05.王子様は応援したい
本日二話目です!
「先ほども言いましたが、あの狼は私の生徒なので危害を加えないでください」
ジュリアンは納得いかないようで、怪訝そうに眉を顰める。
(それにしても、どうしてここに居るのかしら? もしかして、講演会の事で打ち合わせ?)
精一杯睨みつけているが、ジュリアンからすれば、私が睨んだところで少しも怖くないだろう。
水色の瞳は私を無視して、イセニックの姿を捕らえている。
「元は人間であれど、今は魔獣だ。魔獣を放置するな。危ないからすぐに始末する」
そう言うと、魔術であっと言う間に光の矢を生成してしまった。
始末と言うくらいなのだから、イセニックを殺すつもりなのだろう。
まるで心臓を冷たい手で撫でられたかのように、ひやりとする。
「ま、待ってください!」
慌てて止めようとしたその時、ゼスラが大声で「ならぬ!」と叫んだ。
ただならぬ怒気を孕む声に、思わず身が竦む。
普段は悠然としているゼスラが、珍しく荒々しい感情を見せている。
ドラゴンの獣人らしい気迫を放ち、眼差しでジュリアンの身動きを封じているのだ。
護衛を傷つけようとしたジュリアンを許せないのだろう。
「イセニックの恋路を邪魔する者は、この私が許さぬぞ!」
「そっちに怒っているの?!」
「青春は一生に一度しかないのだろう? 二度とない青春を邪魔する事は大罪に値すると思わぬか?!」
と、恋愛小説の甘酸っぱい青春を履修した獣人国の王子様が熱弁する。
一方で、ジュリアンはただ茫然と目を瞬かせる。
「せ、いしゅん?」
「うむ、青春だ」
屋敷の中に閉じ込められていたジュリアンは学生時代を経験したことが無く、その為か、青春を語るゼスラに共感できないようだ。
「生徒たちの青春……の邪魔をする事もよくありませんが、そもそも、あの狼は生徒が獣化した姿ですので、危険ではありませんから攻撃しないでください」
「……理解できない。人とは違う危険な存在を、どうして排除しない?」
実験の呪いと後遺症に苦しむジュリアンは、突発的な魔力の暴走を度々起こすことから、危険人物として閉じ込められていた時期がある。
その間、父親が何人もの刺客を送り込んできた所為で、人と違うと排除されると思うようになってしまったのだ。
「どのような姿であれ、あの子は私の大切な生徒に変わりありません。だから排除するのではなく、歩み寄るんです」
「……」
ジュリアンは何も言い返さないが、ここから去ろうともしない。
腕を組み、仁王立ちしたまま微動だにしなくて。
このまま、私たちを見張るつもりのようだ。
「リア殿、そろそろイセニックを人間の姿に戻さねばならない。気持ちが高ぶったままでは戻れないから、落ち着かせてくれないか?」
「えっと……どうしたらいいの?」
「イセニックの名を呼び、撫ででやるといい」
「ええ~っ?!」
戸惑うリアに、ゼスラは訳あり気に微笑む。
すると、リアは意を決したようにふんと鼻から息を吐いて気合を込めた。両腕を広げ、イセニックの前に立ちはだかる。
「ストレイヴさん、こっちにおいで」
「イセニックと呼んでやってくれ」
「呼び捨てで?!」
抵抗はあるものの、言われた通りにイセニックの名前を呼んだ。
ナルシスト先輩がこの事を知れば、黙っていないような気がする。
そんな恐ろしい想像をしてしまった。
「イ、イセニック、おいで……!」
「わふっ!」
イセニックは跳ねるような足取りでリアに近づくと、彼女の掌の匂いを嗅いでパタパタと尻尾を振る。
固唾を飲んで見守っていると、リアを包むような体勢で地面に伏せた。
目をキラキラと輝かせて撫でられ待ちをしており、リアが頭を撫でてあげるとうっとりと目を閉じる。
どこからどうみても、飼い主に甘える犬のようだ。
イセニックがこれほどまでにリアに懐いているとは思わなかった。
(前から仲が良さそうにしていたけれど、まさかここまでとは……)
最近はリアとゼスラとイセニックの三人で一緒に居るところをよく見かけていたから、仲良くなっている事は知っていた。
てっきり、友情を深めたのだと思っていたけれど――。
「本当に、恋、しているのかしら?」
「そうだとも、絶対に恋だ! いやはや、今後が楽しみだな!」
ゼスラは嬉々として二人を見守っている。
獣化しているとはいえ、忠誠心の塊のようなイセニックがゼスラを放置しているなんて意外だ。
ゲームでもこの世界でも、どこに居ても何をしていてもゼスラの事を考えているような人なのに……。
自分の目を疑ってしまうが、目の前に居るイセニックはリアに撫でられて嬉しそうだ。
やがて、イセニックの周りにいくつもの光の粒子が現れ、彼の体を包み込む。
「あの光は?」
「獣化が解ける兆しだ。じきに人の姿になるだろう」
ゼスラの予言通り、光が消えると、イセニックは人間の姿になっていた。
それも、リアに抱きついた状態で目を閉じており――。
抱きつかれているリアが顔を真っ赤にして固まっている。
イセニックはゆっくりと瞼を開け、そして、腕の中に居るリアを見て固まった。
彼の、声にならない悲鳴が聞こえてくる。
「こ、これはどうなっている?! 俺はどうしてルーセルをだっ……抱きしめているんだ?!」
「え、えっと……これには理由があって、獣化していたイセニックを人間に戻す為にしたことで……あ、あとはゼスラ殿下に聞いて!」
「ど、どうして俺の名前を?!」
「尋ねる前に、リア殿を放してあげたらどうだ?」
「~~っ! ゼスラ様、一体何があったんですか?!」
甘酸っぱいシチュエーションを見て、微笑ましく思うと同時に不安になることがある。
「やっぱり、イセニックはいつかナルシスト先輩に消されてしまいそうね」
今日のことがナルシスト先輩に知られませんように、と心の中で女神様に祈った。




