04.一難去らずにまた一難
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「これは、一体……?」
教室に行くと、中はがらんとしており、誰も居ない。
早く来てしまったのだろうか、と壁に掛かる時計を見てみたが、いつも通りの時間だ。
本来なら、生徒たちが着席して朝礼を待っているはず。
しかし今日に限って、誰一人としていないのだ。
「あの子たちの身に何かあったのかしら?」
一人や二人ならまだしも、全員が居ないなんて、何かがあったに違いない。
嫌な予感に背筋が凍る。
一先ず寮へ行って、みんなが登校したかを確認しよう。
そんな事を考えていると、ジルが窓辺にぴょんと飛び乗り、窓の外に手を向けた。
「やい、小娘。小娘が好きそうなやつが居るぞ」
「私が好きそうなやつ?」
大きな狼が走っている。その周りで、私が受け持っている生徒たちが伴走しているのだ。
「ええっ?! どういう事?!」
「見ての通りだ。生徒たちが大きな獣と一緒に遊んでいるぞ」
これは……あれだろうか。校内に野良犬が紛れ込んできたから生徒たちが大喜びで構っているという、学校あるあるの話だろうか。
それにしても、迷い込んでくる生き物のサイズが大き過ぎるだろう、と心の中で突っ込みを入れる。
さすがは魔法世界と言うべきか、同じ事件が起きてもスケールが桁違いだ。
「ひ、一先ず、皆の下に行きましょう!」
教室を出て庭園に行くと、生徒たちが狼を包囲している。
「皆、この狼は一体、どうしたの?!」
「イセニックが獣化してしまったのだ」
ゼスラはそう答えると、神妙な面持ちになる。
彼の話によると、イセニックは教室で突然、蹲ってしまったらしい。
獣化する兆しを感じ取ったゼスラが外に連れ出そうとしたところ――、
「側に居たリア殿がイセニックを抱き上げて」
「抱き上げた……?」
「外に運んでくれたのだ」
「外に運んだ……?」
予想外の情報に気を取られて、他の話が頭の中に入ってこない。
イセニックは背が高く、ゼスラの護衛をこなす為に筋肉もつけているような、いわば筋骨隆々とした体型で。
そんな彼を、侯爵令嬢のリアが持ち上げていた姿を想像することができないのだ。
ましてや、リアに怪力という特殊能力があるなんて聞いていない。
「獣化すれば同級生たちが怖がるかもしれないと思い、私もイセニックも獣化しないよう耐えてきたのだが――突発的な感情の変化が起きた所為で制御できなかったのだろう」
「そんな……! どうしたら元に戻れるのかしら?」
「心が静まれば自ずと戻れるのだが……、今のイセニックには無理だろう。あれは今、非常に混乱しておるからな」
「混乱? ストレイヴさんに、一体何があったの?」
すると、ゼスラは何故か口元で弧を描き、子を見守る親のような眼差しで、イセニックを見つめる。
「あれは恐らく……」
「恐らく?」
「恋、だな」
「こ、い……?」
「リア殿がイセニックに本を手渡した時、少しだけ指先が触れたのだよ。その直後にイセニックが顔を真っ赤にして震え――獣化の兆しを見せたのだ。あの時のイセニックは、恋愛小説で読んだ通り、恋の始まりを告げる表情をしていたから間違いない!」
またもや、予想外の事実を告げられ、他の情報が頭の中に入ってこない。
兄に掛けられた呪いを解くために呪術に関する本を読み漁っている事は知っているけれど、恋愛小説も嗜んでいるとは意外だ。
「ゼ、ゼスラ殿下は恋愛小説を読むのね」
「人間の生活を学ぶ良い教本だとじいやから聞いて、読んでみることにしたんだ。青春を学ぶには丁度良いらしい」
恐らく、ゼスラが青春を謳歌できるよう教えたのだろう。
優しいじいやたちだが、恋愛小説に描かれている人間の生活には脚色がある事も教えるべきだと思う。
「――おや、殺気がするな」
ゼスラが唐突に。青春とは正反対の不穏な単語を口走る。
さっきとは、あの殺気の事だろうか。
そんな自問自答していると、ひゅんっと風を斬る音が聞こえた。
「イセニック! 避けろ!」
イセニックが素早い身のこなしで数歩下がる。たとえ獣化しても主の命令に従順なようだ。
その刹那、イセニックの前に光でできた矢が飛んできて、地面に刺さった。
魔術で精巧に作られた矢は見るからに鋭利で。
もしもイセニックにこれが刺さっていたらと思うと、ゾッとして冷や汗が流れた。
「この矢はどこから飛んできたのかしら?」
「あの男が放ったようだ」
ゼスラが指を向けた先には、水色の髪をさらりと揺らす美男子の姿がある。
宮廷魔術師団の制服である漆黒のローブを翻し、こちらに近づいてくる――ジュリアンの姿が。
「どうしてここに……?」
その手には、魔術で生成したであろう、光の弓具を持っている。
ゼスラが言う通り、先程イセニックを襲った矢は、ジュリアンが魔術で生成したもののようだ。
いきなり高度な攻撃魔術を仕掛けてくるなんて正気じゃない。
(このままでは、イセニックの命が危ないわ)
魔物の討伐や戦場を経験してきたジュリアンの魔術に、イセニックが敵うはずがない。
私はジュリアンの前に立ちはだかり、通せんぼした。
「魔術を止めてください! あの狼は、私の生徒です!」
「……なぜ?」
ジュリアンは抑揚のない声で問いかけてくる。
そして、不可解なものを見るような目で、私を見つめてくるのだった。
長くなったので二話に分けますね!




