06.不吉な予感(※ノエル視点)
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言い回しに悩んで遅くなりました…。
報告書に目を通していると、魔術省舎には似つかわしくない陽気な鼻歌が聞こえてきた。
その直後に執務室の扉が開き、両手いっぱいに本を抱えたユーゴが部屋の中に入って来る。
「ノエルさ~ん、頼まれていた資料を持ってきましたよ~!」
「ありがとう。その辺に置いてくれ」
ユーゴは参考文献の探索や資料まとめを任せると驚くほど速くやってくれる。
「漠然とした依頼内容だったが、これだけの資料をすぐに用意できるとはさすがだな。助かったよ」
「へへっ、お師匠様の役に立つ為に一生懸命取り組んだ成果です」
優秀な助手が居なくなり、博士はさぞや寂しい思いをしているだろう。
一連の事態を収束させ、一日でも早く博士の下に返したいところだ。
(そして私は、レティと一緒に穏やかな生活を送りたい)
邪神にまつわる不穏な話や「続編」の生徒たちの出現で、レティとの会話は自ずとその話題が出てくる。
本当は休暇の旅行先や屋敷の模様替えについて話し合い、和やかな時間を過ごしたいのだが――。
(……いや、悲観していては何も変わらない。今は穏やかな日常の為に耐える時だ。必ずやその日常を掴んでみせる)
その為にも、目下レティを悩ませているあの件を片付けねばならないだろう。
ぺルグラン公に擦り寄り、己の欲望の為に周囲を犠牲にすることも厭わない腐りきった老いぼれを――。
「……確実に消してやろう」
「ノエルさん、笑顔が怖いですよ?!」
「おや、笑顔が怖く見えるとはおかしいな。寝不足で歪んで見えるだけではないか?」
「圧をかけて押し切ろうとしないでください!」
ユーゴは手元にある本で顔を隠した。
本の題名は『セラの民話』。
今日は似通った題名の本をいくつか王宮図書館から持って来てもらった。
「さあ、休憩は終わりだ。さっそく本を読んでいくぞ」
「おやつを食べながらでもいいですか?」
「構わないが、本を汚さないように」
「はーい!」
ノックス王国にはセラという地名がいくつかある。
その内の一つは旧ブロンデル侯爵領にあり、今はマルロー公爵領に取り込まれている。
調べてみると、旧ブロンデル侯爵領のセラには女神が出てくる民話があった。
女神が建国の祖であるグウェナエルと共に訪れ、竪琴を置き去ったと語り継がれていたのだ。
「民話の概要を一つずつ紙に書き出してくれ。民話が派生した領地ごとに目印になる記号を付けるように」
「かしこまりました!」
そして、旧ブロンデル侯爵領のセラがマルロー公爵領になってから程なくして、エルヴェシウス伯爵が訪れしばらく滞在していたらしい。
竪琴を捜していたのではないだろうかと推測している。
レティの話によると、エルヴェシウス伯爵は「聖遺物」を用いて人間に人外の魔力を移すための禁術を行っていたらしい。
となると、「聖遺物」である竪琴を欲して滞在していたとすれば辻褄が合う。
「あっ! ノエルさんが言う通りここの民話にも女神様とグウェナエルが出てきますね」
「どこの領地だ?」
「今はオランド男爵領で、前はベナール男爵領でした」
他の「セラ」もマルロー公と同じ元第一王子を支持していた家門やエルヴェシウス伯爵の領地に組み込まれており、どうもきな臭い。
エルヴェシウス伯爵家は中立派でマルロー公とは派閥が異なるが、噂によれば以前より親交がある。
探りを入れると、彼らの尻尾を掴めるかもしれない。
「なるほど……、ベナール男爵はずっと昔に没落した家門だな。ちょうどエルヴェシウス卿が子どもの頃だったはずだ」
民話を調べる理由はもう一つある。
セラに語り継がれる民話には必ずと言っていいほど女神とグウェナエルが登場しているのだが――。
場所により、女神が置いて行く物が異なるのだ。
「女神は何を置き残している?」
「横笛ですね」
もしエルヴェシウス伯爵がそう呼ぶ物が、民話に出てくる女神の置き土産であるのならば、エルヴェシウス伯爵は実験の為にマルロー公と手を組んでいる可能性がある。
「そう言えば、エルヴェシウス伯爵もまた、ランバート博士の父君を追放した貴族の一人だったな」
「……そうです。お師匠様のお父さんが捏造した歴史を語っているのではないかと触れ回っていたと聞きました」
「ふむ、厄介だな」
念入りに逃げ道を塞いでから片付ける方がいいだろう。
そうとなれば、より情報が必要になる。
「ランバート博士に聞いてほしい事があるから手紙を送ってくれないか?」
「もちろんですよ! お師匠様には毎日手紙を書いていますから、一緒に入れて送ります!」
「毎日……いや、何でもない。ありがとう、助かるよ」
「お師匠様に何を聞くんですか?」
「神話とこの民話の関係性だ。調べてみれば、エルヴェシウス伯爵を追い込めるかもしれない」
不穏な動きを見せる家門の事も、邪神の事も、一つずつ確実に潰していく。
もう何も、私たちの平穏な生活を、脅かすことの無いように。
「エルヴェシウス伯爵家の当主が手を出していた違法魔術の裏付けに、ランバート博士の知識が必要だ」
――たとえそれが、運命であっても。
レティを捕らえようとする憎き運命の歯車は、ひとつ残らず外してやろう。
「かしこまりました! ところで、今日はソラン団長とエルヴェシウス卿がオリア魔法学園に居るそうなんです。先ほど王宮図書館ですれ違った魔術師たちが言っていました」
「……」
今、一番聞きたくない名前を聞いてしまった。
いや、奴らの動向を知っておきたいから、今一番聞きたい名前なのかもしれない。
彼らへの警戒を強めてしまったが為に、聴き間違いえをした可能性もある。
「ノ、ノエル……さん? 顔色が悪いですよ?」
「すまない。もう一度、言ってくれないか?」
「えっと、今日はソラン団長とエルヴェシウス卿がオリア魔法学園に居るそうなんです」
「……」
ちょうど今朝、レティと一緒に二人の事を話していたばかりだというのに。
レティはよく、「噂をすると噂をされている本人が現れる」と言っているが、今まさにその状態だ。
私たちの言葉が魔術的な要素を持ってしまったとしか思えない。
「……それを早く言ってくれ」
不吉な予感がしてならない。
大急ぎで仕事を片付け、学園に向かった。




