ってきたらしい、と言うのは一部始終を全てアリアが教えてくれた事なんだけれどもね。
10年後、僕はと言えば変わらずアリアと二人でおじいちゃんの秘密基地に住んでいた。穏やかな日々が続いていたが、その生活は急に終わりを告げる。
アリアが買い物を済ませ、帰ってきて一時間後、アラームのような音がけたたましく鳴り始めた。
「アリア、どうしたの? アリア!」
『ピー!! ヒロト、すみません、ピーピー!! 私にも、なにが……』
「一体何が……」
『! ヒロト、伏せて!!』
そう言うや否や、アリアは僕を抱きしめて床に倒れた。
直後、もの凄い風圧に押されアリアに激突した何かの衝撃が僕にまで伝わり失神。
目が覚めて、周囲を見回すまでは世界はカタチを変えすぎていてそれが現実なのだと受け入れるのにかなりの時間が掛かった。
さて、回想はこれくらいにして今に話を戻すと、あれから随分と時が経ったものだ。
今がどれくらいか数えるのも億劫になって止めてしまった。
この秘密基地はと言えば、建物の半分以上が吹き飛んで青空が覗いている状態。そも、この惑星の形が恐らく大変な形に変わってしまったのだろう。
朝と昼、そして夜の時間帯に大きく変化が生じ、それに伴って気候までが大きく変わっていった。
幸い、食べる物と飲む物には数年困らずに過ごせたのはおじいちゃんに感謝しなければと強く思う。が、やはり無限にはもたないので何とかしようと思ったのだが、これがどうにもならなかった。
周囲一帯が見事に消し飛んでいたからだ。
砂漠の中にポツンと残されてしまったような、廃墟を望む秘密基地。絶望したけれど、完全な絶望ではなかった。アリアのお陰で。
会話するだけで気持ちが晴れた、お腹が空いていても彼女が側にいるだけで何となく空腹なんて紛れた。いつの間にか、いや、最初からだったのかもしれない。
彼女は僕にとって居なくてはならない存在だったのだ。
本当の絶望を知るのが今日この日になろうとは、思ってもいなかった。
朝まできちんと動いていたのに、急激に動きが緩慢になった昼。そして、星降る夜の事。
『ヒロト、私は幸せでした。一緒に居てくれてありがとう。生きてくれてありがとう、人形の私が生きていると感じる事が出来たのはあなたのおかげ。最期に、ハカセからの贈り物を渡します。どうか、太陽が少しでもある時に役立ててください』
そして、彼女は眠るように瞳を閉じた。まるで、人間のように。完全に動きを停止した彼女に僕は何を言える訳でも無く……。
この夜を泣き明かした翌日の朝。
僕は決意の元に、預かった物を改めて見た。
植物の種のような大きさと形。この種が何かは知らない。けれど、おじいちゃんが作った物だとしたら、きっと役に立ってくれる。
「アリア、僕もすぐに君の側へ行くよ。話して聞かせたもの、信じてくれているよね天国の話を。一緒に居たいよ僕も、君と」
種を口に放り込み、ごくりと飲み込んだ。
アリアの手を握って、僕は深い深い眠りに落ちていった。
◇◆◇
ドリーマー、水着地を感知シマシタ
水……? 成分測定…………エラー、エラー
に穴を開けて出てきたのは二足歩行の小さな小さなマシン。
成分結果、ヒトの血液、体液と照合……?
ソンナ……他に、水分は……半径10、20、30キロメートル水、感知ナシ……ハカセ、これは正解ナノカ?
