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03.噂をすればなんとやら

「ノエル、まだジュリアンの事が不安なの?」


 オリア魔法学園に着いても、ノエルは依然として離れてくれない。問いかけてみると、弱々しく首を横に振った。


 ジュリアンの事ではないとするなら、一体何故、こんなにも頑なに離れようとしないのだろうか。

 馬車はすっかり止まっており、御者が何度も声を掛けてくれるから、きっと御者は馬車の中で何かあったのではないかと心配してくれているだろう。


 早く降りなければならないのだけれど、コアラの子どもの如く抱き着いている夫をどうしたらいいのか、わからない。


「不安が残っていないと言えば嘘となるが、今はどちらかと言うと、落ち込んでいるんだ」

「ど、どうして?」

「それは――」


 ふと、窓の外を見ると、御者が一枚の紙をこちらに向けており、口をパクパクと動かして何かを訴えかけている。


 「じ」「か」「ん」「で」「す」


 と、言っているようだ。 彼が手に持っている紙を見ると、「早く出ないと朝礼に遅れますよ!」と書かれてあった。


「た、大変! もうすぐで朝礼が始まってしまうわ!」


 慌てて立ち上がると、ちょうどノエルの腕の力が緩められていたようで、タイミングよく腕からすり抜けられた。

 そのまま、ノエルや御者の手を借りずに馬車から降りる。


「レティ?!」

「ごめん! 続きは帰りに聞かせてもらうわね!」


 エスコートを待たずに馬車から降りるなんて淑女としてはあるまじき行動だが、今は緊急事態だから仕方がない、と自分に言い聞かせる。


 もし朝礼が遅れたら理由を言わなければならない訳で、よもや「夫が離してくれませんでした☆」と全教員の前で言える訳がない。

 

 無我夢中で走り職員室を目指した。


     ◇


 有能な御者のおかげで、朝礼にはギリギリで間に合った。見事にタイムキーパーをこなしてくれた彼の功績を執事長に伝え、特別報酬を出してもらおう。


「あら? 今日の朝礼には学園長も出席するのね?」


 ルドゥー先生が小声で耳打ちしてくる。顔を上げると、ちょうど学園長が職員室に入ってくるところだった。

 

 学園長は滅多に朝礼に来ない。基本的には月の初めに現れるくらいで、それ以外で彼が姿を現わすときは、何かしら重要な報せがある時くらいだ。


(なんだか、嫌な予感がするわ……)


 過去にはノエルを臨時講師として連れて来たり、セルラノ先生をスカウトして連れて来たり、そして、新しい理事長を連れて来たり――。

 学園長が突然連れてくる人物は、毎度訳ありなのだ。

 

 どうか何事も起こらない事を祈るしかない。


「急な話だが、宮廷魔術師団のソラン団長と、その補佐官であるエルヴェシウス卿が来校することになった」

「ええっ?!」

「ベルクール先生? どうしたのかね?」

「あ、えーと、どうしてソラン団長がうちに来るのか、盛大に気になってしまいまして……」

「はは、彼女は英雄とも謳われる世紀の大魔術師だからね」


 と、権力者に弱い学園長は、得意気に胸を張る。きっと、英雄を学園に招く事ができ、嬉しくて仕方がないのだろう。


「オーリク先生の伝手で講演会を頼んでみたのだよ。正直に言うと、ダメもとだったから、すぐに了承をもらえて驚いたよ」

「わぁ……、ソラン団長の講演会となれば、一生に一度の思い出になりそうですね」

「そうだとも! 他校の生徒たちが羨むだろうね!」


 学園長は嬉しさのあまり、声と体を弾ませて喜びを表現している。一方で、私は偶然の出来事に戦々恐々としている。


(いくらなんでも、タイミングが良すぎるから恐ろしいわ)


 数分前に話していた人物たちが学園に来るなんて、まさに噂をすれば何とやらだ。

 ゲームでは語られていなかった事だけれど、まずは講演会という形で接点を持っていたようだ。


(宮廷魔術師団の団長のアレクシア・ソラン……か。厳格な人だと専らの噂よね)


 ゲームには名前のみ登場する脇役で、ジュリアンの上司。そして――リアとナルシスの後見人だ。


 ルーセル師団長の同期であり上司でもある彼女は、ルーセル師団長たちが襲撃事件で亡くなった後、遺されたリアたちの親代わりとなった。


 ソラン団長の育て方は、いわゆるスパルタだったそうだ。


 特に、リアに対しては厳しかった。リアが魔力を上手くコントロールできないから、他の貴族たちの餌食にならないよう、特に厳しく教育していたらしい。

 その事を、ゲームの中のジュリアンが回想で語っていた。


(ゲームの中のジュリアンは、リアがソラン団長の手を煩わせる存在だから、消そうとしていたわね)


 彼にとってソラン団長は、尊敬すべき師匠で、そして命の恩人でもある。

 ジュリアンは幼少期、父親に魔術の実験体として扱われ、実験の失敗による呪いと後遺症に苦しんでいた。

 そんな彼を救った人物が、ソラン団長なのだ。


(ジュリアンは実験の事を、「大いなる力を得るための実験」と呼んでいたけれど……一体、何の力だったのかしら?)


 それは、「聖遺物」を用いて人間に人外の魔力を移すための禁術、とも言われていた。

 それ以上の具体的な内容は明かされていないが、実験のせいで、ジュリアンはいつも力の持ち主である何者かの叫び声が聞こえてくるようになったそうだ。


 ジュリアンの実の親であるエルヴェシウス伯爵は野心家で、己の研究の為なら家族でも犠牲にするのも厭わない残忍な性格らしい。

 そんな父親を伯爵家から追放するために、今のジュリアンは実験の証拠を集めているところだろう。


 人体実験はこの国では違法だから、明らかにされると、エルヴェシウス伯爵は罰を逃れられないはずだ。


(そう言えば、ジュリアンはエルヴェシウス伯爵を泳がせるために、ブロンデル侯爵領にあるとある民話を持ち出して、エルヴェシウス伯爵をけしかけたわね)


 ここで明らかにされるのは、彼女の実家――ブロンデル侯爵家が没落した原因にエルヴェシウス伯爵家が関わっていたという事実。

 

 ブロンデル侯爵領には、エルヴェシウス伯爵が探し求めている「聖遺物」があるらしい。

 エルヴェシウス伯爵はそれを秘密裏に手に入れる為に、ブロンデル侯爵家を没落させたのだ。


 ジュリアンはエリシャとの交流を深めるうちに、自分がした事に対する罪悪感を募らせるようになる。


「さて、どうしようかしら……」


 その事を知っていて、見てみぬふりをしたくない。

 どうにかしてジュリアンと共闘し、エリシャの実家を助けられないだろうか。


 うんうんと頭を悩ませつつ、職員室を出る。

 この時の私はまだ、教室で思いも寄らぬ緊急事態が発生している事を、知る由もなかった。

次話、生徒たちがわいわいしています。

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