むかしむかしの、そのまたもうすこしだけむかしのはなし
圭吾は"特別"を夢見る"普通"の青年だった。圭吾の家庭は名字をもらって生を受けるほど裕福でもなかったし、生きるのに必死にならなければならないほど貧乏でもなかった。普通に生まれ、普通に学校に通い、そして、普通に精神をこじらせた。それは彼方の未来で中二病と呼ばれるものだったのかもしれない。
自分だけが持つ"特別"感のようなものが欲しかっただけかもしれないし、あるいは本当に"普通"で収まらない才能を持っていたのかもしれない。だれかのヒーローになりたかった気もするし、後世に名を残す大犯罪者になりたかった気もする。人間の大敵である鬼を倒して最強の英雄になるのも悪くない。級友と別れて家に帰る道中、自信たっぷりの表情でそんなことをぼやいていた。
「わしは出ていく!」
食事中にバンッと机を叩いて叫んだ。毎日毎日同じ、白米と味噌汁。いいかげんうんざりだ。でていく。みたいなことを言っていた気がする。このままでは何者にもなれないと思い立った圭吾は旅に出た。理由などなんだってよかった。その時圭吾には"普通"であることが耐えられなかった。
大して行く宛もなく旅に出てたどり着いた先がすぐ近くの山で終わったことは、やはり若気の至りとしか言いようがない。しかしてなんの準備もせず山に二日もこもれば食にこまるのは自明だろう。そのとき圭吾は空腹をごまかすように川の水をがぶ飲みしてへばっていた。早々に退散も視野に入れなかければならないか。眠いのか腹が減ったのかなんだかよくわからない感覚で木漏れ日に目を細めて、このままでは死んでしまうと、そんな意識が脳裏をよぎる。理性ではなくむしろ本能が帰宅を叫んでいた。
「なにしてるの?」
仰向けで川辺に倒れていると、気づけば上から見下ろすように一人の少女がそばに立っていた。ひらひらのスカートを穿いており頭にでかいリボンをつけた場違いにも程がある服装をしていた。
「家出。」
水を飲んだばかりだというのに自分でも驚くほど掠れて低い声が出た。死にかけているせいか、そろそろ圭吾も冷静になり、自分を客観的に見れるようになっていた。これはこじらせた男子の家出であると気づき始めていた。特に隠すようなことでもないが改めて口に出してみると存外恥ずかしい。
というより誰だこいつは。
「顔色悪いけど大丈夫?これ食べる?」
「食う。」
少女が差し出しかけていたおにぎりをひったくるように奪って口いっぱいに頬張る。塩と糖が体中に染み渡るのを感じる。食うのに必死だったのであまり覚えていないが、圭吾が食うのを少女は呆れたような目で見ていた気がする。久しぶりに食べた米は涙が出るほどうまかった。
「ちゃんと噛んで食べなよ。」
家出中の男子にお母さんみたいなことを言うな。と言おうと思ったが口の中を数秒でも空にしたくなかったので無視して食い続ける。おにぎりは一分もしないうちに手の中から消えた。
「ごちそうさま。めちゃくちゃ美味かった。」
「そう。よかったわ。それで、なんで家出なんてしてたの?」
「"特別"になりたかった。」
「は?」
は?とはなんだ。こっちは大真面目だったのだ。呆れた様子を隠しもしないその態度に、自分の行動が馬鹿げているとわかっているものの、むっとする。
「お前がおにぎりくれたおかげでもう少し山で修行ができそうだ。ありがとうな。」
「私がたまたまここに山菜採りにきたからよかったものを、あんたあんな状態じゃ山も降りれるか怪しかったでしょ。馬鹿じゃないの。早く家帰りなさいよ。」
「お母さんみたいなことを言うな。」
今度は口に出して言う。またあの"普通"の生活にもどれば自分がどれだけ恵まれていて、どれだけ優しい人達に囲まれているかを確認できるだろう。だが違うのだ。それじゃおもしろくない。なにかを成し遂げたい。そんな気持ちが前に出てしまう。意地とプライドがそこに圭吾をしばりつけていた。
「わしは帰らん。わしが"特別"な存在となる手始めに鬼どもを倒して最強の英雄になってやるわ。」
「ふふっ、なら今のうちにサインでももらっておこうかな。」