どうしよう、キドウさせなきゃいけない……
コレ、もしかしてヒロト、……じゃあ、アリアは……もう。
……やらないと、ダメナノか。
多分ここは人で言う胃の中。空っぽに近いけど、何とか外へ出ないと。二足歩行で何とかかんとか気の遠くなりそうな時間を掛けて暗い所おそらく(鼻)から脱出を果たすマシン。
小さな小さなパラシュートを起動させて、ヒロトの体の横に着地。
【種、ドリーマー、キドウ。これより発芽を開始させる、スイッチ………………オン】
さようなら、ヒロト。さようなら、アリア。
発芽確認
…………
5センチ、10センチ、15センチ……30センチ到達。
発育、新芽を確認。
ハカセ、ちゃんと育ちマシタ。オヤスミナサイ
…………
………………
……………
………
……
◇◆◇
『おはようございます、ヒロト』
「…………アリア?」
懐かしい声を聴いたような気がした。でも、まだ瞼が重くて上がりそうもない。
『起きてください、ヒロト』
「……まだ、起き上がれないよ」
『ダメです、今起きてください』
「…………わかった、わかったよアリア」
重たく感じる瞼をゆっくり開けると、アリアの透き通るソーダのような瞳が僕を覗き込んでいた。
体を持ち上げてみると、そこには真っ白な空間が広がっていて思わず目を瞬いた。
「……アリア? ……ここは、一体……」
『難しい質問です。疎外されてはっきりと感知が利きません……ですが、』
前を見て、と言わんばかりに腕を前方へ伸ばす。
すると、白い壁は粒子になり舞っていく。薄い氷が花雪に変わるようにきらきらと。
『きっと、未来なんだと思います。私の計算機能外、私にも測定不能なのです』
「そんな事が…………」
『見てください、ヒロト』
「うん」
『世界は美しかったのですね』
「……うん、そうだねぇアリア」
僕達は、すごく背の大きな木の上の枝に腰を下ろしていた。眼下に広がる景色に心を奪われる。
『私、一つ言いそびれてしまいました。ハカセからあれだけ言われていたのに』
「何を?」
『私は、もっとヒロトのそばに居たいです。ハカセにそれを言ったら、ヒロトに直接言ってやれと笑われていました。でも、ヒロトを前にすると心拍数が急に上昇して口が回らなくなるのです。何処にも異常状態ではないのに……故障ならば直してくださいとハカセにも言っていたのせすが……機械の身なのに眩暈もするみたいで、ですから、いつまでも言えなくて……ハカセの手伝いをする度にまだ言ってないのかとしつこく言われていたのです』
「おじいちゃんたら…………でも、それはきっと僕も一緒だよアリアと」
『一緒ですか……?』
「うん、僕はアリアともっとずっと一緒に居たいと思っていたよ」
『ヒロトも、私と一緒に居たいと思っていたのですか? 心拍数が急に上昇していますか?』
「あはは、そうだね。いつからそうだったか忘れちゃったけどさ。きっと凄くドキドキしていた。アリア何だかいつもいい香りするし」
『私は知っていますよ、人間が香りで色々と感じる事を。ハカセからも教わりましたし……しかし、ヒロトが私と同じだとは思いませんでした』
「そりゃ、改めて言うのもなんか恥ずかしかったと言いますかね……」
『ヒロト、人間はそれをイクジナシと言います』
「う、ごもっとも」
『でも、もういいです。こうしてきちんと聞けましたから』
微笑む彼女の顔は花が咲いた少女のように可愛らしかった。随分と長い事を一緒にしているのに、今更こんな事を思うなんて、と胸の内で溜息。
「そっか。まぁ、何と言うかさ…………」
一度言葉を詰まらせ俯くと、ずっと下の眼下には、生い茂る草花の絨毯が揺れ、背は随分と低いものの木が何本も生えて小川が流れている。
鳥が囀りながら空を踊り、透き通る川には魚が泳ぐ。
足をぷらぷらと遊ばせながら、僕は顔を上げて満足気に頷く。
「うん、僕って本当に幸せ者だね」
『ええ、私アリアもとても機械人形だと思います』
二人で顔を見合わせて笑い合う。
春のような暖かい風がさぁっと通り過ぎていった。
後に、この大木は『ドリーマーズトラベラー』として復活を果たした世界に名を刻む事となるが、今はまだこの木の事を世界中の誰も知らない
ワンライ(一時間ライティング+α)でした。
走り出したばかりですが、何か書けそうなら他にも応募してみようと思います。短編になりそうですが。
恋愛……難しいワードだなと改めて思いました。
どんなカタチでも、生み出す主軸のモノ達には幸せになって欲しいと思ってしまうのは作者の身勝手かもしれませんね。
ちらっと寄ってくださった方、お読み頂いた方、ありがとうございました。