馬鹿にされているとわかっていても、それでもきれいな笑みが自分に向けられていると思うと、妙に気恥ずかしくなって顔をそむける。こんなやつにドキリとした自分の不甲斐なさを恥じなければ。最強は常に冷静だ。
その後も圭吾の語る夢を茶々入れながらも笑って聞いていた。どれだけ話をしたかもわからないが、気づけば日も傾いていた。
「それじゃ、私は帰るわ。今度は死にかける前にさっさと帰りなさいよ。未来の英雄さん。」
「ああ。あとわしは帰らん。」
「はいはい。」
少女がひらひらの服をたなびかせて去っていくその後姿を目で追ってしまう。人と話す事自体が数日ぶりであり、長く話していたわけではないがその時間は楽しかった。明確に意識できてしまうほど自分のなかで寂しさを感じた。
だからだろう。また数日後その川辺で水を飲んでいるときに彼女が話しかけてきて思わず口元が緩んでしまったのは。
「ほんとにまだいるし。」
これまた呆れたような声で彼女が後ろから話しかけてくる。今度は念の為二人分もってきた、と言ってその日は二人でおにぎりを食べた。ようやく山での生き方がわかってきた圭吾は前ほど腹が減っていたというわけではないが、やはりおにぎりは異常にうまかった。おにぎりでここまで味の差が出るものなのか。ただそのおにぎりを食っていると、これ私の手作りなの、と得意げな表情で言ってきたので負けたような気がした。今回は絶対にうまいなんて言ってやらない。次来たときはちょうど今日初めて作った鹿鍋で仕返ししてやる。
気づけば3日おきに川辺でおにぎりを食べるという、圭吾と彼女に暗黙の了解ができていた。材料を渡せば自分で作るのとは比べ物にならないほどうまいおかず料理に変身させてくれるのはどういう手品なのか。それから彼女とはいろんな話をしたし、山に籠もってから圭吾がしたバカを笑ってくれた。もっと笑顔になってほしくて話を盛っていたことを彼女は気づいていただろうか。石一つで鳥を二羽落とした話は盛りすぎただろうか。気づけば彼女のことばかり考えていた。
それで会うのは何度目なのかもわからなくなったその日、彼女は神妙な面持ちで川辺に座っていた。
「私ね、実は商人の家の生まれなの。」
圭吾はおにぎりを食べながら話を聞いていた。彼女の身の上の話はあまり深く聞かないようにしていた。衣服からして明らかに彼女が自分とは違う世界の住人であることが察せられたから、というのもあるが、彼女自身あまり聞かれたくなさそうにしていたからだ。
「初めて圭吾とあった日ね、ほんとは私も家出してたの。圭吾よりももっと軽くて、散歩みたいな家出。一人になりたくて、親に理由も言わずにおにぎりとお金だけ持って家を出ていって、そしたら自分より遥かに馬鹿やってるあんたがいて、笑っちゃった。急に自分の悩んでることとかどうだってよくなって、今度はまたあんたに会いたいって思うようになった。」
予想以上に彼女のストレートな独白に圭吾はむせそうになるが、米粒一つたりとも無駄にはしまいという気持ちで踏ん張る。
そういえば彼女に初めて会った日、山菜を取りに来たなどと言っていたがよく考えてみればこんな小綺麗な服装をして山にくる意味がわからない。あの場違いな服装はそういう経緯だったのかと今になって理解した。
「それでね、商人っていうのは街を移動するもので、私も親に付いてもうすぐここを離れなくちゃいけないの。でも圭吾と会えなくなるのは嫌だ。せっかく私の居場所だと思える場所ができたの。」
だから圭吾、とわざわざおにぎりを食いながら思考を続ける圭吾の顔を覗き込むようにして続けた。
「私を誘拐してみない?」
今度こそ圭吾はおにぎりをむせた。川に口から吹き出た米粒が流れていく。
「汚なっ。落ち着いて食べないからそうなるのよ。」
お前が変なこと言うからだろ。とツッコミを入れてやりたかったが盛大にむせたせいで咳しか出ない。
「あなたが私を攫ってくれたら私はあなたと一緒にいられるし父さんを説得する必要もないんだよね。ほら、そしたら世間からしたら犯罪者だけど私からしたらヒーローだ。"特別"になりたいって願いが二倍で叶うよ。」
咳も落ち着いて彼女の話を反芻する。自分と一緒にいたいと言ってくれたことに対しての嬉しさが大きすぎてそのあとも彼女がなにか言っていたようだが理解するのに時間がかかった。いい加減認めよう。圭吾は彼女のことが好きだ。彼女が来るようになってからは"特別"になりたいなんて欲は霧散していた。プライドを捨てて家に帰れば安定して食にありつけるだろうし、少なくともここにいる必要はない。それでもこうして山にこもり、定期的に川に来ているのは彼女とのつながりを失いたくないからだった。彼女は冗談のつもりで言ったのだろうが、今の圭吾のたった一つの願いはまさしく彼女の"特別"になることだった。
いや、しかし。
「さ、攫うのはわしが捕まって牢にぶち込まれるのがオチだろ。せめてお前が街に住むことにして親についていけないとか、なんとか理由付けしてこっち来いよ。」
ようやく最初の圭吾をむせさせた一言に脳みそが追いつき、努めて平静を装って言った。声が裏返ったがバレてないはずだ。
「ちぇ、つまんないの。もうちょっとかっこいいかんじで私の面倒事全部なんとかしちゃってよ。商人なんて口が上手いだけで面白くないのよね。」
口を尖らせてそう言う横顔を見て冗談だったのだと安心した。まぁいいわ、と服についた砂を払いながら彼女が立ち上がる。
「また3日後ね。」
そのきれいな笑顔は晴れ晴れとしたもので、圭吾にとっては既に"特別"なものだった。
「あぁ。待ってる。」
それから約束の3日後、彼女は来るのかと、圭吾は入れ違いにならないように日の出前から川に来ていた。とりあえず水をがぶ飲みしてみたり、川辺をうろちょろとしてかれこれ大台の100往復目に達しようとしていたとき、彼女はいつもより数倍も大きな荷物をもって川に来た。疲労のせいか三日前よりいくらかやつれて見えた。よっこいしょ、とおばさんみたいな掛け声と共に荷物を下ろすとそのまま仰向けに倒れる。
「で、どうなったんだ?」
「家出してきたわ。」
「は?」
「は?って何よ。あんたと同じよ。」
それはそうだが、それでいいのか?と呆れてしまう。話を聞いた感じ親の説得をどうするかが問題だと思っていたがまさかすべて放棄してしまうとは。綺麗な服が汚れるのも気にせず川辺に倒れている彼女を見下ろしてこれからのことを考える。
ひとまずは、といつもどおり川辺に座り、おにぎりを二人で食べる。
ここに来るまでにした彼女がしたたくさんのバカを聞いて腹抱えて笑って、それから山の暮らし方を彼女に教えて、これからどうしようとかすこし話して、心地の良い間ができた。
二人で川の流れる音を聞いていた。
「ねぇ、何か言うことあるでしょ。ほら、私おいしい料理作れるし、あんたとは気が合うつもりだし、多分成功するから言ってみてよ。」
目線をちらちらとこちらに向けてそんな事を言う。何を言ってるんだこいつは。滅裂なことを続けて言っているが、まあなんとなく言いたいことは理解できた。しかしずるくないか。人に言わせるその戦法。いいだろうお望み通り言ってやろう。なんたってお前の"特別"になる男だ。
「お前がいないとわしは生きていけない。一生一緒にいてほしい。」
「…よろしくおねがいします。」
風情も何もない、それでも二人にとっては"特別"な川辺で、下手くそな口づけを交わした。
それから色々大変なこともあった。冬はさすがに厳しかったので街に降りて彼女の商人テクニックで一稼ぎしてきたり、ついでにどきどきしながら一緒に圭吾の実家に帰ったらすでに親が他界していて枯れるまで泣いたり。
生活が落ち着いてきて、子供がほしいと思ってもなぜか子宝には恵まれず、二人で慰めあったりもした。
それでも幸せな日々を送っていた。
彼女と過ごすことが"普通"になっていた、数十年後のある日、圭吾は芝刈りに、彼女は川に洗濯へ行った、いつもと変わらない"普通"の日常。
彼女は大きな桃を拾ってきた。
小説を書いてみたくて頑張って書いたもののお焚き上げみたいな感じです。
予想以上に書くのは大変だし難しいですね。。。
読み返してると永遠に添削しちゃうのでここでアップして終わり!
なろうに投稿するのは初めてで何も作法とかわかりませんでしたがこれでいいんでしょうか(困惑)。
なにはともあれここまで読んでくださりありがとうございました!




